血塗れの鬼O


モヤモヤとした気持ちのまま保健室を出る。今は一刻でも早く、この廃校を出ることだけを考えよう。2階へ続く階段を駆け上がろうと一歩踏み出した時

「見つけた!!」
「ふぎゃあぁ!?」

お腹の辺りに何かが絡まり、そのまま後ろに引っ張られた。予想外の方向に力が働いたことで感じる不快な浮遊感。再び床に叩きつけられるのかと危惧するも、やって来たのは少しだけ固い布に埋まる感触。
…っていうか、もしやこの声って…。

「…あれ?お前亡者じゃないのか?」
「生きてます!絶賛人生満喫中です!」

向日葵は サイコシャベル野郎に 捕まってしまった。
脳内にトラウマBGMと共に流れるテロップ。詰んだわコレ。

「マジかー…!なぁなぁ、俺生者食ったことないんだけどちょっと齧ってみていい?」
「寧ろ何故良いと思ったのか凄い不思議ですよ私は。つか下して下さい。」

駄目だ。田噛さんも中々人の話を聞かない鬼だったが、こいつはまず会話のキャッチボールすら成り立たない。なんで獄卒って変化球か豪速球しか投げないの?ソレが今の流行りなの?

「えー…ちょっとだけならいいだろー?」
「獄卒さん達は亡者を探しているんでしょう?そっち行かなくていいんですか!?
亡者探しいつやるの?今でしょ!」
「ほ?それどっかで聞いたことあるぞ。それに亡者と木舌の方は斬島達が探してるはずだから大丈夫だろ。」

誰だよ木舌。亡者と同じカテゴリ扱いになってるってことは捕縛対象なのか?
目の前の獄卒は私を床に下してくれたが、左腕を掴んだまま一向に離そうとしない

「…あの、左腕できれば離してもらえませ」
「無理!」
「デスヨネー!」

どうせそんな所だと予想はしてたさ…。
左腕を引っ張られ、玄関口の正面の壁に座らされる。気分はドロケイのドロボウ、ただし警察はマジもんの鬼だ。警察ことクレイジーシャベル野郎も私の隣に座りこむ。
…さっきも同じような状況になってた気がする。つか何なの?彼らのこの玄関口への絶対の信頼はどこから来てるの?

「生者がうろついたまんまにしといたら何が起きるか分かんねーしな!」
「例えば?」
「亡者に殺される。」
「わぁお。」

聞かなきゃよかった。
真っ先に出たその言葉に顔が引き攣る。え、直球過ぎない?普通はもうちょっとオブラートに包んで説明しない?

「なんてこったい。…えっと、それで一体私にどうしろと?」
「……齧らせて!」
「善処します。また今度。考えます。答えは全部いいえです」
「えー、いいじゃん少しぐらい。」
「会話がループしてることにいい加減気づいてください。何この精神値ゴリゴリ削る無限ループ。」
「ちぇー。…あ、そういやオマエ田噛の事知ってんの?」
「色々あったんです。今ここで化け物に襲われるくらいには恐ろしいことが。」
「ほ?つまりあんま大したことじゃないってことか!」
「訂正します。私の精神的な何かがガッツリ削られるほどには重大な何かでした。」

正直思い出したくもないので、詳しく聞こうとする平腹さんにテキトーな事を言ってごまかしていたが遂にはその会話も途切れて早数分。
喰われることは無いと安心はできないので私は警戒しっぱなしだが、平腹さんは違う。たかだか一般人の私に殺られることなんてまず有り得ないので、完全にリラックスした状態で座り込んでいる。

「ふあぁ…。遅いなー…田噛。」
「何か約束でもしてたんですか?」
「約束じゃねぇけど、ここに積まれてた机片せって言ってたから全部粉々にしたのに田噛が全然見つかんねーんだよなぁ。迷子にでもなってんのかなぁ…ふわー…。」

眠いのか大きな欠伸を連発する彼。疲れからか睡魔との戦いは劣勢の様だ。

「そういえば、お前…何でこんな、場所に…いたんだよ…?」
「いやぁ、私にも皆目見当がつかないですね。気づいたらこんなところにいたんですよ。ええ、本当何で何でしょうね…。」

うつらうつらと船をこぎながら、暢気に尋ねてくる平腹さん。
一方の私と言えばもう頭を抱えるしかない。本当何で私なんですか?
おめでとうございます!特等の一名様限定、廃校へご招待の旅です!ただし異界、みたいな。ふざけんなガラガラ回すあの機械ごと相手に叩きつけるわ。
そんな中、眠たげな子供のようにしながらも私の腕を自分の方へ引っ張る鬼。おい待て、嫌な予感しかしないから離せ。

「ちょ、離しましょう?離してください。離そう。離せぇえ!」

慌てて自分の方へと引っ張るが相手は鬼、しかも男性だ。持ち上げられた手がその手から抜け出す事はほぼ不可能。これなんて拷問ですか?そのまま掴まれた手の行きつく先は平腹さんの口も…あーっ!これアカンやつだ!絶対バリムシャアされるやつだ!

「待て待て待て待て!おまっ…私人間お前さんの保護対象!混じりけなしの純度100%人間だから!亡者とか交じってませんから!アイムアパーフェクトヒューマン!」
「うるせーなー…。」
「アーッ!!」

ガブッ



ざんねん!!
向日葵の冒険は ここで おわってしまった!!







「…せ、セウト―。」

こいつ、マジ、私を殺す気かよ…。
火事場の馬鹿力ってすごい。全部バリムシャアされる前に鬼を寝かしつける(物理)に成功するくらいには。咄嗟に腕をクロスし、平腹の野郎のうなじに全力でもって手刀を叩きつけたせいか右手がジンジンとする。でもそれ以上に不快なのが、噛み跡の残る左手の小指。小指は犠牲になったのだ…多分出るところ出れば勝てるんじゃないかなこれ。

「とりあえず、田噛さんが戻ってくる前に逃げるか。」

追っ手が居ない今は某配管工ゲームでいうスターを取った状態に近い。私に触れると吹っと…いかんいかん。今度は余計なフラグを立てないと決めたんだ。さっさと花子さんにコレを渡して3階へ逃げよう。出口に繋がる何かが3階にならあると思いたい。
埃を叩き落とし、軽くストレッチ。いっそ走っていった方が早いだろうコレは。
足音にだけは気を付けながらも最速でトイレへと走る。
ああ、認めるよ。ちょっと…いやかなりテンション上がってたわ。

「…ちょっと、貴女大丈夫…?」
「…おふ、ゼェ…ハァ、ごぉーす…ヒッヒッフゥ…。」

今更呼吸に気を付けても後の祭り、花子さんのトイレの前に着くころには息が完全に上がっていた。息が上っちゃう!だって私インドアだもの。
目の前の美少女は呆れ切った顔でこちらを見ている。我々の業界ではご褒美です?私は未だ新世界の扉を開くつもりはございません。

「最後の呼吸法は何か違う気がするけど…?」
「いや、でもこれ、苦しい時に使うやつでしょ…?」
「ええ、主に出産ね。」
「おめでとうございます、元気なリボンですよ。…はい。」

ようやく息も落ち着いてきたのでポケットからリボンを出して手渡す。もう、花子さんったら、そんな裏も確認しなくても別にヒョウ柄や髑髏柄になってたりしてないよ。

「達成感も喜びもない生命の神秘ね。とにかく、ありがとう。3階へは行けるようにしておいてあげるから、さっさと行きなさい。」
「はーい。…あ、あの最後に一つ聞いていいですか?」
「下らない質問だったら怒るわよ。」
「この校舎に今、何人の獄卒がいる?」

二度あることは三度ある。
既に私は二度獄卒に出逢い、精神的にも肉体的にも疲弊させられた。先人の教えに倣うならば三度目が無いなんて言えない。何より現状の脅威となりうる可能性は出来る限り把握しておくべきだ。つかもうこれ以上私のSAN値減ったら狂気に陥ります。
お、おい…もう帰ろうぜ…。今なら全自動マナーモードにだってなれる気がする。

「…凄く顔色悪いけど、何かあったの?」
「舐められたり齧られた。何なの?獄卒ってカニバリズムしかいないの?」

まさにうわぁ、といったドン引きの表情で花子さんは数歩後ろに下がる。気持ちは分かるよ、私もドン引きですもん。

「流石にそれは無いわ…。今の所は1階には2人、外に2人、校舎の奥に1人の計5人だけど、この先も増える可能性があるわね…。」
「やべぇ、ハンターが追加されるミッション絶対来るわ。」

自首しても賞金も得られずに食われるだけの逃○中。これは一体何の拷問ですか?
そりゃ境ちゃんも割られる覚悟しちゃうよ…。

「早く3階に行きなさい、ここにもさっき一人獄卒が来てたわ。」
「マジか!じゃ、花子さんバイバイ。」

慌てて女子トイレを出て、階段を駆け上る。校舎内はどの階も同じ造りなので一見するだけでは本当に3階なのか分からない。花子さんを疑うわけではないが、念には念をと思い階段の隣の教室のプレートを見る。

図工室

「や、やった!3階だ!てれってれってれー!おめでとうございます、新たなステージ3階が追加されました!」

喜びのあまり、飛び跳ねようと膝を曲げた時だった。

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「!?」

断末魔。その痛みを訴える悲痛な叫びに身を固くする。
一難去ってまた一難。現状を指すならそんな感じなのだろうか。
私の両側へと伸びる廊下からは生ぬるい風。ここまで辿り着くのにも七転八倒もいい所な散々たる目にもあったのに、まだまだゴールは長いらしい。

「…早く帰りたい。」

折角の喜びは一瞬にして塵と化していた。

OBack