フラミンゴはアイテムです
やるせ無い気分のまま、ベッドから起き上がり家の中を探検する。
家はテレビ・風呂・乾燥機付洗濯機が備え付けて有り、地下室付き2階建。しかもキッチンには既に新品の調理器具が揃っていた。やべぇ、予想以上だった。

「うわ…コンロとかIHじゃん…。
つか持ち物とか所持金ってどうやって確認すればいいんだ。」

文句のつけようのない住居に、負け惜しみとばかりにそう呟く。
しかし、その疑問は隣のリビングで解決した。ローテーブルの上には一万円札数枚と通帳とカード、そして何やら見たことのない端末機器がおいてあったのだ。

「…つまり、これで確認しろと。」

お札をポケットにねじ込むと、そのままソファーに腰かけて通帳を確認する。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……うわぁ…。」

一生遊んで暮らせるんじゃないの?という位の額が口座には振り込まれていた。
RPG世界で勇者やっていた私が今更普通の職に就けるかと聞かれるとかなり怪しいので、これはかなりありがたい。でもこれ繰り越しなんだよな、あっちの世界で私がモンスター倒して稼いだ金だし。感謝する気は5秒で失せた。…そういえば、持ち物や装備も繰り越しだったはず。

「どこに置いてあんのかな…。」

端末を手に取りながら呟く。タッチパネル式の端末は勇者になる前を思い出させる。そういえば、両親に何か伝える事も出来ずに飛ばされたんだっけ…。憂鬱な気分のまま、画面をスワイプする。すると剣を掲げるキャラクターのアイコンが画面左上に現れた。
個人情報を登録しているならまだしも、初期状態の端末がウイルス感染した所で痛くも痒くもない。そんなわけで、何も考えずにタッチした。

「…あ、やっぱこれで確認するのか。」

まるで辞典の目録のように表示される道具や武器、装備の名前。道具に関しては数字なども記載されている辺り、無限という訳にはいかないのだろう。まぁ、一番使えそうな回復薬とかが掃いて捨てるほどあるから問題ない。
なんとなく一番使っていた剣の名前をタッチする。

ピロンッ

軽快な音が端末からしたと同時に

ボスッ!

膝の上に件の剣が鞘ごと落ちて来た。

「…なるほど、名前を触ると出てくるのか。」

なんという四次元倉庫、未来から来た青い狸もびっくりだな。
取り出した剣を剣帯でつりさげ、そのまま地下室へと向かう。この世界では戦うことなんてまず無いだろう。それでも身に着いた習慣というのか、全く剣を振るわないでいると何とも居心地が悪くなる。

「…しかし武器を振り回さないと落ち着かないとか。」

おめでとうございます、貴方も戦闘民族の仲間入りです!そんな同族意識は熨斗つけて叩き返したい。
どうやらそんな所まで御見通しらしく、地下には剣を振り回しても問題なさそうな程の広い部屋。唯一隅に置かれた武骨な機械が白い部屋の中で浮いている。

「…ナニコレ。」

よく分からない機械、立方体のソレは1面にはパネルと画面が、その反対の面にはプロジェクターの投影するレンズのようなものがついていた。用途も全く分からないまま、パネルを軽く触れてみる。これ実は敵でしたとかだったりしないかな…そしたら鬱憤晴らしに最高なんだけど。

ピコッ

『投影システムを起動します。種族を選んでください』

「…あ?」

黒一色だった画面は機械音と共に一斉に何分割にもされたパネルを映す。数えきれないが、大量に分割されたパネルには、それぞれ見覚えのある生物の絵。つかこれRPG世界で私が倒したやつじゃん。

『種族を選んでください』

機械音に急かされ、適当にタップしたのはスライム状の敵。雑魚中の雑魚と言ってもいいほどの弱さを誇るモンスターだ。

『レベルを指定してください』

パネルが消え、数字がズラリと並んだ画面が表示される。1から10までの数字の下には恐らくそのレベルの度合を説明する文章。数字が小さくなるほど弱く、大きくなるほど強くなるらしい。なので、迷うことなく10のパネルをタップする。

『種族:スライム、レベル値10を投影します
投影準備中です……10秒後に投影を開始します。』

「投影?」

機械が話しているのは日本語なんだろうが、正直よく意味が分からない。専門用語使うなよ、分かりやすく話せっての。

『5,4,3,2,1…開始します』

ブォオンッ

奇怪な機械音と共に部屋の中央に現れたのは夜店で売ってそうな水色のスライム。その大きさと一対の目を除けばだが。

「…なるほど、投影ってそういう事かぁ。」

まるでゲームよろしくテロップが流れているかのように錯覚する。数時間前まではそのゲームが私の生きる世界だったんだけどな。

スライムは 攻撃する 構えをしている
どうする?

戦う
逃げる
道具

「そりゃあ、戦う一択でしょう。」

口角が上がるのを感じる。
笑みを浮かべたまま、私は剣を抜いた。



投影、所謂シュミレーションとでもいうのだろうか?
とりあえず私は気分が落ち着くまで敵を倒し、敵を投影するというサイクルを繰り返した。倒した数が両手で数えきれなった頃、訴えるかのようにお腹から切ない音が鳴る。

ぐぎゅぅるぅぅぅ

「…こん位にするか。」

少し物足りなくは感じるが、腹が減っては何とやら。早急に空いてしまったお腹に何か入れるべく冷蔵庫を除いたはいいが、

「…何もない。」

まさかのスッカラカン状態に追い打ちをかけるかのようにお腹が鳴る。色々あったせいか気力が果ててしまった今、食材を買ってきて料理をする気は欠片も無い。仕方ないからコンビニでも行って何か買えばいいかと思い立ったのが1時間前。
コンビニで弁当数個と愛しのスイーツ様を買い占めたのが数分前。
そして帰宅途中、ゴミ捨て場から見えたピンク色を辿った先にいた不法廃棄物、もとい世間一般で言う美青年だろうコスプレイヤーに困惑しているのが現在。


おい、この世界って人間もゴミ扱いなの?
私がいたRPG世界よりも倫理観ヤバくね?


予想外すぎる展開に顔が盛大に引き攣る。よくよく見ると、彼が着ている袈裟は所々破れてる上に彼自身傷だらけだ。この際髪の色がおかしいとか、全体的にピンクだなコイツとかそういうツッコミは抜きにしよう。正直面倒事はもう御免なのでさっさと帰宅したいのだが、目の前の意識不明になった男が持っているソレに気づいた瞬間にそういう訳にも行かなくなった。

刀。しかも恐らくは日本刀だ。
もし、仮に酔っぱらったコスプレイヤーだったとしても、そんな大っぴらに銃刀法違反な物を人前に晒すだろうか?そう考えて真っ先に思いついたのが

『もしかして元勇者だったんじゃないか?』

もしそうだとしたら全てに納得がいく。変な防具も武器もあった世界だ、袈裟だったり、紙がピンクになったりしてもおかしくはない。何とかクリアしたはいいがボーナスも無かったんだろう、哀れな…。流石に同情を禁じ得ず、彼を抱えて家に戻った。

「くっそ…重い…。」

成人男性の平均体重自体がかなりの重さなのだが、更に意識を失ったせいで余計に重くなっている。いっそ転移用の便利道具でも使うか?あ、駄目だ転移先の設定してないからどこに飛ぶか分からない。

「これ傍目から見たら酔っ払いの介抱だよなぁ…。」

ただし酔っ払いは虫の息という。
ひぃひぃ言いながら我が家に運んだ元勇者殿(仮)は未だに意識を失ったままだ。怪我を放置しておく訳にもいかないが、冷蔵庫すら空だった我が家に絆創膏なんて便利なものは当然置いてない。むしろその上位互換のポーションとかしかない。

「どうするかなぁ…。」

意識を失った相手の口に無理やり液体を流し込むのは…しかもアレ滅茶苦茶マズイし…。
一応取り出したポーションと眠ったままの元勇者殿(仮)を見比べる。意識が戻ってから飲ませるか。

「とにかく、起きるまで寝かせておこう…。」

ソファーだと体を痛めかねないので空室のベッドに寝かせる。勿論、帯刀させたまま放置するほど私の危機感は鈍ってないので武器は取り上げた状態で。どうやら昏々と眠り続ける彼は日本刀しか持っていないらしい。

「しっかし…よくこれで戦えたな。」

思った通り、真剣だったソレの検分をすべくリビングへと戻ると同時に抱いた感想。
目釘は緩んでいて、鞘ごと振り下ろしただけで刀が前に吹っ飛びそうな上に刃はボロボロ。鍛冶屋ほど詳しくないが、私の手持ちの武器に日本刀があるので多少なら手入れも出来る。だからこそこの状態の刀で戦っていたことに驚きを隠せない。渋い顔のまま、端末から手入れ道具を取り出して刀の手入れを始めた。
目釘を外し、柄も外していく。魔王を討伐する少し前まで、私が好んで使っていたのが日本刀だった。切れ味が良いおかげで、広域殲滅スキルを使うと沢山の敵を一網打尽に出来るのだ。一振りで倒した際の仲間との「俺達、最強!」コールは楽しかった。

…置いて行ってしまった仲間は元気にやっているのだろうか。

和紙を咥えた唇が微かに震える。何度も死を乗り越えて、敵を自分の手で屠ってきたせいか、最早涙は枯れ尽きている。それでも、苦楽を共にした仲間をあの世界に置いてきてしまったことだけは嘆いても嘆き足りない。
打ち粉を拭い、蛍光灯の光に照らす。ボロボロになっていた刃や緩んでいた目釘穴もいつの間にか治っていた。本来ならあり得ないだろうが、まぁRPG世界の武器なら何でもありだ。油紙でもって静かに油を塗る。一通りの作業が終わったところで柄に嵌め、目釘を打って終わり。らしくない感傷に浸っていたせいか、手入れを始めてから既に数時間が経っていた。

「…もう寝るか。」

さっきまで思考を占めていた筈の空腹も今は感じない。代わりにあるのは胸の内に冷たい風が吹くような寂しさと疲れだけ。キッチンに放置されていた弁当やスイーツを冷蔵庫に入れ、最初に目を覚ました部屋へと戻る。

…今の私には自分のいるべき場所が分からなかった。
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