今日から初恋始めますO


※主人公は誰にも本命チョコを渡しませんでした



ホワイトデー。
バレンタインデーの起源が多少はキリスト教由来なのに対して、宗教?何それ美味しいの?という日本の販促精神から生まれたイベント。売れるときに売るんじゃない、売れるときを作るんだ。なんという社畜精神。
そんながめつい精神から生まれちゃったからか、「お返しは3倍ね。」やら、「お返しはもちろんゴデ○バのチョコレートだよね?」なんていう声と共に男性の財布が悲鳴を上げてることも多々ある。だが、その一方で根は意外とロマンチストなのも日本人。

「ホワイトデーのお返しに意味を持たせようぜ?」
「いいね、ロマンチックだね!」

…なんて、知らないまま送ったら悲劇をうっかり生みかねないことをやってしまった。
王道のケーキやチョコレートには意味を持たせない、というセーフゾーンをつくったはいいが、高級品のハンカチを送ったら「別れよう」なんて意味になる等絶対世の大半の男子が知らずにやらかしてるに違いない。個人的には、リアルが充実してるバカップルがそんな切ない終わり方を迎えたところで指さして笑うだけだが。え?性格が悪い?知ってます。

閑話休題。
最後まで心配そうに私を見ていた愛猫と境ちゃんはバレンタインのお返しを強奪すべく獄都へと進撃していた。間違ってもうなじを削がれる様な真似だけはしないでくれよ…特に境ちゃん。彼女なら巨人の姿を自らに映しかねない。

3月といえど未だ肌寒い季節。
緑茶の入った湯呑を両手で持つ。じんわりと伝わる熱にほっとため息を吐く。バレンタインはもはや乱闘状態だったから、獄卒の誰かからのお返しを期待できることもない。チョコレートをくれた友人へのお返しは何にしようか。もしかすると境ちゃんが強奪してくるだろうチョコレートを分けてくれるかもしれない。

「ふぅ…。」

誰もいない家は静かでゆっくりと何もせずに考えにふけることができる。
湯呑の横には栗羊羹を一切れと黒文字。姉上殿も境ちゃんもいない今なら、隠してた秘蔵の茶菓子を開けても誰かに咎められることも無いだろう。
ぼーっとしていると突然、来客を告げる機械音が室内に響いた。折角のティータイムだというのに、一体誰だ。理不尽な怒りだとは理解しつつも、こちらとら栗羊羹を堪能するタイミングを邪魔されたのだ。辛辣さがいつもの10割増しになっても仕方ない。
よっしゃ、来いよ。全力で泣かしてやる。
顔を思いっきりしかめてドアのカギを外す。例え押し売りだろうが、訪問販売だろうが今なら追い返せる。

「…どちらさまで…。」
「…。」

速攻でドアを閉めた。
ウェイトウェイト、ビークールだ向日葵。なんか私今すっごいキャラぶれしてるし、とりあえず落ち着こう。このテンションのままだと「僕のだゾ!」とか叫ばなきゃいけない使命にかられることになる。そうだ深呼吸、はい、吸っ…

「おい、閉めるな。」
「ゲホッ!?ゴホッ!?」
「…大丈夫か。」

変な所に唾が入った。口元を両手で覆って咳を繰り返す私を見て、訪問者こと田噛さんが心配半分引き半分で声をかけてくる。ちくせう、誰のせいだと思ってるんですか。いつも通り気怠げな彼は今日に限っていつもの軍服ではなく、ひと昔前の書生さんの格好だった。予想外すぎる訪問客にさっきまでの怒りはどこへやら、むしろ戸惑いの方が大きい。

「…げほっ、大丈夫です。っていうか、田噛さん何で我が家に…?姉上殿に用事なら、獄都の方に行っちゃってるから戻ったほうがいいですよ。」
「ちげぇよ。」
「あれ?…とりあえず、外も寒いですし中にどうぞ。」

予想が外れたことに少し驚いたが、立ち話もなんだと中に入れる。栗羊羹もう一切れきらなきゃなぁ…。

「あ、今お茶だしますねー。栗羊羹はお好きですか?」
「あ?…あー、貰う。」

新しく切った栗羊羹と緑茶をローテーブルの上に置く。一体何の用事だろう?

「…うまい。」
「栗羊羹も美味しいですよー。」

廃校では転ばされたり、色々とあったがまぁ彼は比較的常識がある方だと気づいてからは私が避けることも、彼に追いかけられることも無くなった。何やかんやで、今では結構信頼している獄卒さんだ。

「…これ美味いな。」
「でしょう?境ちゃんに見つかったが最後、全部食われると思うので内緒ですよー。」

一向に本題に入らないなぁ…、別に苛ついているわけでも無いみたいだし。

「そういえば、姉上殿と境ちゃんは獄都の方へ他の獄卒さん達からお返しを奪いに行ったんですよ。境ちゃんは特に平腹さんへの恨みが凄かったから、色々やらかしてるかもしれませんね。」
「…。」
「姉上殿は木舌さんのお酒巻き上げてくるって言ってたし。今度我が家の愛猫に泣きついてくるんじゃないかなー…なんて。」
「…。」

…何か田噛さん眉間にシワ寄ってない?若干不機嫌になってない?何で?
さっきまでは寧ろ上機嫌そうだった彼が一瞬で不機嫌になる理由が分からずに、冷汗が流れる。え?何が地雷だったの?

「…おい。」
「ハイッ!?…って、ちょ!危なっ!」

彼は下げていた鞄から一つの小さな箱を取り出すと、そのまま此方へと無造作に投げる。何とか落とすことなく受け取ったそれをどうするべきか分からず、視線を再び田噛さんへと向ける。

「こないだの礼だ。」

こないだ………もしやバレンタインデーのか!?
どうせ無いと思っていた分、お返しに驚くと同時に喜びがこみ上げる。
田噛さんって律儀なんだなぁ…。

「開けても?」
「…好きにしろ。」

厚紙の組み合わさった部分に張られたテープをはがす。栗羊羹の事をすっかり忘れて、夢中になって開けたその箱の中に入ってたのは

「…わぁ!」

ビンの中に詰められた、色とりどりの透き通った飴玉だった。
これは結構、いやかなり嬉しい。蛍光灯にビンをかざしてみると、中のキャンディーが光を反射しキラキラと輝き始める。
田噛さん、お返しのチョイスがセンスあり過ぎてときめくわ。何処で見つけたんだろう、コレ。栗羊羹とは合わないことは間違いないが、光を反射するそれに食欲がひかれる。
ええ、花より団子なんです。何か?一体私は誰に弁解してるのだろう。

「い、一個だけなら食べても?」
「…っふ、お前のだから好きにしろよ。」
「…!?」

あの、気だるげな不機嫌顔がデフォルトの田噛さんが笑った!?
直ぐにいつもの表情に戻ってしまったが、一瞬見せたその顔は確かに笑っていて。想定外すぎるソレの破壊力に私は一瞬固まった。要するに何が言いたいのかっていうと、
イケメンの笑顔マジギルティ普通にときめくわ。
顔が熱くなってるのも、心拍数が上がってるのもきっと気の所為じゃない。ちょっとー男子ー向日葵ちゃん真っ赤じゃないー。我ながらイケメンへの耐性のなさにビックリだ。慌てて俯いて、さもビンから飴を取り出そうとしてますという風に装う。な、何色にしようかなー?

「…あ。」

目についたのはオレンジ色。そういえば獄卒さん達って目の色が結構カラフルなんだよなぁ…。

「田噛さんたちって目の色すっごい綺麗ですよね。」
「…いきなり何だ。」
「いや、このオレンジのとか田噛さんの目の色だなぁ…って。」
「目玉を収集する癖でもあんのか…?」
「やめて、一気に人を異常性癖者に仕立て上げないで?!色が一緒って言っただけだから!」
「うっせぇ。」
「すっごい理不尽だな、この獄卒。」

してやられた感が満載なので、ちょっとばかり意趣返ししてやろうと思う。

「田噛さん、そういえば知ってますか?」
「何をだ。」
「ホワイトデーにするお返し物の意味。
チョコとかケーキとかの王道なものには無いんですけど、マシュマロとかクッキー、それにキャンディーとかはバッチリあるんですよー?」

ニヤニヤと自分の口角が上がるのを感じる。

「マシュマロは一瞬で溶けてしまうので『貴方が嫌い』
クッキーは『貴方は友人』
さて、キャンディーは何で…むぐ!?」
「うるせぇ、さっさと食え。」
「んぐ、む…ぐっ!?ゴホッ!ちょ、何帰ろうとして…。」

私の持っていたキャンディーを口に放り込んで話を遮った挙句、帰ろうとしてる田噛さんの腕を慌てて掴む。今日、情緒不安定過ぎないですか!?
そうして顔をあげた所でようやく気付いた。
…あれ?何か田噛さん耳が赤くなってません

「あ…、え、あ、あの田噛さん?」

つられて私まで顔に熱が集まる。
今更になって思い返す。田噛さんが不機嫌になったり、上機嫌になったり、急に帰ろうとしたタイミングを。
…いやいや、これ、多分自意識過剰なだけだよね?私の己惚れだよね?
先ほどから何も言わず、私の方を決して見ようとしない田噛さん。いや、見つめられても困るんだけどね?今多分顔が真っ赤だから。

「断るなら、さっさと言え。」
「!?」

まさかの当たり!?
王道の少女漫画にでも出てきそうな状況に脳みそがショート寸前になる。なんで田噛さんと話してると私は少女漫画的展開になるんですか?いや、そんなことよりも早く答えなきゃ…。
恥ずかしながら、私はいわゆる年齢=彼氏いない歴というやつで、初恋も迎えていない残念すぎる高校生活を送っていた。そんな奴がいきなり告白されて、答えられるだろうか?
答えは否だ。
とはいえ田噛さんは信頼できる人だし、出来るなら私としても誠実な答えを返したい。そんなわけでオーバーヒート寸前のポンコツな脳みそが出した答えは

「あ、あの!私は初恋未だ歴=年齢なわけで、正直恋愛とか、そういうのがよく分かってなくて!それでですね!えっと、あの…。」

正直に全てをぶちまける事だった。
後々冷静になって考えてみれば、何で彼氏いない歴の事まで行ったんだろう私、とかせめて彼氏いない歴って言えよ…とか思う所は多々ある。でも生憎その時の私は、羞恥とか、混乱とかで一杯一杯すぎて泣きそうになってた。もうヤダなにこの公開処刑…。

「…おい。」

声を掛けられて顔をあげる。

と同時に唇に何か柔らかい感触がした。


………。

ゆっくりと目の前から離れていく一対の橙色

「〜〜っ!?」

数秒遅れて何が触れたのかに気づく。
何を!この獄卒は!血迷った!?

「嫌だったか?」
「しかも何故それを聞く!?」

もうやだ、この人の考えてる事が今の私には理解できない。
脳みそは本格的にオーバーヒートし始めている。誰か、いそいで冷却処置してくれませんか?そんな私の心の訴えも知らず、目の前の獄卒は爆弾を更に投下していく。ああ!もう!こうなったらやけくそだ。

「いいから答えろ。」
「〜〜〜ッ!!別に!?嫌じゃないですけど!?」
「…なら、それが答えだろ。」

……ファッ?

「それとも知らない奴に急に口吸いされて喜ぶような淫乱か?お前は。」
「貴方は私を貶したいのか、口説きたいのかどっちなんだよ。勿論違いますぅー。」

思わず真顔になった。イケメンの口からそんな罵声が飛んだとしても喜ぶような性癖は生憎と持ち合わせていないんです。どっかの業界ならご褒美になるかもしれんが。

「なら付き合え。」
「…凄いジャイアニズムですね。」

笑ってしまう。目の前のなんともジャイアニズムな獄卒にもだが、何より彼と付き合う事を想像して存外悪くないなんて思えてしまう自分に。

「田噛さん。」
「…未だ何かあるのかよ。」
「不束者ですが、よろしくおねがいします。」

あれ?これ結婚の時のセリフだっけ?まぁ、いいか。

「…おう。」

細められた橙色は嬉しそうな光を湛えていた。

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