罅割れた鏡O


「すみません。まさかこんな場所に生者が居るなんて思わなくて…。」
「イエ、オキニナサラズ。」
「…あの。とりあえず、斬島の背中から出てきていただけませんか?何か凄い罪悪感が…。」
「善処します。」

いくら誤解が解けたからと言って、いきなり銃を向けて来た相手に「はーい(はぁと)」といって現れるのは底なしの馬鹿だけだと思うのは私だけだろうか。しかも最後ら辺、この鬼「斬島どいて!そいつ殺せない!」って言ってたぞ。どこのS県月宮なの?何なのこの鬼、ヤンデレ妹(自称)なの?

「そういえば佐疫、木舌は見つかったのか?」
「それがどうも校舎の奥に閉じ込められてるみたいで、亡者を先に捕まえた方が速そうなんだ。」

怨霊モードのマキちゃんヤベェな、鬼を閉じ込めるとかどんだけハッスルしたんだよ。もしかして昔ヤンチャしていた口ですか?盗んだバイクで走りだしたくなっちゃうお年頃だったんですか?そうは思っても口には決して出さない。私は空気を読める子ですもの。

「分かった。俺は亡者を追うから、佐疫は生者を頼む。」
「うん、分かった。すみませんが、解決するまで玄関で待機していただけますか?」
「…はい。」

しかし参った。このまま目の前のヤンデ…佐疫さんについて行ったら絶対にマキちゃんに一発やり返すことは出来ないだろう。しかも獄卒が私を必ず家に帰してくれるという保証もない。あのカニバリズムシャベル野郎とかがいい例だ。いいのかい?ホイホイ付いて来ちまって…俺たち(斬島さんを除く)は生者でもバリムシャァしちまうんだぜ?
駄目だ早く逃げよう。お先が真っ暗すぎる

「そういえば、何故貴方はここに?」

数歩前を歩く佐疫さんに唐突に話をふられ、一瞬思考が停止する。え?何で今その話題なの?

「いや、なんか気づいたら倒れてました。」
「…こんな場所に?」
「こんな場所に。」

ん?何か雲行きが怪しいぞ?



「ここは亡者の怨念の影響で俗世から遮断されてるから、普通の人間が迷い込むこと何て有り得ないはずなんですがね。」



背筋が凍りつく、とは正しくこの状況を指すのだろう。武器こそ掲げていないが、怪しい真似をしたら何時でも殺れるのだと雄弁に語る目に恐怖を抱く。斬島さんが居た時とコイツ態度が270度くらい違うんだけど。一周回って正反対になっちゃった位違うんだけど。何?二重人格なの?獄卒ってキャラが濃くないとなれないの?
…とにかく、目の前の獄卒は私を亡者の共犯者か何かじゃないかという疑惑を抱いているらしい。ソレを理解すると同時に募る苛立ち。こちらとら好きでこんな場所にいるわけじゃないんですが、というか初見殺しにも程がある場所に喜んで行く馬鹿がどこにいるんですか。

「…と言われましても、私は実際に倒れていただけなのでどっちかって言うと被害者なんですよね。いやぁ、参っちゃいます。」
「本当に何ででしょうね。」

あはははは。

目の前の獄卒は目以外全部笑うという器用な真似をしている。この鬼嫌いだわ、私。にこやかに笑みを浮かべつつ、玄関へと向かう。道中で獄卒が私に探りを入れ、私が話を反らすという事を繰り返す。腹芸は得意じゃないのでボロを出してしまうんじゃないかと、ひやひやしてた時だった。


ピシッ

「…ん?」

耳障りな雑音、薄い何かが壊れた音。
そう、例えば鏡にヒビが入った時の様な…



………。
鏡?

「どうかしましたか?」

脚が止まってしまった私に獄卒が尋ねる。

ピシリ…ピ、シ…ッ

「…あの、何か聞こえません?」
「……何も聞こえませんが。」

鏡にヒビが入る音が徐々に大きくなる。背中を冷汗が伝った。なんで目の前の獄卒は気づかない?こんなにも大きな音なのに。おかしいでしょう。

「…う−ん。怪異かもしれないですけど、害意があるモノなら斬島がカナキリで倒すのでは心配はいりませんよ。」
「ぇ…。」

【さっきも言ったけど、予想以上に鬼が多いの。最悪のケースを考えた時、私が割れてしまう可能性もあるから。】

咄嗟に浮かんだのは境ちゃんの言葉。今、彼女は獄卒達から私を逃がすために色々としてくれている。ということはもしかしなくても、討伐対象?
斬島さんに払拭されたはずの獄卒への恐怖が一気にこみ上げる。
そうだよ。こいつ等は敵なのだから、逃げなきゃ。斬島さんや橙色の目の奴は私を食わないって言ってたけど、獄卒全員がそうだとは限らない。早く境ちゃんと合流して、脱出をしなくては。

ガタっ

「…ん?」

獄卒からの逃亡を焦っていた時、理科室の中から物音がした。千載一遇のチャンスとはこれのことだろうか。

「…中に誰かいるのかもしれないですね。」
「もしかしたら逃げ込んだ怨霊かもしれないので、確認してきます。…くれぐれも、ここから動かないでくださいね。」

『くれぐれも』の部分でわざとらしく外套から銃をチラリと見せる獄卒。怯えながらも
頷くふりをして階段に座り込む。実際にビビってはいるんですけどね?しかし甘いな。この向日葵が動くなと言われて言う通りにするとでも思っているのか!以外!それは開き直り!正直あの獄卒と一緒に居るほうが寿命縮むわ。というわけで、

ガラッ

理科室を開く音と共に上の階へと足音を殺しながら移動する。あの佐疫と呼ばれた獄卒は冷静に物事を判断するタイプだ。きっと理科室を一通り確認した後、戻って来るに違いない。だとすると、数十秒はかかるはず。今のうちに逃げきれれば。


「…。」

3階へ上り、そのまま屋上へと続く階段も昇る。生憎、屋上に出る扉は閉まっているようだが隠れるには十分だろう。そのまま息をひそめていると階下を怨霊モードじゃないマキちゃんが通り過ぎるのが見えた。正直に言うと一発殴りに行きたいが、彼女がいるという事は、斬島さんもいるという事だ。佐疫さんに預けられたはずの私が此処にいることを彼は不審に思うだろうし、今はまだ息を顰めておくべきだろう。

「待て!」

やっぱり予想通り、斬島さんがマキちゃんの後を追っかけていく。何かさっきの佐疫という獄卒とか含めると、凄く腐った女子が好きそうな展開だよね。時代は三角関係なのよ!と熱弁していたクラスメートが懐かしい。でもそんな時代は一生来なくていいと思うの。
斬島さんの足音も十分に離れた所で3階へと移動する。マキちゃんが向かったのは校舎の東棟の方向だったはず。東棟へと向かうべく、反対側の階段を横切ろうとした時だった。

「…あれ、鍵か?」

薄暗い中、埃に塗れた踊り場の隅で光を反射する何かが偶然目に入った。周りを警戒しつつソレを拾うと、やはり何処かの部屋の鍵だった。鍵を裏返してみると掠れてはいるが、何か文字が書かれている。

「校…室?」

学校にある部屋で校何とか室といったら校長室か校舎資料室くらい。校長室って大体1階にある気がするし、図書室の先の部屋だろうか?あそこ扉に鍵かかってたし。…ってことは何?私今から1階に戻らなきゃいけないの?

「過激派獄卒2体を掻い潜って到達しろとか、難易度ルナティックすぎない…?」

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