酸欠の教室O


果てしなく嫌な予感しかしない3階。正直逃げ出したいが、もたもたしていると3階にまで獄卒というクレイジー集団が来てしまう。
兄ちゃん、なんで獄卒すぐに人間を食べたがるん?駄目だ、色々怒られそう。

「はぁ〜……んで、結局このパターンだろ…何なの?どんだけダイスの女神さまは私を発狂させたいの?」

東棟側の教室の中、とある机の上にはSAN値直葬に定評のある金具が。
金具パイセンチーッス!今日も不吉な輝きっぷりっすね!駄目だもう既に思考がおかしくなってる。

「…大丈夫。私なら出来る。そうだ!私ならできる!もっと熱くなるんだ!!」

目をつぶって只管に自己暗示をかける。そうだ!今なら出来る!脳内ではテニスウェアーを着た熱い男性が暑苦しく鼓舞してくれている。彼の激励に合わせ、声を出しながら金具に勢いよく手を伸ばした。

「もっと熱くなれよ!」

ザザッ…


「大丈夫?どうかした?」

「ううん・・・。」

「ほんとに?」

「うん・・・。」

「……ねぇ、何かあったら言ってね。」

「…うん…。」

「私、友達だから…。」

「ありがとう、大丈夫だよ。だから」


「一人にしないで。」


熱くなっても無駄だった。むしろ気持ちが温度差で風邪ひきそうだ。一気に不治の病にかかった少女が友人に約束をするワンシーン。私知ってる、これ、絶対死ぬ奴だ。向日葵嘘つかない。何か別のベクトルで精神値をゴリゴリ削られたわ…。

「家帰ったら、絶対コメディーとかそういう系の映画見よう…。」

金具をポケットに入れ、立ち上がる。もう金具は結構です。どうせお腹いっぱいになるならトラウマメモリーじゃなくてお米食べたい…。
フラフラと立ち上がり、もう一つの教室の中を探すが何も見つからない。仕方ないので西棟の方へと足を進める。
どうして手がかりらしきものすら見つからないの?逃走○ですらデバイスとか配られてるよ?しかもハンター多数に対して逃走者一人とか舐めてんの?人生がくそゲー過ぎて辛い。神様、翼とか要らないんで私にフ○ーザ様並みの戦闘力をください。一瞬でこの校舎破壊するから。それこそクソゲーである、脳裏で誰かが呟いた。

「……あ、マキちゃん?」

西棟の教室、不自然に積み上げられた机の山が広がるその奥で見覚えの有る後姿が立っていた。SAN値チェックが先ほどからファンブルしまくってる私にマキちゃんとか、天の救いか!但し私は無神論者です。
そんな罰当たりも良い所な事を考えていたせいだろうか、マキちゃんの元へ駆け寄ろうとした瞬間、彼女が静かに呟いた。

「…ねぇ、あなたは、あなたは後悔したことある?」
「…え。」

教室の温度が一気に下がった。鳥肌がビリビリと立つ。
未だ俯いたままの彼女に駆け寄ろうとした脚が拒否するように止まった。

「私は…ずっとよ。ずーっとずっと…何が悪かったのか…何がダメだったのか…誰も…」
「ちょ、ちょ、マキちゃ…。」

逃げろ
脳内で警鐘が響く。
これは関わるべきじゃない。
早く逃げて、全部を忘れるべきだ。

「私を見てくれない。」

目の前の彼女が顔をあげた。既にすくんでしまった脚は後退することも走り出すことも許さない。金縛りにも似た緊張感に苛まれ、私はマキちゃんの顔を直視してしまう。

ぞっとした。
白黒反転した目は血の様に赤い瞳孔が獰猛な光を宿し、その口は都市伝説に出てくる化け物のように耳元まで裂けている。フワフワとした栗色の髪は無風の中、蛇の様にうねっている。

…本当はどこかで分かっていた。
私のようにいきなり廃校舎に連れてこられたわけでも無く、保護のために獄卒に追われているわけでも無い。異様なまでにこの異様なこの空間に詳しく、異常なまでにこの異常な現状を把握している。彼女が、マキちゃんが、獄卒達のいう怨霊なのだろう。

「マキちゃ…。」
「そうよ、私は悪くない。私を見てくレナイ、アいつラガ悪イ。」

声にノイズが交じり始める。
未だに動けないでいる私の首を一対の掌が掴んだ。

「っ…ぁ゛、ぐ゛ッ…。」

気道を強制的に狭められ、潰れたような声が口から零れる。必至に手を離そうと掴むが女性のとは思えないほどの力が込められたそれはびくともしない。酸素が不足すると同時に視界が霞む。脳内の警鐘は一向に止まないまま、最低最悪の未来だけを見せつけてくる。

死にたくない。

涙が溢れた時だった。

「っア゛ァ゛!!」

あれほど固く掴まれていた手が一気に離れる。何かに弾かれたように外された目は掠れた視界からでも十分に確認できるほど焼け爛れていた。

「ゲホッ!ゴヒュッ!」

途端に流れ込んできた酸素に喉が悲鳴を上げる。私は膝から崩れ落ち、床の上に倒れたまま咳を繰り返すしかない。ようやく呼吸が落ち着いた頃、既にマキちゃんの姿は消えていた。

「…もうやだ。」

鼻の奥が熱くなる。ボロボロと零れる涙を拭う気力すらない。
何で私なの。
今まで我慢してきた恐怖が一気に襲い掛かって来る。
本当に私はここから脱出できるのかな。
途中で殺されたりしないかな。

「ゥあっ…っう゛、ふッ…う…。」

おねぇちゃん助けて。

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