お嬢さん気をつけてO


※使い回しではありません、資源の有効活用です

2月14日、バレンタインと呼ばれる日。
それは本来はとある聖人の殉職を悼む日だったが、日本の商売根性や企業戦略とか色々が加わった結果チョコレートに溢れる日となった。きっと件の聖人も頭を抱えていることだろう。とはいえ宗教色の薄い日本ではチョコレートの交換だったりの方が重要視されてるのが現実。実際私もそうである。

【うわぁ…凄い量貰ったんだね…。】

キッチンからこちらを覗いてくる境ちゃんが若干引いたような顔でスマホを掲げる。

「そういう境ちゃんも随分と作ったんだね…。」

私の手元には紙袋二つ分のチョコレート。勿論全部友チョコだが、何分量が多いので毎年この時期はしばらくおやつがチョコレートになる。しかもエプロンを付けた彼女の手元には焼きたてのブラウニーとガトーショコラ、マフィンやトリュフ。家中がチョコレートの匂いであふれかえっている。匂いだけで胸焼けしそう。

「これ食べきれると思う…?」
【私は余裕( ̄ー ̄)bむしろ要らないなら頂戴。】
「なんという頼もしさ…。」

境ちゃんは燃費が非常に悪い。私と同じ顔と体型なのに全然スタイルが変わらない。本人曰く「何か邪気とか霊力とかその他諸々が足りてないから、必然的に経口摂取が増える。」正直彼女が何を言ってるのか私にはよく分からない。
姉上殿に強請られて別個に保管してある生チョコ以外は殆ど境ちゃんと友人たちにあげてしまっているため、我が家のチョコは紙袋二つ分と境ちゃんが作ってる分だけだ。その量が半端ないが。

「チョコレートの匂いが廊下まで溢れてきてるのだけど…。」

足元を姉上殿が不機嫌そうに通っていく。猫の嗅覚は人間よりも良いのだから、人間の私ですらヤバいと思うほどの匂いは彼女には拷問に近いものなのだろう。

「境ちゃんが食べてくれるって言ってるけど…あ、姉上殿の生チョコは冷蔵庫に入ってる。」
「あら、嬉しい。でもこの甘ったるい匂いが家の中から消えてからいただくわ…。」

私と姉上殿、二人揃ってげんなりとした顔で顔を見合わせ、ため息をつく。私も姉上殿も大の甘党だが、限度というものはある。正直この匂いが明日も続くのだと考えると吐き気すらこみ上げそうだ。新たにチョコレートの銀紙を剥こうとする境ちゃんを流石に止める。やめろ、吐くぞ、主に私と姉上殿が。

「姉上殿、どうにかならないコレ…。」
「多分もうすぐで駆逐部隊が到着するはずにゃのだけど…。」

ピンポーン

絶妙なタイミングで鳴ったチャイムの音、宅急便だろうか?
せめてもの足掻きにと開けた窓からは西日が差し込んでいる。

「はーい!」

ドアスコープを覗くことなく鍵を開ける。
2月の寒空の下、ドアの前には見覚えのある軍服を着た集団が立っていた。

「……。」

無言でドアを閉める。待って、ドウイウコトナノ?

「おい閉めるなー!!」

ドンドンドンと思いっきりドアを叩いてるであろう平腹さんに顔が引き攣る。

「ちょ、やめ、今開けますから!その原始的なノックやめろ!」

ただでさえコスプレと見間違うような服を着た集団が、ハロウィンでもないのに家の前に立つとか、ご近所さんのうさわ話の格好の種になりかねない。慌ててドアを開けて中に全員を入らせた。
ねぇ、奥様ご存知?あそこの娘さん変な恰好した若い男の人を沢山家に呼んでたそうですって!あらいやーねー。世間的に私が抹殺されかねない状況に冷や汗が流れそうになった。

「おじゃましまーす。」
「あがるぞ。」
「おじゃまするねー。」

何しに来たんだこの人外集団は…。挨拶さえすればいいと思っているのか、数人は既に家に上がり込んでいる。おい何だコイツ等、今時悪質セールスマンでも此処まで図々しくないぞ…。

「貴様らァ!靴はちゃんと揃えてから行け!!
「ごめんね、一応止める様に言ったんだけど…。」
「すまん。」
「あ、いえ。何というか…お疲れ様です。」

自由人メンバーに注意する谷裂さん、遠い目で謝る佐疫さんと申し訳なさそうな斬島さん。同僚の脱ぎ捨てた靴を綺麗に並び替えている辺りに彼らの苦労を察した。
すると中の方から騒ぎ声…じゃないや、平腹さんの声だけかコレ。とにかく中が騒がしくなった。嫌な予感に常識人3人と顔を合わせた後、居間へと走る。そこにはスマホを掲げて激しく抗議する境ちゃんとマイペースな方の獄卒達が向かい合っていた。

「…どうかしたの?」
【向日葵!何で!獄卒が!ここにいるの!(`Д´)】

いや、私も知らないんだが。今更ながら、獄卒達に目的を聞こうと口を開いた瞬間、

「バレンタインだからに決まってるじゃにゃい。」

足元から答えが出た。

「…待って。姉上殿、どういうことなの?」
「さっき言った駆逐隊よ。…一応言っておくけど、私は今日という日がどういう日にゃのか彼らの上司に話しただけよ。多分貰って来いってでも言われたんじゃにゃい?」
「成程、通りで肋角さんが突然お嬢さんの元へ行って来いなんて言うわけだ。」
「アンタのせいかよ…だりぃ。」

ソファーに持たれて半目になっている田噛さんがめんどくさそうに姉上殿を見る。
どんだけ面倒くさがりなんだこの人。

「いいじゃにゃい、そのおかげで美味しいチョコレートを貰えるのだから。」
「なー、これ食っていいの?」

机の上に盛られているマフィンを早速手にとる平腹さん。無垢な子供のようにキラキラした目で見られると、とてもじゃないが嫌とは言えない。きっとこういう所がNOと言えない日本人といわれる所以なんだろうなと思いながら

「いいですよ、好きなだけご自由にどうぞ。」

宣言後、言葉通り好きなだけチョコレート菓子を食べ始めた獄卒に負けじと境ちゃんがチョコ争奪戦を始める。ここはいつからフードファイト会場になったんですかねぇ…。姉上殿は生チョコが別に保管されてると知ってるからか、異種格闘戦一歩手前のフードファイトを傍観している。不参加の私は紙袋の中から気になったチョコだけを数個抜き取り、残りを大皿で出してやった後、先に自室へ戻った。
一番嫌いな世界史から課題が出されているのだ…。分厚い参考書を片手に頭を抱える。

「誰だよ世界史を文系の必修科目に入れようなんて言ったやつは…どうすんだよ過去を見て…後ろを振り向かない今を生きてるやつとかにも、もっと優しい内容の科目にしろよ…。社会に出た時本当に使うんですかこれ。」

横文字だらけの教科書を前に思わず真顔になる。なんで同じ名前の奴ばっかが出てくるの?やらかしちゃった王様系ジョンとか産業革命に貢献した系ジョンとか経済を立て直した系ジョンとかジョンの大量発生しすぎだろ。もう区別つかないよ!学者も絶対途中で「あれだよ、あのー…ジョン。」「どのジョン?」ってなってるよ!
ちなみに真っ先に覚えたジョンは某有名バンドメンバーのジョンでした。ここテストに出ないよ!

「うえぇぇ…」

頭の中を横文字が飛び交う。年号とか一体何に使うつもりなの?ワインとかの説明にでも使うのか?「このワインが作られた年はひどい戦争がありましてね…延べ数千人がある都市では亡くなりました。」とか?一気に飲む気が失せるわ。
完璧にやる気がなくなった私は紅茶を飲むついでに居間の様子を確認することにした。このテンションじゃ、もう覚えられると思えない。

居間のドアを開けた途端、私は絶句した。


「これが地獄絵図…。」

目線をカーペットの上へと向ける。そこには酔いつぶれた猫とうなされている谷裂さん、ツルハシの刺さった平腹さんと所々に転がる空になった酒瓶。
部屋の中央にはソファーにもたれるようにして寝てる斬島さんとソファーの上で寝てる田噛さん。
机には突っ伏して寝ている境ちゃんと佐疫さん。

私がいない間に一体何があったんだ…。足元に転がる酒瓶をよけつつ、未だに"鬼殺し"とラベリングされた酒瓶を手酌で飲む木舌さんの元へと近づく。

「い、一体何が…。」
「あれ?お嬢さん課題はもう終わったの?」
「あ、いえ…一休みに紅茶でも飲もうかと思って…。」

周りには死屍累々。中央で話す私たち以外に意識がある奴はいない現状。

「そっか。あー…悪いんだけど、俺達このまま泊まっちゃっても大丈夫?流石にこの人数を運ぶのはきついかなぁ…って。」

頬をかきながら、申し訳なさそうに言う木舌さん。外はもうどっぷりと夜が更けている。流石にこの人数を夜中に運ぶのは大変だろうし、私はいいんだけど…

「えっと…流石にベッドとかお布団が足りないかも…。」
「あ、それは大丈夫。ブランケットとか毛布とかだけ借りてもいい?掛けておけば、このままでいいから。」
「………体痛めません?」
「こいつらもそんな軟な鍛え方はしてないよ。」
「そうでした。」

そうだった。彼らは獄卒で暴れる亡者を捕まえる様な仕事をしている鬼なのだから、一晩ベッドや布団で寝なくても問題はないのだろう。いや、でも流石に平腹さんに刺さってるツルハシは抜くべきか…?

「一応、掃除してある空き部屋もありますけど木舌さんはどうします?」
「んー…俺、明日午後に任務入ってるしなぁ、どうしようかな…。」

目の前の彼は困ったように眉を下げながら他の獄卒さん達を見回した。皆さんのお兄さん的存在だ、って言ってたからきっと一人だけベッドで寝るのに罪悪感でも感じてるんだろう。十中八九、この人が他の人たちが酔いつぶれる事になった原因なんだろうし。
しかし結局木舌さんは眠気とベッドの誘惑に負けたらしく、客室を使う事になった。
そこは頑張ろうよ。

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