壊れた金具O


人間は恐怖や痛みが一定の基準値を超えると脳味噌がドーパミン等とかいう物質を出して、痛みでショック死するのを防ごうとするらしい。いや、私もうろ覚えだが。振り返ってみるとこの校舎で目覚めてからここに至るまでの私は正にそんな状態だったのだろう、今まで以上にハイテンションになっていた気がする。
とはいえ、そんな状態も落ち着いて現状を考え始めると恐怖と混乱が改めて襲ってくるわけでして。ええ…、まぁ平たく言いますと。

「やべー、やっべー、っべー、っべーわこれ。マジっべーわ。」

脚が生まれたての小鹿の様に高速で武者震いしてます。

【向日葵、お願い、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから】

確か、ひっひっふーのリズムで呼吸するとよいと聞いたことがあります。

「それは出産のときの呼吸法です。どうするよ、私ここ来てから初めての命の危機よ?コマンドが逃げるか投げるかしかない人間よ?」

【それだけ出来れば大丈夫。骸骨、目立ちたがりはもう廊下に戻ってる?】

ええ、先ほどのショックで半泣きになりながら東棟へ走っていくのが見えました。

【あ、やっぱ泣いてたんだ。…向日葵、聞いて。】

境ちゃんが再び表情を引き締める、私の顔なのでどうしても違和感がぬぐえないが。

【このまま向日葵は東棟へと向かって。私はさっきも言った通り1階へ行ってくる。出来るだけ獄卒がこっちに来ないようにするけど、もし見かけたら直ぐに隠れるか逃げて。】

「でも境ちゃんが…。」

顔だけ振り返ると、私の顔でほほえみながらスマホを此方へと向ける。そこには

【私は鏡だから、本体がある限り大丈夫。私が死んでも、代わりはいるもの。】
「やめて!?そのセリフ、色んな危ないフラグ臭がプンプンするから!!」
思わず顔が引き攣った。


嫌なフラグを立てたまま、颯爽と去っていった彼女。いつの間にか私の脚の震えも収まっていた。

行かれるのですか?

「とりあえずこの教室探索してからだけど、境ちゃんにだけ全部を任せるわけにはいかないから。私も何かしなきゃね。」

そうですか…、何か貴方の役に立つものがあればいいのですが

「骸骨さん本当に紳士ですね。」
もし筋肉と皮と毛と程よい脂肪がついてたら絶対モテてたよこのひt…怪異。

少しだけ癒された気分になっていた私をどん底に叩き落したのは、流し台に落ちていた見覚えのある壊れた金具。
「…げ。」

脳内で知らない人の悪口が聞こえるというのは大概にしてSAN値を削られるものだ。パトラッシュ、僕もう疲れたよ…。誤魔化しにボケてもネタが通じないだろう骸骨さんしかいない今は特に遠慮願いたい代物である。
やったねたえちゃん、手がかり(らしきもの)が増え…やめよう、これは何か建てちゃいけないフラグが立つ気がする。一つ大きな深呼吸をした後、腹をくくって金具へと手を伸ばす。
はい3、2、1、触っ…

ザザッ…

「ねえマキちゃんはさ、
大きくなったら何になりたい?」

「わたしはね、ケーキ屋さんになる!
ユウちゃんは?」

「じゃあわたしはパン屋さん!」

「なら一緒にやろうよ。」

「うん一緒だよ!」


「ふぅ…。」

幸い今回はちびっ子の会話だったのでSAN値チェックは成功したと思いたい。


どうかされましたか?

「あ、いえ大丈夫です。とりあえずさっき鍵を拾ったので先に家庭科室にでも行ってみます。」

廊下を再び歩く。家庭科室の中を見て、包丁なりアイスピックなり何かしらの武装をせねば。スタンガン1つしか無い、丸腰にほぼ近い現状に今更ながら危機感を抱いた。喰われる前に殺(や)ってしまえ。今の私は正当防衛の領域を超えるほどの反撃をも辞さないつもりである。

「じょーしきわすれたじんがいをーー
もんどーむようでくびちょんぱーー
いいわけきかぬわーまたらいせ―まーーたらーーいーーせーー。("にんげん○ていいな"のリズムでお楽しみください)」

物騒な替え歌を歌いながら家庭科室を物色する向日葵。しかしながら棚にはアイスピックどころかフォーク一つ残っていない。
「うーん…まいったなぁ。」
中央の通路へと足を踏み出した時

カツン。

「ん?」
何かを蹴る感触と音がした。机の下を見てみると、そこにはまた例の金具が

「うわぁ…。」
武器や道具になるどころか、こちらの精神値をゴリゴリ削る金具来ちゃったよ。どうせ来るなら血塗れの包丁とかの方が未だ救いだわ。あ、だめだ。それはそれでSAN値が減る。見ないふりをすれば良かったと後悔しつつも、金具へと手を伸ばす。
こんなんでも!重要な!手がかりなんです!!
指に金具の冷えた温度が触れた瞬間、

「はぁ?なんか用なの?」

「なんか調子乗ってるよね。」

「話しかけないでほしいんだけど・・・。」

「かわいいと思ってんの?」

「もうほっとこ、授業始まっちゃう。」

「ほんと時間の無駄。」

私は何をしたのでしょうか。
それとも、何もしなかったからでしょうか。


「皆仲良くしろよぉぉ…。」
脳裏で再生されるのはイジメらしき現場の声。脳みそに直接響くような砂嵐の音と声にただでさえ精神値がガリガリ削られているのに、よりによって再生場面がイジメとか…なんだこのイジメは。
頭を抱えてしゃがみこむ。誰か、早急に!私に精神鑑定を!生憎そんな技能を持った仲間はいない。

ガラッ
突然ドアが開いた。
鬼は境ちゃんが足止めしてるはずなので怪異だろうか?でも骸骨は校舎中を徘徊してる怪異がいるなんて言ってなかったはずだが…。

「もう!!なんで無いの!?どこに…」
スライド式のドアから現れたのは同い年くらいの女の子だった。

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