踊り場の姿見O


ガラリッ

どうやらスライドさせる扉だったらしく、無事に室内に入れた。

「広いなぁ…」

戸棚や机が多いので調べるのに時間がかかりそうだと辟易したのが1分前

「………ここもか。」

殆どの戸棚の中が空で、唯一見つけた手がかりは壊れた金具。

「この金具、やけに新しいな…。」

よく見ようと手に取った瞬間

「ねぇ、絶対そうだって。」

「それってやばいんじゃないの。

 課長って奥さんいるでしょ。」

「だって絶対ひいきしてるって。

  あれは何かあるよ。」

「まあ、あの人だしねー。」

どうして
どうしてそんなこと言うの。
私は何もしていないのに


「っ…何今の…?」

脳裏で強制的に再現された音声は知らない女性の声だった。
原因として思い当たるのは手の上で転がる錆びた金具だけだが…
「思念体とかそういうのかな。」
姉上は色々と怪異について教えてくれた。正直会ったことこそ無いが、目の前に怪異の存在を示す証拠がいるのだから、信じずにはいられない。

「………一応保管しておこう。」

何かあったら捨てれば大丈夫でしょ。


絶望的なことに金具以外に目ぼしい物は見つからなかったので2階へと向かうべく階段前の机の山を登る。

「でも、金具一つしか手がかりないとか。凄い泣きたくなるなぁ…。」

何かここきてから溜息ばっかだわ…。
階段の踊り場には廃校には似つかわしくないほど磨き上げられた姿見が一つ。
姿見…

「学校の怪談とかってなんで鏡がよく出るんだろう…いや、確かに真っ暗の中で見たらビビるだろうけど。」

鏡を調べるべく額縁へと目をやるが、年月が経ち風化しているのか最早刻まれた文字は読めない。

「…だよ、ネェ!?」

声が裏返った。
鏡の向こうで"私"が笑顔で手を振っていた。
いやいやいやいや、私。今、手ぇ振ってない。
え、なにこれ。マジで怪談実体験してるの!?
手を振っていた"私"はゆっくりと鏡へと手を伸ばし、
そのまま私に抱き着いた。

「うブッ!?」

衝撃に耐えられず、思わず尻もちをつくが抱き着いてきた私は一向に腕の力を緩めない。

「痛い痛い痛い、内臓が!内臓が!内臓が口からこんにちわする!!」

必死に私の背中をタップするとようやく気付いたのか、腕の力を緩めて心配そうに私の顔を覗き込む、もう一人の私。
パクパクパク…
ドッペルゲンガーは口の開閉を繰り返すも重要な言葉がその口から出てくることは無い。
いや、でも舌はあるみたいだし。見た感じ喉をやられてるってわけでもなさそう。

「……もしかして声でない?」
「!!………!」

大きく頭を振るようにうなずく私。
どうしよ…意思疎通用の道具なんてカバンの中に入ってなかっ……

「あ。」
「?」

横に落ちていたカバンの中からスマホを取り出す。メモアプリを起動させるとそのまま目の前の彼女に差し出す。

「これ貸してあげるから、伝えたいこと入力して!ここのキーボード部分を押せば入力できるから!」
「?」

ドッペルゲンガーに会うと死ぬだとか、都市伝説の類は何度も聞いたことはある。でもそれ以上にこんな所に閉じ込められたままの方が死んじゃう確率高いと思うんだよね!具体的には餓死とか餓死とか!そんな中で初めて人間らしき知能のあるやつに出会ったら、それが私と同じ姿だろうと意思疎通を図ろうとするよね、普通!
ようやく見つけた話が出来そうな相手に思わずガッツポーズする。恐怖とかよりも喜びが勝ったせいで脳内でアドレナリンが大量に放出されているようだ。

【きみ どこから きた】
「東京の○○地区なんだけど、ここがまず何処か分かる?私、早急に帰らないとヤバい。」
【ここ にほん じゃない】
「………は?」
【ここ、あの世とこの世の境目】
キーボードに早くも慣れてきたのか変換を上手く使い始める、彼女。
【もうじゃ、ここの時空を歪めた。本当は、せいじゃ入れない。】
「…待って、もうじゃって亡者のことだよね?え、ここ異空間なの?じゃあ出口は…」
【(ヾノ・∀・`)ナイナイ】
「なんでシリアスムードだったのに顔文字ぶっこんでくんの君は。つかスマホ慣れるの早いな!私だって最初は苦労したのに…!!」
【(○'∀')bドンマィ☆】

なんだこの怪異すげぇ煽ってきよる…。

「まぁいいや…で、君は一体何?」

"誰"じゃなくて"何"。
目の前にいるのは外見こそ私なんだろうけど、そっくりさんとかそういうのじゃない。多分鈍感だろう私にも直感で分かる。
コレは"人間"じゃない。

目の前の私は目を細め、ニヤリと口角を大きく持ち上げる。

【私は鏡】

自分が見ている世界と全く同じものを映す道具。
そういえば、学校の七不思議に鏡に関する言い伝えがあった気がする。
そりゃホームグラウンドなら現状を理解してるよな…。

「じゃあ鏡、君に聞きたいことがいくつか…うぉっ!?」

質問を続けようとする途中で、鏡が目の前にスマホを突き付けてきた。

【私は確かに鏡だけど、名前、君がつけて】
「…あのさ、それどういう意味だか理解して言ってる?」

眉を顰めた。一番私の身近にいたのは怪異――化け猫である姉上、多少なりとも彼女からそちらの規則や考え方に関しては教わっている。
彼らにとって名前というのは一番短い呪いだ。それも自身の在り方を存在を此岸に縛り付ける呪い。そんなもんを態々怪異が取るに足らない人間如きに頼むはずがない。言い間違いかと思わず聞き返す。

【自分の言ったことくらい分かってる。それでも、君がいい。君に名をつけて欲しい。】

君は挨拶された程度で好感度が上昇するギャルゲーの女の子か?
一体私の何が君の琴線に触れたんだよぅ…
最早どこから突っ込めばいいのかわからないから、思考を放棄する事をここに宣言する。わたしは考えることを止めるぞ!ジョージョー↑

「鏡だから性別も特にないか…鏡…きょう…境ちゃんは?」
【境!きょう!素敵!】

目の前の向日葵、改め境ちゃんは嬉しそうに私に抱き着く。
これ傍目から見ると完璧ゆるーい百合な光景ですよね、需要は最底辺を迷走中ですが

「境ちゃん、私、ここから出たいんだが、手伝ってくれない?」
【いいよ!】

とりあえず、力強そうな仲間ゲットだぜ

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