本当に怖いのは?O


そもそも、事の発端はさっき言った通り境ちゃんの悪戯なのだ。
私と姉上殿の煽りを受けた彼女が検索したワード。その中には少々特殊な内容の同人誌があった。内容とキャラの濃さ故か一時期様々な場所で弄られたキャラクター、その姿をわざわざ自分に投影し街で遊ぶ境ちゃん。まぁそこまでなら比較的ネタがマイナーだった事もありギリギリ問題にならなかったんだが、遊び方に些か問題があった。廃校の時よろしく逃げる人を鏡の世界に引きずり込みやがったのだ、あいつは。流石に行方不明者を出すのは駄目だと理解しているのか、暫くからかった後は元の場所に戻しているらしいが。セウト?とんでもない、十分アウトです。そんな悪い子に灸を据えるべく、境ちゃんがいるだろう裏道へと向かっていたわけだが。

「…あ。」
「これは予想外だったわ。」
「…僕もです。」

「ねぇねぇ、暇でしょ?一緒に遊ぼうぜ?」
「そうそう、お嬢さんみたいな可愛い子放っておくような奴なんか置いといて俺らと遊ぼうぜー?」
「えっと、ごめんなさい。アタシ急いでて…。」

数十m先、可愛らしい少女がナンパされていた。
…うん。いや、そこまではいいんだよ。そこまでは。女の子可哀そうだなーとか助けなきゃなーとか思って終わるから。問題なのは
ナンパされてるの、獄卒の犯崎さん(しかも男性)なんだよね。

「厄雲さん、犯崎さんも境ちゃんにお灸をすえに?」
「いえ…彼も私服ですから完全に非番かと…。」
「タイミングが悪すぎるわね。…あ。」
「え?」

嫌そうな彼女(?)にしつこく迫ろうとした男の後ろへ誰かが近寄る。建物の影から
現れたツナギの色に顔が引き攣った。隣をこっそり見ると厄雲さんも、うわぁと言わんばかりの顔をしている。

「もー…しーつーこーい!アタシは用があるって言ってるじゃない!」
「いいじゃん、いいじゃん。後で俺らが一緒に付き合ってあげるからさぁー、今は一緒に遊ぼうぜ。」
「そうそう。」

いまだに気づいていないナンパ男たち。おーい、志村―後ろ―…。

「なぁ…
やらないか?

バリトンボイスで囁くいい男(中身は境ちゃん)。しかもはっきりとは見えていないが、右手はおそらくナンパ男の尻を撫でている。

「ぎゃぁああ!?」
「なんだコイツきめぇ!?」
「いいのかい?そんなに叫んじまって。俺はノンケでも直ぐにホイホイ食っちまうような男なんだぜ?」

先ほどまで犯崎さんをナンパしてた男たちは当然、混乱の極みに陥っている。
あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ!男をナンパしてた男が今度は男に迫られてる。何を言ってるのか分からねーと思うが、正直私にも分からない。つか分かりたくない。

「誰だよ境ちゃんに読み上げアプリのカスタマイズ方法教えちゃったの。バリトンボイスのツナギ男が迫って来るとかマジ怖い。」
「反省はしているけど、後悔してないわ。」
「お願いですから、後悔してください。」

姉上殿だった。流石我が相棒というべきか、厄雲さんのマントさんの攻撃を華麗にかわしている。

「「う、うわぁあああ!!」」
「…あ、逃げた。」

脱兎の如くと言わんばかりの速さで走り去っていく男たち。ソレをニヤニヤと見つめる、いい男。あ、絶対これ鏡の世界にご招待するつもりだわ。回収するなら今しかないな。

「はいはい、境ちゃん。遊ぶのはそこまでねー、関係各所から苦情が来ちゃったからその遊びはもう駄目だよ。犯崎さん大丈夫ですか?」
「向日葵ちゃんありがとっ!本当にしつこくって…全く!鏡で自分の顔を見てから来なさいっての!そういえば、そっちの方は向日葵ちゃんの知り合いなの?」
「あ、今紹介します。とりあえず、境ちゃんは元の姿に戻ろうか。読み上げ機能もオフにしなさい、じわじわ来るから。」

不服そうにスマホの読み上げ機能をオフにし、メモ画面を此方へと向けるツナギの男。だから早よ姿も元に戻れって。

『えー…(ー"ー ) 』
「厄雲さんからお叱りのご連絡が来てるんだよ?また斬島さんが鏡を割りに派遣されるのだけは勘弁してほしいでしょう?」

その一言を聞いた途端に私の姿に変わる境ちゃん。ポケットに突っ込まれた手が震えているのは見なかったことにしてやろう。

『ちょうど飽きて来たんだよねー、新しい趣味?そろそろ見つけなきゃなー。』
「すっかりトラウマになっていますね。」

厄雲さんも、境ちゃんが廃校で一度割られてしまったことを知っているらしい。苦笑いを浮かべてこちらへと歩いて来る。

「トラウマ?どういうことなの?」
「前に廃校に閉じ込められたとき、私の脱出を手伝って獄卒に割られてしまったんです。名前は境ちゃん、今は私の家族兼居候として現世ライフをエンジョイしています。」
『初めまして、境ちゃんです。姿見の怪異です、現世マジ楽しい。』
「…あ。そういえば、境ちゃん、とりあえず何でアレをチョイスしたの?」
「一番記憶に植え付けられた。」
「気持ちは分かるが意味が分からないよ。」

私たちがギャーギャーと騒いでる時だった。

「ふふっ。」
「っふふ。」
笑い声のした方向を見ると犯崎さんと厄雲さんがとても愉快そうに笑っていた。どうして笑っているのか分からずに私たちは二人で顔を見合わせる。今、笑う所あった?え?多分ないと思う。アイコンタクトだけで会話する私たちに可愛らしく笑いながら犯崎さんが言う。

「ふふ〜、まるで貴方たち双子みたいね!」
「「……。」」

双子。…まぁ、それは当然なのだろう。何せ私の隣にいるのは鏡なのだから。
私を映した、けれど私とは違う自我を持つ怪異という別個体。それがまるで双子の様に見えたとしても無理はない。

「そうね。向日葵も境も双子みたいにゃものだから、離されてしまったら精神的に辛いものがあるでしょうね。」
「姉上殿…?」

今まで傍観していた姉上殿が唐突に口を挟む。一体どうしたんだというのだ。

「やーん!環じゃない、ひさしぶりー!元気にしてた?相変わらず可愛いわねー。」
「ありがとう、犯崎。貴方も相変わらずの美少女っぷりね。」
「あらん、嬉しいわぁ…それで?件の神隠し案件はその境ちゃんだったっていう訳よね〜。まさか見逃せっていいたいのかしら〜?」
「あら、そんにゃこと一言も言ってにゃいわよ。ただ、私の可愛い妹が寂しがるだろうし、いたずら目的であろうとあにゃたに貸しをつくった私の家族が獄都に連行されてしまうと言っただけよ?」

季節は既に夏の終わり。未だに残る蒸し暑さは何処へやら、まるで極寒の中で立ちつくすような錯覚をしてしまうほどの張り詰めた空気。姉上殿と犯崎さんは友人である。だからこそお互いの間に遠慮という二文字は存在しない。厄雲さんは一人と一匹の対立を見て驚いているのか、綺麗なその目を大きくしていた。

「「………。」」

永遠に続くと思われた膠着。それを先に破ったのは犯崎さんだった。

「…んもう!これで貸しは無しなんだからね。あと、次は無いから気を付けるのよ。」
「ええ、犯崎。ありがとう。」
「あの…いいんですか?犯崎さん。」
「ふふ〜、い・い・の!被害自体もあまり大きくないし、もう二度と起きないなら大丈夫でしょ。」
「犯崎さん、ありがとうございます。」

どうも本当は、厄雲さん達は境ちゃんを獄都に連行するつもりだったらしい。敢えて黙っていたのだろう厄雲さんに少しジト目を向ける。苦笑いを浮かべて小声で弁明された。

「確かに連行はするつもりですが、厳重注意だけしてお帰しするつもりだったんです。現世に今後も留まらせるには、名目上だけでも連行することが必須だったので。」
「あ、そうだったんですか。何かウチの子がすいません。」
「どういたしまして!…じゃあ厄雲ちゃんも仕事が無くなったことだし、私のショッピングに付き合ってくれないかしら?」
「いえ、報告書を提出しなくてはいけないので…。」
「えー、いいじゃない。どうせ直ぐに終わるでしょー?」

腕を絡めて強請る犯崎さん。すげぇなあの人(鬼)。自分の外見が上の上な事を理解してやっているぞ絶対。結局上司のおねだりに折れた厄雲さんは、一度着替えるべく獄都へ戻るらしい。

「もう二度とないように気を付けてくださいね。」
「ウチの子が本当にすいません。」
『若気の至りってやつだったんです。』
「境ちゃんは少し反省すべきだと思うの。」

後日、悪戯を再開しようとしていた境ちゃんは姉上殿によって犯崎さんの元へ派遣されていた。帰って来た彼女は真っ青になって尻の辺りを抑えていたんだが…何があったんだろう…。

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