甘くて苦いO
※いつもより長い。苦手な方は注意！
時間軸としては廃校脱出のずっと後
２月１４日――ーつまりはバレンタインデー。
街中が甘い匂いに溢れ、通りをリア充共が闊歩する日。
男子がやけに女子に優しくなり、机の中や靴箱を何度も確認する日。
そして
女の子が手作りや買ったチョコレートを友人に渡し、少しでも色んなチョコレートを楽しむ日であると同時に、意中の人に渡すべく、戦場へと挑む日。
所詮は日本の商売根性たくましい製菓会社の企みによる風習なのだが、そう言ってしまうと一気にテンションも下がりかねないので皆敢えて目をそらすが。
でもまぁ、なんといいますか…。
私も女子なわけでして、友人とチョコレートを交換したりと企業の戦略に見事に嵌められていた。
そんな餌に釣られクマーーー！？バレンタインは甘党には堪らない日なんです。
そんな私を映した彼女も大の甘党らしい、2月14日がどういうモノなのか説明した途端にチョコレートのレシピ本を強請って来た。現物じゃなくてレシピってところが私より女子力高いな君は…私と同じ顔なのに…。
ミトンを嵌めた彼女が支えている天板、その上にはココット型ごと焼かれたフォンダンショコラ。甘いチョコレートの焼ける匂いがキッチン中に広がる。
そんな私達の前には生チョコとチョコチップマフィンにブラウニー。ブラウニーは、私がビターチョコの方が好きなのでちょっと甘さ控えめに作ってある。
彼女がミトンを外した所を見計らい、声をかける。
「境ちゃんはフォンダンショコラ？」
【美味しそうだったから！(*´▽｀*)】
「確かに美味しそう…。…でも焼きすぎたかな…多くない？」
【明日向日葵が学校行く時、ついでに持って行ったら？それに私甘いの結構食べるよ？】
「ああ…そうでした。」
境ちゃんは私と同じ顔だが、私よりも良く食べる。霊力だとか邪気？とかが足りないらしく、燃費がかなり悪いのだ。我が家のエンゲル係数は右肩上がりである。父さん母さんごめんね、でも反省も後悔もしてないよ。
「台所が甘ったるい匂いがすると思ったら随分と作ったのね。今年の生チョコも美味しそうだわ。」
姉上殿は生チョコ限定で訛らなくなる。どんだけ生チョコ好きなんだ、この猫。
【あれ？環さんは食べて大丈夫なの？確か猫にカカオは駄目でしょう？】
「あら、私は確かに猫だけど化け猫にゃのよ？人間達の常識ににゃんて当て嵌めにゃいで頂戴。第一そんにゃ事言ったら、鏡が物を食べるほうが奇怪だとは思わにゃいの？」
【確かに。】
「え、境ちゃん自身が思っちゃうのソレ？」
化け猫の事は化け猫自身が一番に知っているのだろう、と納得したらしい境ちゃんに苦笑する。とりあえず、口を開けたまま強請る姉上殿の口へ一切れ生チョコを入れた。
「…やっぱり、私はあにゃたの作ったチョコが一番好きだわ。にゃにかリキュールは入れた？」
「どうせ姉上殿が食べると思って入れてないよ。あ、でも木天蓼酒でもあったら専用のを作って入れてたかも。」
手に付いたチョコレートを舐める。ほろ苦いカカオの風味とトロリと溶ける甘みが口の中に広がる。うん、美味しい。
「愛してるわ向日葵、来年は用意しとくわね。」
「来年も生チョコは決定ですか。」
ゴロゴロとご機嫌そうに喉を鳴らして、窓の方へと歩いていく愛猫。これは姉上殿の分は別に取っておかないと不機嫌になるな…。製菓用のチョコレートの袋を新たに開けながら別個に保管する数を考える。私を含め、我が家の人間は本当にチョコレ―トに目がないらしい。
【あれ？未だ何か作るの？】
私の手元を見て境ちゃんが首を傾げる。確かに量的には十分なんだろうけど…。
「あー…うん…まぁ…ほら、足りなかった時用に。」
【えー？…まぁいっか、あればあるだけ食べれるんだし。】
若干腑に落ちない様だが、納得したらしい境ちゃんは早速ココット皿を天板から下し始めた。それを横目に私も気合いを入れなおす。
さぁ、本番はここからだ…！
何とか無事に出来上がったチョコレートケーキを前に安堵のため息をつく。
「何とか、出来た…。」
数日前にインターネットで見つけたレシピは可愛いが手の込んだチョコレート菓子のレシピ。境ちゃんへのカモフラージュも作ったせいで、台所は粉とチョコレートに塗れた器具だらけだ。世の中の女の子は毎年これをやっているのか…凄いわ…。
とにかく、境ちゃんに見つかる前に早くコッチを隠さないと。
「コッチは本命用かしら？」
「うっひゃぁぁあぁああぁ！？」
いつの間にやら足元にいた愛猫の声に肩が跳ねる。
い、いつからそこに！？
「うふふふふ、可愛がっている妹のことを姉が見逃すわけがにゃいでしょう？貴女が誰かを思い浮かべにゃがらケーキの型を抜いてる所から居たわよ。」
「それ途中からずっと居たってことだよね！？」
ニヤニヤと猫らしからぬ悪どい笑みを浮かべてそう言う姉上殿。あまりの羞恥心に逃げ出したくなる。やめろ、その口元を隠すような笑いは止めろー！いっそ殺せ！
「お相手はあの"獄卒"でしょう？境のことは私が何とかしてあげるから渡してらっしゃい。」
姉であり愛猫である彼女はどうやら妹の恋愛事情について詳しいらしい。正直もう勘弁してください、色んな意味で泣きそうなんで。
「…いや…、でも、彼も忙しいので、現世に来てるとは限らないわけで…。」
「あら、大丈夫よ。可愛い可愛い妹の手助けに私が手を抜くと？」
「…え？」
ピンポーン
絶妙なタイミングで鳴ったチャイムの音に淡い期待を抱いてしまう。
いやいや彼も忙しいだろうし、きっと宅急便だろ。
慌ててケーキを隠し、玄関へと向かう。居間は換気のためか窓が開いていて、冷たい風が入り込んでいた。
「はーい！」
ドアスコープを覗くことなく鍵を開ける。
２月の寒空の下、ドアの前には見覚えのある軍服を着た集団が立っていた。
「……。」
無言でドアを閉める。待って、ドウイウコトナノ？
「おい閉めるなー！！」
ドンドンドンと思いっきりドアを叩いてるであろう平腹さんに顔が引き攣る。
「ちょ、やめ、今開けますから！その原始的なノックやめろ！」
ただでさえコスプレと見間違うような服を着た集団が、ハロウィンでもないのに家の前に立つとか、ご近所さんのうさわ話の格好の種になりかねない。慌ててドアを開けて中に全員を入らせた。
ねぇ、奥様ご存知？あそこの娘さん変な恰好した若い男の人を沢山家に呼んでたそうですって！あらいやーねー。世間的に私が抹殺されかねない状況に冷や汗が流れそうになった。
「おじゃましまーす。」
「あがるぞ。」
「おじゃまするねー。」
何しに来たんだこの人外集団は…。挨拶さえすればいいと思っているのか、数人は既に家に上がり込んでいる。おい何だコイツ等、今時悪質セールスマンでも此処まで図々しくないぞ…。
「貴様らァ！靴はちゃんと揃えてから行け！！
「ごめんね、一応止める様に言ったんだけど…。」
「すまん。」
「あ、いえ。何というか…お疲れ様です。」
自由人メンバーに注意する谷裂さん、遠い目で謝る佐疫さんと申し訳なさそうな斬島さん。同僚の脱ぎ捨てた靴を綺麗に並び替えている辺りに彼らの苦労を察した。
すると中の方から騒ぎ声…じゃないや、平腹さんの声だけかコレ。とにかく中が騒がしくなった。嫌な予感に常識人３人と顔を合わせた後、居間へと走る。そこにはスマホを掲げて激しく抗議する境ちゃんとマイペースな方の獄卒達が向かい合っていた。
「…どうかしたの？」
【向日葵！何で！獄卒が！ここにいるの！(｀Д´)】
いや、私も知らないんだが。今更ながら、獄卒達に目的を聞こうと口を開いた瞬間、
「バレンタインだからに決まってるじゃにゃい。」
足元から答えが出た。
「…待って。姉上殿、どういうことなの？」
「言った通りよ。一応言っておくけど、私は今日という日がどういう日にゃのか彼らの上司に話しただけよ。多分貰って来いってでも言われたんじゃにゃい？」
「成程、通りで肋角さんが突然向日葵ちゃんの元へ行って来いなんて言うわけだ。」
「アンタのせいかよ…だりぃ。」
ソファーに持たれて半目になっている田噛さんがめんどくさそうに姉上殿を見る。
どんだけ面倒くさがりなんだこの人。
「いいじゃにゃい、そのおかげで可愛い私の妹からチョコレートを貰えるのだから。」
「なー、これ食っていいの？」
机の上に盛られているマフィンを早速手にとる平腹さん。無垢な子供のようにキラキラした目で見られると、とてもじゃないが嫌とは言えない。きっとこういう所がＮＯと言えない日本人といわれる所以なんだろうなと思いながら
「いいですよ、好きなだけご自由にどうぞ。」
そう言ってしまった。
一体何がいけなかったんだろう。
私は惨劇と化したリビングにて一人頭を抱えていた。
目線を下へと向ける。足元には酔いつぶれた猫とうなされている谷裂さん、そして辺りに転がる空になった酒瓶。
首を右へと回す。ツルハシの刺さった平腹さんとソファーに寝そべる田噛さん。
体ごと左を向く。"鬼殺し"とラベリングされた酒瓶を抱えたまま眠る木舌さんと机に突っ伏して寝ている境ちゃんと佐疫さん。
どうしてこうなった。もう一度言う、どうしてこうなった。
「…一体何があった。」
ヒーターの温かい風に満ちた酒臭い室内に冷たい風が廊下から入り込む。ドアの前には困惑したような斬島さんが立っていた。
「…私も用事があったので自室に戻っていたんですが、帰ってきたらこの状況で…平腹さんとか谷裂さんとか特に一体何が…。」
「酒類を出したのか？」
「いや、出してません。第一、家の酒類は姉上殿が保管してるので私も分からないんですよ…木舌さん一体どこからこんな酒を…。」
「いや、なんとなく予想がつく。
おそらく木舌がチョコレヰトはツマミとしても良い等と言いながら、秘蔵の酒を出し、それに環さんが一緒になって呑みだしたんだろう。そこから酔った木舌が谷裂に絡み始めて、飲み比べになった辺りで鏡の――境だったか？が巻き込まれ、佐疫が止めに入るが逆に二人に酒を飲まされて潰される。それと同時に平腹が田噛の逆鱗に触れてツルハシを刺され、田噛が椅子で寝始め、飲み比べをしていた奴らが寝始める。
といった所だろうな。」
「斬島さん本当は全部見てたんじゃないんですか！？」
「いや、いつものことだ。」
いつもなのか…これが…平腹さんの寝てる辺りで赤い液体があふれ始めてるが、私は何も見てない。きっとアレはワインだ、そうだそうに違いない。
「片付けは寝ている連中に任せよう。ここは酒臭い、少し外に出ないか？」
「あ…そ、そうですね！」
急いで自室でコートを羽織り、玄関へと向かおうとする。
「…あ。」
途中で方向を変えて台所へ、目当てのモノは幸いにも誰にも見つからずに居てくれたようだ。靴を履いた斬島さんはそこで静かに私を待ってくれていた。軍帽は取っていたが、当然のことながら軍服を着たままの彼に思わず苦笑する。
これはあんまり大通りには行けないなぁ…。
きっと彼は酒臭い部屋を見て、私を気遣ってくれただけに違いない。特にそこに意味は無いのだろう。ただ、それでも彼と二人きりという状況が嬉しい。
…もう、正直に言おう。
私は獄卒である斬島さんを異性として好きである。
切っ掛けなんて覚えていない。最初はただ優しい人だなとか、正直なんだなぁ、とかそんな風に思っている内に自然と好きだなぁって思うようになっていたんだ。
きっと、姉上殿は私が彼に純粋にチョコレートを渡そうとしていると思ってたらしいけど、でも実際はそんなに簡単な話じゃない。私は生者で、輪廻の輪から外れられない存在。一方の彼はそんな縛りからも外れた獄卒。思いを告げるにしろ、あまりにも壁が大きすぎる。きっとこの片思いは彼の重しにしかならない。だからこの恋は諦めるつもりだった。それでも、何も言わずに終わってしまうのはあまりにも辛くて、悲しかった。
だから、これは私の我が儘である。バレンタインなんて日に浮かれたバカな人間が一人告白した程度なら彼を困らせることもないだろう。彼が振ってくれたなら、冗談だと茶化せばいい。斬島さんはバカがつくほど真面目であるが、きっとこれくらいなら彼の重しにもならないはず。
「ねぇ、斬島さん。」
私の心とは裏腹に雲一つない空では月や星が綺羅綺羅と光っている。
ああ、初恋は実らないって本当なんだなぁ。
「何だ？」
彼の深い青色が此方を向く。その青色が大好きでした。
「これ、どうぞ。」
こっそりと作ったチョコレートケーキ。レシピの紹介文には本命に！なんて書かれてたけど、まさかこんな風に使われるなんて思ってないだろうな。
「これは、居間には無かった奴のようだが…。」
「バレンタインデーってどういう日だか、ご存じですか？」
「！」
酷い人、せめて綺麗に終わらせたかったのにわざわざソレを私に言わせるのですか？
「大好きです、斬島さん。ごめんなさい。」
ごめんなさい、好きになってしまって。
視界がジワリと滲む。
笑わなきゃ、冗談ですって言わなきゃ。私は斬島さんを困らせたいわけじゃないのに。
それでも涙が溢れそうになって、そのまま私は彼の前から逃げ出した。
※いつもより長い。苦手な方は注意！
時間軸としては廃校脱出のずっと後
２月１４日――ーつまりはバレンタインデー。
街中が甘い匂いに溢れ、通りをリア充共が闊歩する日。
男子がやけに女子に優しくなり、机の中や靴箱を何度も確認する日。
そして
女の子が手作りや買ったチョコレートを友人に渡し、少しでも色んなチョコレートを楽しむ日であると同時に、意中の人に渡すべく、戦場へと挑む日。
所詮は日本の商売根性たくましい製菓会社の企みによる風習なのだが、そう言ってしまうと一気にテンションも下がりかねないので皆敢えて目をそらすが。
でもまぁ、なんといいますか…。
私も女子なわけでして、友人とチョコレートを交換したりと企業の戦略に見事に嵌められていた。
そんな餌に釣られクマーーー！？バレンタインは甘党には堪らない日なんです。
そんな私を映した彼女も大の甘党らしい、2月14日がどういうモノなのか説明した途端にチョコレートのレシピ本を強請って来た。現物じゃなくてレシピってところが私より女子力高いな君は…私と同じ顔なのに…。
ミトンを嵌めた彼女が支えている天板、その上にはココット型ごと焼かれたフォンダンショコラ。甘いチョコレートの焼ける匂いがキッチン中に広がる。
そんな私達の前には生チョコとチョコチップマフィンにブラウニー。ブラウニーは、私がビターチョコの方が好きなのでちょっと甘さ控えめに作ってある。
彼女がミトンを外した所を見計らい、声をかける。
「境ちゃんはフォンダンショコラ？」
【美味しそうだったから！(*´▽｀*)】
「確かに美味しそう…。…でも焼きすぎたかな…多くない？」
【明日向日葵が学校行く時、ついでに持って行ったら？それに私甘いの結構食べるよ？】
「ああ…そうでした。」
境ちゃんは私と同じ顔だが、私よりも良く食べる。霊力だとか邪気？とかが足りないらしく、燃費がかなり悪いのだ。我が家のエンゲル係数は右肩上がりである。父さん母さんごめんね、でも反省も後悔もしてないよ。
「台所が甘ったるい匂いがすると思ったら随分と作ったのね。今年の生チョコも美味しそうだわ。」
姉上殿は生チョコ限定で訛らなくなる。どんだけ生チョコ好きなんだ、この猫。
【あれ？環さんは食べて大丈夫なの？確か猫にカカオは駄目でしょう？】
「あら、私は確かに猫だけど化け猫にゃのよ？人間達の常識ににゃんて当て嵌めにゃいで頂戴。第一そんにゃ事言ったら、鏡が物を食べるほうが奇怪だとは思わにゃいの？」
【確かに。】
「え、境ちゃん自身が思っちゃうのソレ？」
化け猫の事は化け猫自身が一番に知っているのだろう、と納得したらしい境ちゃんに苦笑する。とりあえず、口を開けたまま強請る姉上殿の口へ一切れ生チョコを入れた。
「…やっぱり、私はあにゃたの作ったチョコが一番好きだわ。にゃにかリキュールは入れた？」
「どうせ姉上殿が食べると思って入れてないよ。あ、でも木天蓼酒でもあったら専用のを作って入れてたかも。」
手に付いたチョコレートを舐める。ほろ苦いカカオの風味とトロリと溶ける甘みが口の中に広がる。うん、美味しい。
「愛してるわ向日葵、来年は用意しとくわね。」
「来年も生チョコは決定ですか。」
ゴロゴロとご機嫌そうに喉を鳴らして、窓の方へと歩いていく愛猫。これは姉上殿の分は別に取っておかないと不機嫌になるな…。製菓用のチョコレートの袋を新たに開けながら別個に保管する数を考える。私を含め、我が家の人間は本当にチョコレ―トに目がないらしい。
【あれ？未だ何か作るの？】
私の手元を見て境ちゃんが首を傾げる。確かに量的には十分なんだろうけど…。
「あー…うん…まぁ…ほら、足りなかった時用に。」
【えー？…まぁいっか、あればあるだけ食べれるんだし。】
若干腑に落ちない様だが、納得したらしい境ちゃんは早速ココット皿を天板から下し始めた。それを横目に私も気合いを入れなおす。
さぁ、本番はここからだ…！
何とか無事に出来上がったチョコレートケーキを前に安堵のため息をつく。
「何とか、出来た…。」
数日前にインターネットで見つけたレシピは可愛いが手の込んだチョコレート菓子のレシピ。境ちゃんへのカモフラージュも作ったせいで、台所は粉とチョコレートに塗れた器具だらけだ。世の中の女の子は毎年これをやっているのか…凄いわ…。
とにかく、境ちゃんに見つかる前に早くコッチを隠さないと。
「コッチは本命用かしら？」
「うっひゃぁぁあぁああぁ！？」
いつの間にやら足元にいた愛猫の声に肩が跳ねる。
い、いつからそこに！？
「うふふふふ、可愛がっている妹のことを姉が見逃すわけがにゃいでしょう？貴女が誰かを思い浮かべにゃがらケーキの型を抜いてる所から居たわよ。」
「それ途中からずっと居たってことだよね！？」
ニヤニヤと猫らしからぬ悪どい笑みを浮かべてそう言う姉上殿。あまりの羞恥心に逃げ出したくなる。やめろ、その口元を隠すような笑いは止めろー！いっそ殺せ！
「お相手はあの"獄卒"でしょう？境のことは私が何とかしてあげるから渡してらっしゃい。」
姉であり愛猫である彼女はどうやら妹の恋愛事情について詳しいらしい。正直もう勘弁してください、色んな意味で泣きそうなんで。
「…いや…、でも、彼も忙しいので、現世に来てるとは限らないわけで…。」
「あら、大丈夫よ。可愛い可愛い妹の手助けに私が手を抜くと？」
「…え？」
ピンポーン
絶妙なタイミングで鳴ったチャイムの音に淡い期待を抱いてしまう。
いやいや彼も忙しいだろうし、きっと宅急便だろ。
慌ててケーキを隠し、玄関へと向かう。居間は換気のためか窓が開いていて、冷たい風が入り込んでいた。
「はーい！」
ドアスコープを覗くことなく鍵を開ける。
２月の寒空の下、ドアの前には見覚えのある軍服を着た集団が立っていた。
「……。」
無言でドアを閉める。待って、ドウイウコトナノ？
「おい閉めるなー！！」
ドンドンドンと思いっきりドアを叩いてるであろう平腹さんに顔が引き攣る。
「ちょ、やめ、今開けますから！その原始的なノックやめろ！」
ただでさえコスプレと見間違うような服を着た集団が、ハロウィンでもないのに家の前に立つとか、ご近所さんのうさわ話の格好の種になりかねない。慌ててドアを開けて中に全員を入らせた。
ねぇ、奥様ご存知？あそこの娘さん変な恰好した若い男の人を沢山家に呼んでたそうですって！あらいやーねー。世間的に私が抹殺されかねない状況に冷や汗が流れそうになった。
「おじゃましまーす。」
「あがるぞ。」
「おじゃまするねー。」
何しに来たんだこの人外集団は…。挨拶さえすればいいと思っているのか、数人は既に家に上がり込んでいる。おい何だコイツ等、今時悪質セールスマンでも此処まで図々しくないぞ…。
「貴様らァ！靴はちゃんと揃えてから行け！！
「ごめんね、一応止める様に言ったんだけど…。」
「すまん。」
「あ、いえ。何というか…お疲れ様です。」
自由人メンバーに注意する谷裂さん、遠い目で謝る佐疫さんと申し訳なさそうな斬島さん。同僚の脱ぎ捨てた靴を綺麗に並び替えている辺りに彼らの苦労を察した。
すると中の方から騒ぎ声…じゃないや、平腹さんの声だけかコレ。とにかく中が騒がしくなった。嫌な予感に常識人３人と顔を合わせた後、居間へと走る。そこにはスマホを掲げて激しく抗議する境ちゃんとマイペースな方の獄卒達が向かい合っていた。
「…どうかしたの？」
【向日葵！何で！獄卒が！ここにいるの！(｀Д´)】
いや、私も知らないんだが。今更ながら、獄卒達に目的を聞こうと口を開いた瞬間、
「バレンタインだからに決まってるじゃにゃい。」
足元から答えが出た。
「…待って。姉上殿、どういうことなの？」
「言った通りよ。一応言っておくけど、私は今日という日がどういう日にゃのか彼らの上司に話しただけよ。多分貰って来いってでも言われたんじゃにゃい？」
「成程、通りで肋角さんが突然向日葵ちゃんの元へ行って来いなんて言うわけだ。」
「アンタのせいかよ…だりぃ。」
ソファーに持たれて半目になっている田噛さんがめんどくさそうに姉上殿を見る。
どんだけ面倒くさがりなんだこの人。
「いいじゃにゃい、そのおかげで可愛い私の妹からチョコレートを貰えるのだから。」
「なー、これ食っていいの？」
机の上に盛られているマフィンを早速手にとる平腹さん。無垢な子供のようにキラキラした目で見られると、とてもじゃないが嫌とは言えない。きっとこういう所がＮＯと言えない日本人といわれる所以なんだろうなと思いながら
「いいですよ、好きなだけご自由にどうぞ。」
そう言ってしまった。
一体何がいけなかったんだろう。
私は惨劇と化したリビングにて一人頭を抱えていた。
目線を下へと向ける。足元には酔いつぶれた猫とうなされている谷裂さん、そして辺りに転がる空になった酒瓶。
首を右へと回す。ツルハシの刺さった平腹さんとソファーに寝そべる田噛さん。
体ごと左を向く。"鬼殺し"とラベリングされた酒瓶を抱えたまま眠る木舌さんと机に突っ伏して寝ている境ちゃんと佐疫さん。
どうしてこうなった。もう一度言う、どうしてこうなった。
「…一体何があった。」
ヒーターの温かい風に満ちた酒臭い室内に冷たい風が廊下から入り込む。ドアの前には困惑したような斬島さんが立っていた。
「…私も用事があったので自室に戻っていたんですが、帰ってきたらこの状況で…平腹さんとか谷裂さんとか特に一体何が…。」
「酒類を出したのか？」
「いや、出してません。第一、家の酒類は姉上殿が保管してるので私も分からないんですよ…木舌さん一体どこからこんな酒を…。」
「いや、なんとなく予想がつく。
おそらく木舌がチョコレヰトはツマミとしても良い等と言いながら、秘蔵の酒を出し、それに環さんが一緒になって呑みだしたんだろう。そこから酔った木舌が谷裂に絡み始めて、飲み比べになった辺りで鏡の――境だったか？が巻き込まれ、佐疫が止めに入るが逆に二人に酒を飲まされて潰される。それと同時に平腹が田噛の逆鱗に触れてツルハシを刺され、田噛が椅子で寝始め、飲み比べをしていた奴らが寝始める。
といった所だろうな。」
「斬島さん本当は全部見てたんじゃないんですか！？」
「いや、いつものことだ。」
いつもなのか…これが…平腹さんの寝てる辺りで赤い液体があふれ始めてるが、私は何も見てない。きっとアレはワインだ、そうだそうに違いない。
「片付けは寝ている連中に任せよう。ここは酒臭い、少し外に出ないか？」
「あ…そ、そうですね！」
急いで自室でコートを羽織り、玄関へと向かおうとする。
「…あ。」
途中で方向を変えて台所へ、目当てのモノは幸いにも誰にも見つからずに居てくれたようだ。靴を履いた斬島さんはそこで静かに私を待ってくれていた。軍帽は取っていたが、当然のことながら軍服を着たままの彼に思わず苦笑する。
これはあんまり大通りには行けないなぁ…。
きっと彼は酒臭い部屋を見て、私を気遣ってくれただけに違いない。特にそこに意味は無いのだろう。ただ、それでも彼と二人きりという状況が嬉しい。
…もう、正直に言おう。
私は獄卒である斬島さんを異性として好きである。
切っ掛けなんて覚えていない。最初はただ優しい人だなとか、正直なんだなぁ、とかそんな風に思っている内に自然と好きだなぁって思うようになっていたんだ。
きっと、姉上殿は私が彼に純粋にチョコレートを渡そうとしていると思ってたらしいけど、でも実際はそんなに簡単な話じゃない。私は生者で、輪廻の輪から外れられない存在。一方の彼はそんな縛りからも外れた獄卒。思いを告げるにしろ、あまりにも壁が大きすぎる。きっとこの片思いは彼の重しにしかならない。だからこの恋は諦めるつもりだった。それでも、何も言わずに終わってしまうのはあまりにも辛くて、悲しかった。
だから、これは私の我が儘である。バレンタインなんて日に浮かれたバカな人間が一人告白した程度なら彼を困らせることもないだろう。彼が振ってくれたなら、冗談だと茶化せばいい。斬島さんはバカがつくほど真面目であるが、きっとこれくらいなら彼の重しにもならないはず。
「ねぇ、斬島さん。」
私の心とは裏腹に雲一つない空では月や星が綺羅綺羅と光っている。
ああ、初恋は実らないって本当なんだなぁ。
「何だ？」
彼の深い青色が此方を向く。その青色が大好きでした。
「これ、どうぞ。」
こっそりと作ったチョコレートケーキ。レシピの紹介文には本命に！なんて書かれてたけど、まさかこんな風に使われるなんて思ってないだろうな。
「これは、居間には無かった奴のようだが…。」
「バレンタインデーってどういう日だか、ご存じですか？」
「！」
酷い人、せめて綺麗に終わらせたかったのにわざわざソレを私に言わせるのですか？
「大好きです、斬島さん。ごめんなさい。」
ごめんなさい、好きになってしまって。
視界がジワリと滲む。
笑わなきゃ、冗談ですって言わなきゃ。私は斬島さんを困らせたいわけじゃないのに。
それでも涙が溢れそうになって、そのまま私は彼の前から逃げ出した。
時間軸としては廃校脱出のずっと後
２月１４日――ーつまりはバレンタインデー。
街中が甘い匂いに溢れ、通りをリア充共が闊歩する日。
男子がやけに女子に優しくなり、机の中や靴箱を何度も確認する日。
そして
女の子が手作りや買ったチョコレートを友人に渡し、少しでも色んなチョコレートを楽しむ日であると同時に、意中の人に渡すべく、戦場へと挑む日。
所詮は日本の商売根性たくましい製菓会社の企みによる風習なのだが、そう言ってしまうと一気にテンションも下がりかねないので皆敢えて目をそらすが。
でもまぁ、なんといいますか…。
私も女子なわけでして、友人とチョコレートを交換したりと企業の戦略に見事に嵌められていた。
そんな餌に釣られクマーーー！？バレンタインは甘党には堪らない日なんです。
そんな私を映した彼女も大の甘党らしい、2月14日がどういうモノなのか説明した途端にチョコレートのレシピ本を強請って来た。現物じゃなくてレシピってところが私より女子力高いな君は…私と同じ顔なのに…。
ミトンを嵌めた彼女が支えている天板、その上にはココット型ごと焼かれたフォンダンショコラ。甘いチョコレートの焼ける匂いがキッチン中に広がる。
そんな私達の前には生チョコとチョコチップマフィンにブラウニー。ブラウニーは、私がビターチョコの方が好きなのでちょっと甘さ控えめに作ってある。
彼女がミトンを外した所を見計らい、声をかける。
「境ちゃんはフォンダンショコラ？」
【美味しそうだったから！(*´▽｀*)】
「確かに美味しそう…。…でも焼きすぎたかな…多くない？」
【明日向日葵が学校行く時、ついでに持って行ったら？それに私甘いの結構食べるよ？】
「ああ…そうでした。」
境ちゃんは私と同じ顔だが、私よりも良く食べる。霊力だとか邪気？とかが足りないらしく、燃費がかなり悪いのだ。我が家のエンゲル係数は右肩上がりである。父さん母さんごめんね、でも反省も後悔もしてないよ。
「台所が甘ったるい匂いがすると思ったら随分と作ったのね。今年の生チョコも美味しそうだわ。」
姉上殿は生チョコ限定で訛らなくなる。どんだけ生チョコ好きなんだ、この猫。
【あれ？環さんは食べて大丈夫なの？確か猫にカカオは駄目でしょう？】
「あら、私は確かに猫だけど化け猫にゃのよ？人間達の常識ににゃんて当て嵌めにゃいで頂戴。第一そんにゃ事言ったら、鏡が物を食べるほうが奇怪だとは思わにゃいの？」
【確かに。】
「え、境ちゃん自身が思っちゃうのソレ？」
化け猫の事は化け猫自身が一番に知っているのだろう、と納得したらしい境ちゃんに苦笑する。とりあえず、口を開けたまま強請る姉上殿の口へ一切れ生チョコを入れた。
「…やっぱり、私はあにゃたの作ったチョコが一番好きだわ。にゃにかリキュールは入れた？」
「どうせ姉上殿が食べると思って入れてないよ。あ、でも木天蓼酒でもあったら専用のを作って入れてたかも。」
手に付いたチョコレートを舐める。ほろ苦いカカオの風味とトロリと溶ける甘みが口の中に広がる。うん、美味しい。
「愛してるわ向日葵、来年は用意しとくわね。」
「来年も生チョコは決定ですか。」
ゴロゴロとご機嫌そうに喉を鳴らして、窓の方へと歩いていく愛猫。これは姉上殿の分は別に取っておかないと不機嫌になるな…。製菓用のチョコレートの袋を新たに開けながら別個に保管する数を考える。私を含め、我が家の人間は本当にチョコレ―トに目がないらしい。
【あれ？未だ何か作るの？】
私の手元を見て境ちゃんが首を傾げる。確かに量的には十分なんだろうけど…。
「あー…うん…まぁ…ほら、足りなかった時用に。」
【えー？…まぁいっか、あればあるだけ食べれるんだし。】
若干腑に落ちない様だが、納得したらしい境ちゃんは早速ココット皿を天板から下し始めた。それを横目に私も気合いを入れなおす。
さぁ、本番はここからだ…！
何とか無事に出来上がったチョコレートケーキを前に安堵のため息をつく。
「何とか、出来た…。」
数日前にインターネットで見つけたレシピは可愛いが手の込んだチョコレート菓子のレシピ。境ちゃんへのカモフラージュも作ったせいで、台所は粉とチョコレートに塗れた器具だらけだ。世の中の女の子は毎年これをやっているのか…凄いわ…。
とにかく、境ちゃんに見つかる前に早くコッチを隠さないと。
「コッチは本命用かしら？」
「うっひゃぁぁあぁああぁ！？」
いつの間にやら足元にいた愛猫の声に肩が跳ねる。
い、いつからそこに！？
「うふふふふ、可愛がっている妹のことを姉が見逃すわけがにゃいでしょう？貴女が誰かを思い浮かべにゃがらケーキの型を抜いてる所から居たわよ。」
「それ途中からずっと居たってことだよね！？」
ニヤニヤと猫らしからぬ悪どい笑みを浮かべてそう言う姉上殿。あまりの羞恥心に逃げ出したくなる。やめろ、その口元を隠すような笑いは止めろー！いっそ殺せ！
「お相手はあの"獄卒"でしょう？境のことは私が何とかしてあげるから渡してらっしゃい。」
姉であり愛猫である彼女はどうやら妹の恋愛事情について詳しいらしい。正直もう勘弁してください、色んな意味で泣きそうなんで。
「…いや…、でも、彼も忙しいので、現世に来てるとは限らないわけで…。」
「あら、大丈夫よ。可愛い可愛い妹の手助けに私が手を抜くと？」
「…え？」
ピンポーン
絶妙なタイミングで鳴ったチャイムの音に淡い期待を抱いてしまう。
いやいや彼も忙しいだろうし、きっと宅急便だろ。
慌ててケーキを隠し、玄関へと向かう。居間は換気のためか窓が開いていて、冷たい風が入り込んでいた。
「はーい！」
ドアスコープを覗くことなく鍵を開ける。
２月の寒空の下、ドアの前には見覚えのある軍服を着た集団が立っていた。
「……。」
無言でドアを閉める。待って、ドウイウコトナノ？
「おい閉めるなー！！」
ドンドンドンと思いっきりドアを叩いてるであろう平腹さんに顔が引き攣る。
「ちょ、やめ、今開けますから！その原始的なノックやめろ！」
ただでさえコスプレと見間違うような服を着た集団が、ハロウィンでもないのに家の前に立つとか、ご近所さんのうさわ話の格好の種になりかねない。慌ててドアを開けて中に全員を入らせた。
ねぇ、奥様ご存知？あそこの娘さん変な恰好した若い男の人を沢山家に呼んでたそうですって！あらいやーねー。世間的に私が抹殺されかねない状況に冷や汗が流れそうになった。
「おじゃましまーす。」
「あがるぞ。」
「おじゃまするねー。」
何しに来たんだこの人外集団は…。挨拶さえすればいいと思っているのか、数人は既に家に上がり込んでいる。おい何だコイツ等、今時悪質セールスマンでも此処まで図々しくないぞ…。
「貴様らァ！靴はちゃんと揃えてから行け！！
「ごめんね、一応止める様に言ったんだけど…。」
「すまん。」
「あ、いえ。何というか…お疲れ様です。」
自由人メンバーに注意する谷裂さん、遠い目で謝る佐疫さんと申し訳なさそうな斬島さん。同僚の脱ぎ捨てた靴を綺麗に並び替えている辺りに彼らの苦労を察した。
すると中の方から騒ぎ声…じゃないや、平腹さんの声だけかコレ。とにかく中が騒がしくなった。嫌な予感に常識人３人と顔を合わせた後、居間へと走る。そこにはスマホを掲げて激しく抗議する境ちゃんとマイペースな方の獄卒達が向かい合っていた。
「…どうかしたの？」
【向日葵！何で！獄卒が！ここにいるの！(｀Д´)】
いや、私も知らないんだが。今更ながら、獄卒達に目的を聞こうと口を開いた瞬間、
「バレンタインだからに決まってるじゃにゃい。」
足元から答えが出た。
「…待って。姉上殿、どういうことなの？」
「言った通りよ。一応言っておくけど、私は今日という日がどういう日にゃのか彼らの上司に話しただけよ。多分貰って来いってでも言われたんじゃにゃい？」
「成程、通りで肋角さんが突然向日葵ちゃんの元へ行って来いなんて言うわけだ。」
「アンタのせいかよ…だりぃ。」
ソファーに持たれて半目になっている田噛さんがめんどくさそうに姉上殿を見る。
どんだけ面倒くさがりなんだこの人。
「いいじゃにゃい、そのおかげで可愛い私の妹からチョコレートを貰えるのだから。」
「なー、これ食っていいの？」
机の上に盛られているマフィンを早速手にとる平腹さん。無垢な子供のようにキラキラした目で見られると、とてもじゃないが嫌とは言えない。きっとこういう所がＮＯと言えない日本人といわれる所以なんだろうなと思いながら
「いいですよ、好きなだけご自由にどうぞ。」
そう言ってしまった。
一体何がいけなかったんだろう。
私は惨劇と化したリビングにて一人頭を抱えていた。
目線を下へと向ける。足元には酔いつぶれた猫とうなされている谷裂さん、そして辺りに転がる空になった酒瓶。
首を右へと回す。ツルハシの刺さった平腹さんとソファーに寝そべる田噛さん。
体ごと左を向く。"鬼殺し"とラベリングされた酒瓶を抱えたまま眠る木舌さんと机に突っ伏して寝ている境ちゃんと佐疫さん。
どうしてこうなった。もう一度言う、どうしてこうなった。
「…一体何があった。」
ヒーターの温かい風に満ちた酒臭い室内に冷たい風が廊下から入り込む。ドアの前には困惑したような斬島さんが立っていた。
「…私も用事があったので自室に戻っていたんですが、帰ってきたらこの状況で…平腹さんとか谷裂さんとか特に一体何が…。」
「酒類を出したのか？」
「いや、出してません。第一、家の酒類は姉上殿が保管してるので私も分からないんですよ…木舌さん一体どこからこんな酒を…。」
「いや、なんとなく予想がつく。
おそらく木舌がチョコレヰトはツマミとしても良い等と言いながら、秘蔵の酒を出し、それに環さんが一緒になって呑みだしたんだろう。そこから酔った木舌が谷裂に絡み始めて、飲み比べになった辺りで鏡の――境だったか？が巻き込まれ、佐疫が止めに入るが逆に二人に酒を飲まされて潰される。それと同時に平腹が田噛の逆鱗に触れてツルハシを刺され、田噛が椅子で寝始め、飲み比べをしていた奴らが寝始める。
といった所だろうな。」
「斬島さん本当は全部見てたんじゃないんですか！？」
「いや、いつものことだ。」
いつもなのか…これが…平腹さんの寝てる辺りで赤い液体があふれ始めてるが、私は何も見てない。きっとアレはワインだ、そうだそうに違いない。
「片付けは寝ている連中に任せよう。ここは酒臭い、少し外に出ないか？」
「あ…そ、そうですね！」
急いで自室でコートを羽織り、玄関へと向かおうとする。
「…あ。」
途中で方向を変えて台所へ、目当てのモノは幸いにも誰にも見つからずに居てくれたようだ。靴を履いた斬島さんはそこで静かに私を待ってくれていた。軍帽は取っていたが、当然のことながら軍服を着たままの彼に思わず苦笑する。
これはあんまり大通りには行けないなぁ…。
きっと彼は酒臭い部屋を見て、私を気遣ってくれただけに違いない。特にそこに意味は無いのだろう。ただ、それでも彼と二人きりという状況が嬉しい。
…もう、正直に言おう。
私は獄卒である斬島さんを異性として好きである。
切っ掛けなんて覚えていない。最初はただ優しい人だなとか、正直なんだなぁ、とかそんな風に思っている内に自然と好きだなぁって思うようになっていたんだ。
きっと、姉上殿は私が彼に純粋にチョコレートを渡そうとしていると思ってたらしいけど、でも実際はそんなに簡単な話じゃない。私は生者で、輪廻の輪から外れられない存在。一方の彼はそんな縛りからも外れた獄卒。思いを告げるにしろ、あまりにも壁が大きすぎる。きっとこの片思いは彼の重しにしかならない。だからこの恋は諦めるつもりだった。それでも、何も言わずに終わってしまうのはあまりにも辛くて、悲しかった。
だから、これは私の我が儘である。バレンタインなんて日に浮かれたバカな人間が一人告白した程度なら彼を困らせることもないだろう。彼が振ってくれたなら、冗談だと茶化せばいい。斬島さんはバカがつくほど真面目であるが、きっとこれくらいなら彼の重しにもならないはず。
「ねぇ、斬島さん。」
私の心とは裏腹に雲一つない空では月や星が綺羅綺羅と光っている。
ああ、初恋は実らないって本当なんだなぁ。
「何だ？」
彼の深い青色が此方を向く。その青色が大好きでした。
「これ、どうぞ。」
こっそりと作ったチョコレートケーキ。レシピの紹介文には本命に！なんて書かれてたけど、まさかこんな風に使われるなんて思ってないだろうな。
「これは、居間には無かった奴のようだが…。」
「バレンタインデーってどういう日だか、ご存じですか？」
「！」
酷い人、せめて綺麗に終わらせたかったのにわざわざソレを私に言わせるのですか？
「大好きです、斬島さん。ごめんなさい。」
ごめんなさい、好きになってしまって。
視界がジワリと滲む。
笑わなきゃ、冗談ですって言わなきゃ。私は斬島さんを困らせたいわけじゃないのに。
それでも涙が溢れそうになって、そのまま私は彼の前から逃げ出した。
