鬼に妖刀O


どれくらい床の上に倒れていたのだろう。
泣きつかれて意識を失った私は、徐々に大きくなる木の軋む音で目を覚ました。

誰かが近づいてきた?
隠れなきゃ。

重く怠い体を起こし、丁度良く積み上げられた机の下にノロノロと隠れる。

チャリンッ

「…あ。」

金属のぶつかる音に足元を見ると、金具がそこには落ちていた。
…思ったのだが、彼女のネックレスがコレだとするなら、あの記憶も彼女のものだと言えるのではないだろうか。酷く気だるいので拾わないまま、机の脚にもたれて思考をめぐらす。

とにかく、確実に怨霊はマキちゃんの事を指している。
じゃあ、ここに私が拉致されたのは何故か?
彼女は最初、私が何故ここにいるのか不思議そうにしていた。
つまり、私に関しては彼女の所為じゃない?
…いや、決めつけるのは未だ早い。金具を通して見た記憶からするとマキちゃんは重度の人間不信に近い状態だ。もし、怨霊になる位の恨みを無差別に向けていて、それに偶々私が巻き込まれてしまったのだとしたら筋は通る。

「……。」

…いや待て、何で私?

そもそもここに居るのだって私が望んで入った訳でもなく、その上ドアは開かない、涙を舐められる、指齧られる、挙句の果てには臨死体験。はー!やってられませんね!これ絶対出るところ出たら勝てますわ!
ある程度泣いたせいか、今や悲観的な感情よりも怒りの方がこみ上げてくる。ええ、怒っています。おこなんて可愛いレベルじゃないですよ、げきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリームです。とりあえず、次会ったら幾ら美少女でもビンタ食らわせてやる。まさにキャットファイト、ただし片方は人外です。とにかく、やられたら倍返しにしろって前にテレビでやってたので、良識的且つ良い子な向日葵ちゃんは言う通りにしようと思う。良識的な奴は怨霊にビンタしようと思わないと突っ込む奴は、残念ながらこの場に居なかった。

ガラッ
トンットンットンッ…

「!」

教室の扉が開き、床とブーツがぶつかる音が規則的なリズムで室内に響く。誰かが入って来た。息を殺して机の影から姿を窺う。怨霊だった彼女が履いていたのはブーツではなくヒールの低いパンプス。こんな音はたたない。つまり、今教室に入って来たのはマキちゃんでは無く、

「…ここに入ったと思ったのだが。」

 獄  卒 サイコ野郎だ。

一度目は涙を舐められ、二度目は指を齧られたのだ。三度目は腕を一本取られても可笑しくない。電球が照らした人影はゆっくりと教室の奥へと進んでいた。最悪だ、固い床の上でのうたた寝は獄卒が3階に来るのに十分な時間を与えてしまったらしい。ないわー。

「…それにしても、この教室やけに匂うな。」

……え?

「なぁなぁ、お前いい匂いがするし少し齧ってもいい?」
「平腹が言ってた匂いはお前か。」
「お前から強い桃の匂いがする。」


脳裏に蘇るのは恐怖の記憶、そういえば何か匂いが云々って言ってマシター。
…これ見つかるフラグじゃね?
少しでも距離を取ろうと後ずさるべく手を後方へと動かす。

チャリンッ
「あ」
指先に冷たい感触。そして一瞬で視界が砂嵐にジャックされた。

ザザッ…


「アンタが盗ったんでしょ!?」

私じゃない。

「嘘吐き!アタシのノート返してよ!」

「ドロボウ!ウソツキ!」

私じゃない…。

「ひどい!返して!」

「嘘吐いても平気なんでしょ。頭おかしいもんね。」

誰も信じてくれない。でも…

おかしいのは私?


何これ…ッ!?
指先に感じる冷たさと共に襲ってきたのは今までとは比べ物にならないほどの情報量。今まではまるでテレビを見る様に見えない壁を挟んでいたソレが、突如として彼女の感情まで共有させてくる。苦しい、悲しい、誰か信じて。咄嗟に口を両手で覆わなければ嗚咽が零れてしまいそうだ。何で、急に…?
意識が私のコントロール下に戻っても、感情を強制ジャックされた所為かひどく頭が痛む。きっとこの場所の影響が出始めてるんだ、早く脱出しなきゃ…。金具をポケットにしまい、俯いていた顔をあげた時だった。

「お前が件の亡者か。」

視界に獄卒の顔がドアップで映った。

「っ!?!?」

反射的に後ろに跳びのく。

べしゃぁ。

無理な体勢のまま後ろへ跳んだのだ。当然、受け身を取れるはずもなくそのまま床に倒れ込む。い、痛い…。強かに打ち付けたのは1階でも強打した場所と同じ背中。もうこれ青痣確定ですわ。背中一面が青痣とかなにそのホラー。しかもお尻も床で強打してしまい、痛みに悶絶している現在。こんな状態で獄卒から逃げられるわけがない。
はい詰んだー人生\(^o^)/オワタ―。

「大丈夫か?」
「…え。」
「床に転がってると汚れる、立てるか?」
「あ、そこなんですか。」

見上げた先の獄卒は腰から下げている刀を抜くわけでも無く、私に手を差し出している。…え?掴まれってこと?

「…どうした、立てないのか?」
「あ…、いえ、ありがとうございます?」

思わず疑問形になりながら、差し出された手を掴む。

「…腕を怪我しているみたいだが、大丈夫か?」
「え?…あ、本当だ。」

廃校の教室にワックスなんてかけられてるはずもなく、木の床は所々ささくれ立っている。多分それにひっかけてしまったのだろう、私の腕には一本の短い赤い線が引かれていた。っていうか…え、獄卒だよねこの軍人さん?普通にいい人なんだけど…。
い、いや待て、もしかしたらいきなり噛みついて来たり腕斬り落そうとしてきたり…っ!

「コレを使え。」

そう言って渡されたのはシンプルなデザインの絆創膏。
思わず絆創膏と獄卒さんを二度見した。心なしか、獄卒さんに後光が差しているように見える。それと同時に自分の汚さがくっきりと浮かび上ったような気がして

「…何故拝んでいるんだ?」
「あの、本当、何か汚くてすみません。どうせ皆一緒だとか思ってほんとすいません。」

これ、マキちゃんに首絞められた時よりもダメージがデカいわ。
いつまでも拝んでても困らせてしまうので、早速いただいた絆創膏を貼っておく。

「所で、何で生者がこんな場所にいるんだ。」
「不可抗力です。気づいたら1階の床に倒れてました。」
「1階?俺の他にも獄卒がいた筈だが、一人も会っていないのか?」
「えっと…いや、命の危機を感じて逃げました。特に食ってもいいかと聞いてきた方とかは…。」
「…平腹か、すまない。生者は元居た場所に帰せとあれ程言われていたんだがな…。」

どちらかというと、人間が捨て犬や猫と同等の扱いであることに驚いているんですが。

「とにかく、平腹以外の獄卒と共に玄関で待っていろ。直ぐに亡者を捕まえて現世へと送る。」
「イケメンか。」

この時、私は斬島さんというこの常識的な獄卒のおかげですっかり忘れていた。

「斬島、誰…その子。」
「待て、佐疫。何故銃を構えているんだ。」

斬島さんと同じ軍服の上に外套を羽織った獄卒に銃口を向けられている中、ようやく思い出した。

そうだ、獄卒ってキャラ濃いんだった。

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