桜の根元に眠るモノO


残念なことに段ボールは無かったが、こういうのは気持ちの問題だと意気揚々と理科室へと飛び出した私はスニーキングミッションをこなそうとしていた。目指せ評価Sランク!今ならタイムトライアルも夢じゃない!正直、あのゲームのルールはうろ覚えだ。
しかしそんな私の前に早速、大きな壁が立ちはだかった。

「なぁなぁ、お前いい匂いがするし少し齧ってもいい?」

軍服を来たカニバリズム野郎に見つかったのだ。

最初に思ったのはデカい軍人の怪異。
見上げるのに首が痛い。

次はカニバリズム野郎
この時点で私は逃げる準備を始めた

そして頭の先へと向けていた視線が男の手元に移った瞬間に戦慄した。

証拠隠滅の道具常備かよ…っ!

男の手には明らかに使い込まれたシャベルがあった。

「あーっ!あんな所に肉付きのよい空飛ぶファービーが!!
ウイィィィィィ!(裏声)」
「何それ!?」

パニックになってるせいか、自分でも何を言っているのかちょっとよく分からないですね。そんな謎の生物に相手が気を取られている隙に、軍服野郎とは逆の方向へとロケットスタートを切る。アレに捕まったら、きっと私は骨になるまで食われて、骨を桜の木の下にでも埋められる…!んでもって、どうせ奴は私の骸の上で新たな被害者を貪るのだ!
自身の身の危険に被害妄想が斜め上へと新記録を叩きだす勢いで爆走を始めていた。一度走り出したら止まらない、止められない、それがパニック思考。

「待てー!亡者ー!」

私、亡者じゃないんで待たなくていいんですよね!?この校舎を脱出するまで死ねないんだ!!
慌ててトイレへと駆け込み、個室の扉の裏側の壁へと背中をくっ付ける様にして身を隠す。息を殺したまま、自分に暗示をかけるように心の中で一心不乱に繰り返す。

私はドアの蝶番私はドアの蝶番私はドアの蝶番蝶番は私のドア私は蝶番のドア…
…最早自分が何なのか分からなくなってきた。

バンッ!

「ここか?」

顔面へと開かれたドアが迫る。しかし目と鼻の先にまで迫ったところでドアが軋んだ音を立てながら止まった。

「…あれー?ここから匂いがしたんだけどなー。」

トンッ、トンッ…

靴の音が遠ざかっていく。私は個室の中で立ったまま足音が聞こえなくなるまで待ち続ける。数十分は経っただろうか?いや、おそらく数分にも満たない時間に違いない。死刑宣告を待つかのような恐怖の時間はとても長く感じられた。

……。

キィイィ
少しだけ開き、トイレの入り口を確認する。

「………はあぁぁぁ。」

どうやら男は去ったらしい。花子さんのいるトイレを確認した際、開いた扉と個室の間に人一人立てるような隙間が出来ているのを見つけといてよかった…。
胸をなでおろしながら個室から出て、廊下へと出た。

「…あ?亡者か?」

後ろから気だるげな声が響いた。

「………。」
錆びついたブリキの人形とでも形容するのだろうか?ゆっくり後ろへと振り返る。そこにはシャベル男と同じような軍服を着た男が、ツルハシを抱えて立っていた。

ツルハシ…掘る………ミンチ
脳内にモザイク加工されたピンクと赤い何かが浮かぶ。

ゾワッ

「…っ!!」
全身に鳥肌を立てながら、再びスタートダッシュを決めようと一歩踏み出した。
筈だった。

「フギャアァ゛ァ゛ァ!?」
何かに足を絡めとられ、体勢を崩した。しかし体は止まらない、そのまま尻尾を踏まれた姉上殿のような悲鳴を上げながら廊下を吹っ飛んだ後、スライディングする。

「お前、生者か。」

木の床は廃校にも関わらず、意外と表面が滑らかだったらしい。そのまま私は数m床をカーリングよろしく吹っ飛んだ。

か、体中が…強いて言うなら強打した背中が…っ!!

痛みに悶絶し、もはや立ち上がる事すら出来ないままでいた私を追ってきたらしいツルハシ男。奴の袖からは私の脚を引っかけただろう鎖が覗いている。

絶対祟ってやるかんな…っ!
具体的にはタンスの角に毎回足の小指をぶつける呪いをかけてやる!

「お前…。」
訝し気な表情を浮かべ、綺麗な橙色の目をじっとこちらに向けたまま奴は近づいてくる。

シャベル野郎に追われたと思ったら、今度は鎖ツルハシ男とか。この校舎はいつからサーカス団にでもなったの?つか何?何なの?結局私はミンチにされるの?どんだけ君の部隊は腹ペコ野郎ばっかなの?

視界が涙でボヤケている。背中痛いし、もう何が何だかわからないよ!それでも目の前の男を睨みつけるのはやめない。最後の抵抗だろうが何だろうが、絶対に屈しないんだからぁ!アッ、駄目だコレはフラグになりかねない。
ツルハシ男は私の顔へと手を伸ばす。

何だ?私程度なら素手で倒せるとでも言いたいのか?あ?引っ掻くぞ?すいません、お願いですから目潰しとかは勘弁してください。

「っ…!」

男の指が固く瞑った目元に触れる。予想外にも、それは涙を拭うように私の目元を優しく撫でていくだけだった。

「……?」
一向に訪れない痛みに恐る恐る目を開く。今度は別の意味で絶句した。

「…甘ェ。」

こいつ私の涙舐めやがった。

呆然と目の前の男を見上げる。
え?今コイツ涙舐め…え、は?

「平腹が言ってた匂いはお前か。」

平腹?
突然出てきた人名に首を傾げる。つか匂いって何。もしかして体臭か!?いや、走ったから確かに若干汗かいてるけどそんな臭うの!?私にもリセッシュした方がいいの?

「お前から強い桃の匂いがする。」

…桃?
思い出すのは2階の廊下で使った消臭剤の匂い。アレは確か桃の香りだったはず。
吹き付けた時、若干被ってしまったのだろうか。

「しょ、消臭剤臭いって事ですか…?」
「違ェ…だりぃし、とりあえず連れてくか。」

ど こ に!?
まさかの連行フラグに血の気が引く。ちょ、待って、私はまだやらなきゃいけないことが…っ!

「おい、立て。」
ツルハシを持ったまま、こちらをじっと見下す男。
何様だよこいつ。
見下ろされて喜ぶような趣味は無いので立ち上がろうとするが、身動きする度に背中がズキズキと痛んで儘ならない。

「ぐっ…!」
「…チッ。」
舌打ちすんな!元はといえばお前のせいなんだぞ!
文句の一つでも言ってやろうと男を見上げた瞬間、体を襲う浮遊感。
「…は?」
視界にはドアップのツルハシ男の顔。
コイツ男のくせに美人だな…って違う違う、落ち着け。確かに美人に弱いのは古今東西老若男女みんな共通。だから私がうっかり目が離せないのも仕方ない、くっそ顔面偏差値社会マジ辛い。

「いっ…痛い痛い痛い!背中!ちょ、背中絶対打撲したところ腕が当たってる!」
「うっせぇ、落とすぞ。」

少女漫画の鉄板ともいえる姫抱き、別名プリンセスホールド。しかしスプーン一杯ほどの砂糖の代わりに塩が1kgあるような現状、トキメキもロマンスもないな!とてもしょっぱい経験。

「君には血も涙もないのか!?鬼か!?」

生理的に出てくる涙を浮かべたまま全ての元凶を睨んだ。傷口に塩を塗り込んでいいのは浅漬けだけです!お前の血は何色だ!?
私の怒りが伝わったのか、再び顔を近づけてくるツルハシ男。
え、おこなの?おこなんですか?
橙色の目が段々と近づいてくる恐怖にぼやけてた視界が一層にじんでいく。激しいデジャブを感じながらも目を瞑る。
何だ今度は頭突きでもするのか?我石頭ぞ?我、石頭ぞ?お願いですから、その固そうな制帽だけは外して下さい。
内心で怯えている間に目元を生暖かい何かがなぞる。





………。


まさか!?



正直見たくないが確認しないとソレはソレでヤバいような気がして、急いで目を開ける。
頼む、杞憂であってくれ。
儚い願いはすぐに板チョコの様にバッキバッキに崩れ落ちた。

「やっぱ甘ェ。」

離れた位置にある橙の目は細められ、口角は若干ながら上がっている。唇の端から覗く赤い舌がエロ…ってそうじゃない、そうじゃないんだ。何で!こいつは!私の涙を舐めるの!?そういう性癖なの!?

「ダ…ダクライフィリア(泣哭性愛)なんです?」
「んな訳ねぇだろ。」

即答された。いや、ここで迷われても困るけどね?
いつの間にか腕の当たる部分がずらされている事に気づく。あ、ちゃんと配慮はしてくれてるんだ…。数秒前が数秒前なのでやっぱりトキメキもロマンスもないが、それでも多少は見直す。
一体私はどこへ運ばれているんだろう…出荷される子牛の気分のまま運ばれていく。

「重くないんですか…。」
「重い。」

うん、予想はしてた。どうせそんな回答だろうなぁって!!
流石に泣きそうになると涙を舐められる事を学習したので両手で顔面を覆う。こんな事なら境ちゃんや骸骨さんの言う通り大人しくしてればよかった…。

かわいい子牛〜売られて行くよ〜
悲しそうなひとみで〜見ているよ〜

お姫様抱っこというやつは意外にも、拘束方法として有能らしい。不安定な体勢のまま落ちることを考えるとどうしても暴れようとは思えず、結局運ばれている間は大人しくドナドナを脳内BGMに一人反省会をするしかなかった。

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