保健室の住人O


どうやら1階にいた獄卒は田噛さんだけだったらしく、保健室に行く途中で別の獄卒と遭遇なんていう嫌すぎるイベントは起きなかった。保健室の収集癖とやらに早く赤いリボンを貰ってこないと私の人間としてのライフが0ポイントになりかねない。あと、出来れば早く境ちゃんと合流したい。

「し、失礼しまーす。」

ガラガラガラ…
立て付けが悪いのかドアを開けると、金具の軋んだ音がした。この音で獄卒がホイホイされたりしないよね…大丈夫だよね…?

ピギー!!

「ぐふぅっ!?」

保健室内へと一歩踏み入った瞬間、腹部に強烈な衝撃を受け、そのまま尻もちをついた。予想外すぎる衝撃に、とてもじゃないが女子らしくない声が出てしまう。女子力なんてなかったんだ。つかそれより、お腹と尻が痛い。

「何事…。」

顔を上げて、突撃してきた相手を見ようとした。

ガシャァアアン!

「ファッ!?」

突然のガラスの割れる音に肩が跳ねる。
慌ててドアの方へと視線を向けるが、足音もないので誰かが私に気づいたという訳でもないらしい。一気に加速した心臓を抑えながら、大きく深呼吸を繰り返す。
ドキドキするような体験は甘酸っぱいシチュエーション以外はご遠慮願います。
鼓動が落ち着いた頃に、改めて私のお腹へ突撃してきた犯人へと目をやる。
オイこらお前ただで済むと思…

目線をやった先にいたのは黒い塊。何か鋏とか黒板消しとか色々ひっついてて若干大きいけど、その姿は間違いなく見覚えのあるアレを彷彿させた。

「ま、まっく○くろすけ…!!」

さっきまでの怒りを忘れて、頭らしき部分を撫でる。
うわぁ…吸い込まれるような感触してるんだ…。

「まっくろ○ろすけがいるなら、トト…森の妖精もゲスト出演してますか…!?」

期待を込めた目線を送るも、真っ白な目をクリクリと動かすだけだった。あ、やっぱり森の妖精はいらっしゃられないんですか…。
映画を見て以来夢であった、あの巨体とのハグは残念ながら叶わないらしい。でも私、諦めないわ。夢は叶うものじゃなくて、叶えるものだって誰かが言ってた気がするし。
…しかしこうしてよく見てみると、

「まっくろく○すけも可愛いな…。」

両手で挟み込むようにして、黒いのを撫でる。
あ〜心がピョンピョンするんじゃ〜。
発狂一歩手前の精神値を回復していた時だった。

トン、
   トン、
      トン、

廊下から足音がした。
慌てて保健室内を見渡す。体重計などの向かい側にはカーテンに仕切られたベッドが3つ。とはいえカーテンの内側に隠れた所で、開けられてしまったなら詰みだ。まっくろくろすけを床に置いて一番奥のベッドの下へと潜りこむ。

「誰かが来ても言わないでね。」

口元に指を当てて、内緒と言うと黒いのは頷くように目を細める。
本当にこいつ可愛いなぁ…家に持って帰りたい。
息を殺して足音が消えるのを待つ。どうかこのまま去ってください、そう願ってみても現実は非情だ。足音は徐々に大きくなり、ついには保健室の前で止まった。
嘘だといってよバーニィ…いや、ベッドの下は裸エプロンサイコパス野郎から逃げ切れるほどの隠れ場所だ。きっと大丈夫…!!
獄卒が現れると思っていた私は扉から現れた人影を見て、驚きのあまり立ち上がろうとしてしまった。今隠れてるのがベッドの下だという事も忘れて。

ガンッ!!

「いだッ!?」

目の前を星が飛ぶような痛みに唸りながら再び伏せる。

「ぐぅおぉぉ…。」
【向日葵…何でそんな場所に…(-ω-;)】

私の顔で若干引いた表情を浮かべ、スマホを見せてくる境ちゃん。いや、私もあなたと別れてから本当に色々あったんですよ。
ベッドの下から這い出る。うわぁ…服が埃まみれに…。

「気にしないで…うぅ…それより頭痛い。これタンコブできてない?むしろ頭平らになってない?」
【あー大丈夫大丈夫、潰れてないから。それより向日葵、何で1階にいるの?私2階に居てって言ったのに。】

私の服についた埃を払いながら唇を尖らす境ちゃん。あざといんだろうけど、私の顔のせいで威力が落ちている。むしろ自分の顔でそんなんされたらホラーですわ。

「それがさー、昇り階段封鎖してる花子さんに『リボンを取ってこないと3階へは行かせないわ。』って言われた。それで収集癖?に聞いたらどうだって骸骨さんに。」
【あーなるほど。ちなみにどんなリボン?やっぱ赤のドクロ柄?】
「センスが私以上の猛者だったよコイツ。いや、普通の赤いのらしい。保健室に収集癖いるって聞いたけど、お留守かな。」
【ん?目の前にいるじゃん。】
「……え?まっくろ○ろすけしかいないよ?」
【そのまっくろ○ろすけとやらが収集癖。】

まっくろく○すけ、改め収集癖へと目を向ける。

「…え、じゃあこの子まっくろく○すけじゃないの?」
【(*´・д・)?そもそも、○っくろくろすけって何?】
「我が家に無事ついたらジブリ映画を見ようね、きっとハマるから。
えっと…じゃあ収集癖、赤いリボン持ってない?譲ってほしいんだけど。」

ピギー!
白い線みたいな口から出たのは動物のような鳴き声。頼むよ、日本語でおk

「境ちゃん、翻訳オナシャス」
【オナカヘッタ、何カ喰ワセロ】
「食べ物?バックの中に何か入ってたと思うんだけど、肝心のバックが理科室という…。」

もう一回2階に行くのはあまりにもリスクが大きすぎる。獄卒に再び見つかってしまえば今度は本当拘束されるかもしれない。
頭を抱える私に境ちゃんが渾身のドヤ顔で見なれたカバンを差し出す。

【( ̄ー+ ̄)ドヤァ】
「ファインプレーなのに顔文字が非常にうざいせいで、素直に褒められない。
でもありがとう。」

運よく入っていた栄養補助食品をバックから取り出し、袋を剥く。

「はい、口開けて―」

恐らく口だろう白い線にカロリ○メイトを近づけるが一向に開かない。
…気に入らなかったのか?北京ダック味

【向日葵、それ口っぽいけど口じゃない。あと何でその味チョイスしたの?もっとオーソドックスなのあったでしょ、絶対。】
「メープル味とかチョコレート味はあったけど、たまには冒険してみるべきかな?って思ったの。個人的には結構アリだと思う味だった。」
【え、ちょっと気になるから後で一口頂戴。】
「いいよ、じゃあ1本境ちゃんで残りは全部収集癖にあげるから、リボン頂戴ね。」

ピギーッ!!
【いいよ、だって。あ、白い線じゃなくて何処でもいいから、黒い部分にカロリーメイト突っ込めばいいから。】

言われた通り、カロリー○イトを黒い部分へとゆっくり押し付ける。するとムニューという音と共に黄色い固形が次々に収集癖の中へと消えていく。収集癖は全てのカロリーメイ○を体内に収めると、代わりと言わんばかりに黒い影から赤いリボンを押し出す。

「おお…無地の赤いリボンだ。これで3階にも行けるはず…。」
【…向日葵、急いだ方がいいかも。】
「…?急にどうしたの?」
【校舎内をうろついてる獄卒が多くなってる。】
「嘘だろ……。あ!そういえば忘れてた。ねぇねぇ境ちゃん。」
【何だい?】
「よく怪談とかで"合わせ鏡"ってあるじゃん?あれで廃校舎から脱出はできないの?」

合わせ鏡
『特定の時間に左右又は前後に鏡を配置し、無限の回廊を作るとその中へ引きずり込まれ鏡の世界へと引きずり込まれる』という都市伝説。でも、もし境ちゃんが居るならそれは別になるのではないだろうか?境ちゃんは鏡であり、鏡の向こうは謂わば彼女のテリトリーである。勝手知ったる場所ならば、このように方法を考えずとも脱出出来るかもしれない。

【うーん…(゜_゜)確かにその方法は私も一回考えたんだけどね、問題があってさ。】
「問題?」
【うん。私は向日葵の家しらないから、現世って言っても
何処に着くか分からない。】
「…住所言えば分かる?」
【私ここで生まれて、ここでずっと過ごしてたから現世分からない。もし知らない遠く離れた場所でもいいなら、出来るけど…。】
「いや、遠慮します。」

一応鞄の中に財布は入っているが、もし海外に飛んでしまった。なんてことになったらそれこそどうしようもない。アナタ―ミツニューシャデスネー?タイホデース!この年で前科もち、しかも密入国とか洒落にならん。

【…あ、そういえば向日葵にお願いがあるの】
「ん?何?取り返しのつかない事じゃなければ頑張るよ。」
【出来れば考えたくないんだけどね、もし…





もし私が割れてしまったら、私の破片を一緒に持って帰って。】

…は?
突然のシリアスのターンに思考が停止する。あー…、見間違いかな?瞬きを何度もしてからもう一度スマホの画面を見る。
見間違いじゃなかった。

「待って、待って!?割れるってどういう事!?境ちゃん私と一緒に現世に行くんじゃないの?そう思って名前をあげたんだけど!?」
【さっきも言ったけど、予想以上に鬼が多いの。最悪のケースを考えた時、私が割れてしまう可能性もあるから。】
「え、え?ちょ、待って待って。そもそも私境ちゃんの本体がどこにあるのかすら知らないよ?っていうか、そんな無理して鬼を足止めしようとしなくていいからね!?」
【場所は大丈夫、きっと向日葵なら分かる。私は向日葵と一緒に外の世界に行きたい。でも獄卒に捕まったら多分それも厳しいから、貴女を逃がすことに専念する。その結果として割れてしまうこともありえるし、私は仕方ないと思ってる。】

さっきまでの苦笑いから一転、真剣な表情で画面をスワイプする彼女に現状がどれほど切羽詰まったものなのかを改めて認識させられる。

「それでも…無茶言ってるって理解してるけど、境ちゃんに壊れて欲しくない…。」
【…大丈夫。私の本体は鏡だから、直すことはできる。だから、気にしないで。】

…そういう問題じゃないんだよ。

私と同じ姿で人間みたいな行動をとってたから忘れかけてたけど、境ちゃんは鏡の怪異だ。当たり前だけど、怪異と人間じゃ価値観だって大きく変わる。
それこそ、一度死んだらそこでゲームオーバーの人間と直せば復活するような怪異ならば、死生観も。
きっと、何を言っても無駄なのだろう。

「境ちゃん、"絶対に私の所に戻ってくる"と約束して。そしたら、私も絶対に"境ちゃんの破片を回収して、脱出する"って約束するから。」
【無茶言うなぁ…ヘ(´−`;)ヘ
わかったよ、約束する。】
「あ、あと死亡フラグ建てないでよ?なんか圧倒的有利な状況になった途端に気まぐれに泳がせたりするのはフラグなんだから。」
【前向きに検討させていただきます (`・ω・´)キリッ】

再び境ちゃんは保健室を出て行ったが、不安しか残らない。
大丈夫かな…あれ…。
収集癖もいつの間にか何処かへ行ってしまったらしく、保健室の中には私一人。

「…姉上殿に会いたいなぁ。」

誰もいない部屋の静けさが少し辛かった。

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