人生をリセット
チョコレートの蕩けるような感触やカカオの香りが好きです。
ガムを割れる寸前までふくらました時の達成感も人工的な甘みも好きです。
クッキーの口の中で崩れる感触や上品な甘み、プリンのツルリとした感触やカラメルの苦みも大好きです。
食べ過ぎて胸やけがした次の日にはすでにシャーベットでお腹をこわすくらい甘いものを私は愛している。
要するに私は生粋の甘党なのです。

それなのに
「勇者!ほら、このポーションを飲むんだ!!」
おいヤメロ。私にそのあからさまに苦そうな緑のスライムを近づけるんじゃない。
「勇者!早く回復をしないと!!」
もはや私の意思を無視して口に突っ込まれた強烈な苦みに意識が思わず遠くなる

おお、勇者よ!死んでしまうとは情けない…

遠くでひげ面の王冠を被ったおっさんがそう告げる
うるせぇ、だったらお前が逝けよ。

明らかに身分の高いやつにも遠慮なくそう呟いた。でも文句とかは言わないでほしい。私はここまでの流れを既に数十回も繰り返してるのだ、口が多少悪くなるのは当たり前だろ。







そもそもの始まりはいつも通り、風呂に入って疲れきった体をベッドの上に横たえた所からだった。いつの間にやら私の家のベッドは極々一般的市販のベッドから若返りと異世界転送機能をもったベッドにジョブチェンジしていたらしい。
しかもご丁寧に転送先に戸籍まで作ってくれる心折設計。なんと今なら枕もつけて5万円!奥さん、いかがですか?お買い得ですよ。いえいえ、若返り機能だけで結構なのでいらないです。目が覚めたとたんに幼馴染だと自称する少年に顔を覗き込まれる恐怖。やめろォ、せめて化粧させてぇ!そういう問題じゃない。思わず脱線してしまうほどに現実を認識できなくなる、思考回路はショート寸前ただしムーンライトもロマンスも何もないが。
そのまま幼馴染(自称)に連れられゲームの中でしか見ないような城へと連れていかれる。おい、私たちの税金もっとまともな使いかたしろよ。思わず呟いた私は悪くない。
そのまま如何にもな恰好をした王様に命令を下される
「魔王を討伐してほしい」
「え、無理です。」即答した。
「え?」
「え?」
いや、普通に考えて昨日まで一介のOLだった私には無理でしょう?何できょとんとしてるんだこの王様とやらは
「いやいや、だから魔王をt…」
「いやいやいや、だから非力な一般人にはm…」
「逝け!勇者よ!魔王を討伐するのだ!」
最終的には遮るようにして命令されたので、言い返そうとした瞬間
「え、ちょ、離し…」
王様の周りに控えるようにして立っていた兵士に両脇を抱えられ退出させられる。まさに宇宙人グレイのような気分だ。ヤメテー、解剖シナイデー、私地球人デスー。

しかしながら明らかに横暴な命令に対して周りの人たちは
「頑張ってね!」
「あなたなら大丈夫よ!」そういうだけで誰一人として心配も抵抗するように勧めることもない。おい、なんだその薄っぺらい信頼は、コピー用紙よりもペラッペラじゃね?
追い出されるようにして出た町に、二度と帰るものかと唇を噛みしめながら森の中を進む。職業の自由、いや人権とは一体何だったのか。
しかしながら町の人ですら普段はいらないような森にはそれこそファンタジー的肉食な生物がよりどりみどりなわけで。端的に言うとすぐに殺された。
心のどこかで夢だと思ってたせいか、実際に訪れる壮絶な痛みと死への恐怖は私のトラウマになるにはあまりにも十分だった。

重たい瞼をあげ、天井を見上げる
「お、やっと起き…」
「チェンジで!!」
あんまりすぎるぜ、神様。目が覚めると1回目と同じ光景が目の前に広がっていた。
そこからの展開もやはり最初とまったく同じで、1回目に学習した私は手持ちの資金を使いあまり質の良くない装備を装着した状態で森へと向かった。つーか何?王様は本気でヒノキの棒で魔王を倒せると思ったの?馬鹿なの?死ぬの?これで倒せるのは精々近所の悪ガキくらいじゃないの?現れるファンタジック動物(可愛くない)を殴りながらひたすらに森を進む。その回は2つ先の町を超えた山で山賊に襲われて終わった。
そんなわけで私の意思なんぞ関係ないとばかりに進む展開に流されつつ、時に殺され、時に殺られ、時に命を奪われる、なんて碌でもなさすぎる展開に抗いながら進んでた結果。
「勇者!私も魔王討伐に手を貸すわ!」
「ありがとう」
「回復なら任せてくれ!」
「おう、任せた」
「漆黒の悪意に包まれしモノは聖なる光を纏いし者にしか倒せまい。ならばこの魔に愛されし白き黒魔術の使い手である、俺との出会いも宿命なんだろう(魔王討伐に行くの?俺も行くよ)」
「長い。」
仲間が増えた。
そして、冒頭に戻る





勇者:
死因: 回復の ポーションを 断った ため 出血死 (35回目)
装備: ホーリーソード スペツナズナイフ 守りのサファイア 絹のポンチョ
持ち物: コンペイトウ 盗賊の鍵 エルフの飲み薬(無味)財布


コンティニュー しますか?
はい  
いいえ 



コンティニュー しますか?
はい  ▼
いいえ



最初から始めます






とはいえ、そんな旅も始まりが唐突ならば終わりも唐突であった。


「ハァアアアア!!」
キィイイイイイイイイイイン!!!!
眩いばかりの光を伴った一閃が黒い靄を纏った巨大な体躯を切り裂く。
魔王。
××が何度も町を追い出され、死ぬ原因の大本となった敵。前者に至っては最早人間が勝手にしたことだったので本人を責めるのはあまりにも酷なのだが、もはや脳内麻薬にまみれた××の脳は"これを倒せば何とかなる"その一言しか浮かばない。
私、この戦いが終わったら隠居してのんびり暮らすんだ。
そうは思っても決して口には出さない。実際に前回で仲間にそう言ったら突然奇襲してきた敵にリセットされたのだ。さすが使い古された死亡フラグの名は伊達じゃない。××が死んだー!この人でなしー!この場合は死亡フラグを立てた自分の迂闊さを憎めばよいのか、死亡フラグに忠実に従った敵を怨めばいいのか。
何はともあれ、無事魔王らしきものを倒した××たちは心地良い達成感と疲労に襲われる。さぁ、あとは王様からお礼(土地を希望)と名誉(もう無茶言われない程度の)を受け取るだけだ。大丈夫、いつまでも城に引きこもってる中年にこの無限ループの中で経験値と知識を付け、交渉術(物理)を極めた私が負けるわけがない。ところで、無限ループって怖くない?
××が喜び勇んで城へ帰還しようと一歩踏み出す、しかし彼女の足の着地点には本来あるはずの地面ではなく奈落を彷彿させるような穴がぽっかりと開いていた。
スカッ...
「…は。」
一拍遅れて一気に体を襲う重力と浮遊感、彼女は見事に穴に落ちていた。
アイエエエ!?オトシアナ!?オトシアナナンデ!?
「勇者ああぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」
仲間の彼女を呼ぶ声がドップラー効果をきかせながら穴の中に響く。
倒したと思った瞬間に落とし穴とか汚い、さすが魔王きたない。
混乱しつつも強制リセットの予感を感じた彼女は無理に抗うこともせずに重力に任せていた。どう足掻いたって無駄だろ、これ。そのまま重力に従い落下を続けた彼女は上から差す太陽の光が細くなった時、ふっと口角を少しあげた。
「もはや人生が作業ゲー、つかクソゲーだわ。」
彼女の目は完全に魚河岸で横たわる魚のように死んでいた。






目を覚ます。
もう何十回と繰り返した行動。
どうせ後数秒後には幼馴染(自称)が部屋に侵入してくる。
それから、王様の所へ行って、魔王討伐の命令が再び下されて、仕方ないから武器を買って、それから…それから…
最早ルーチンワークとなりつつあった行動に頭痛を覚える。このままだと私の寿命がストレスでマッハなんだけど。いっそのこと、もう逃げようか。
王様から命令を下された後に逃亡を企てたことが数回あった。いずれも結果を出さない私にイラついた中年が兵を送り込み、強制リセット。だけど、もし命令が下される前だったら?私の代わりに誰かが勇者になって、世界を救うのかも。そうだ、逃げてしまえばいい。

「…あれ?」
本来なら来るだろう少年が扉を叩く音も、ドアノブが回ることもない。
改めて室内を見回してみる。

「え?」
天井こそ見飽きたスタート地点と同じであるものの、インテリアも部屋の広さもそれこそ初めて見るものだ。
「…ループを抜け出した?」
落ち着いて前回の最後を思い出す。
そうだ、自分は魔王を倒した後異様に深い穴に落ちて…



「…穴?」
いや、待て。数分前にも通った道だが、あんなところに穴なんてなかった。
新しく掘った?
たった数時間で底が見えない、しかも人が一人余裕で落ちるほどの直径の穴を?
そもそも魔王の城内に穴を掘るような馬鹿がいるのか?

「待て待て、じゃあ私が落ちた穴は一体何だっていうんだよ…。」
思わず頭を抱える。この無限ループといい、新たなスタート地点といい、謎が謎を呼びすぎて脳みそが沸騰しそうだ。とりあえずベッドから降りて改めて部屋を確認する。
ベッドサイドテーブルの上には小さな時計と鍵穴のついた木箱、四つ折りの紙。
「紙?」



【おめでとうございます!
貴方は無事、魔王を討伐し王国に平和を取り戻しました!

貴方の総リセット回数:
423 回
 
貴方の所持金額(クリア時):
1,789,562,873 $

貴方の獲得権限:
所持金繰り越し
持ち物(装備を含む)繰り越し
能力値繰り越し
獲得ボーナス:
戸籍・住居】




「…………は?」
紙を二度見するが書いてある内容は変わらない。××は顔が引きつるのを感じた
「おいおい、嘘だろ承太郎…」
これじゃまるで

あれほど苦しんだ人生は誰かにとってのゲームだったってことじゃないか。
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