転職失敗の末の山賊
「―――――…という訳なのです。」

埃を被った炉。部屋の隅に積み上げられた折れた刃の山。
そこでは一匹の狐に付喪神、そして私がひざを突き合わせて話し合っていた。

「…なるほど。つまりここの審神者は神を畏敬するどころか尊重すらしていなかった、ということかな?」
「というか労働基準法すら裸足で逃げ出すような労働環境じゃないか。事案多発してるよ?政府大丈夫なん?これ出る所出たら完璧勝てるで?」

ころすけが話したのは荒ぶる付喪神の誕生秘話。一体どうして世紀末でもないのに、あんなにヒャッハーなイケメンが生まれたのか不思議だったが理解できた。
休日?なにそれ美味しいの?
労働環境の向上?気合があれば関係ないよね!
セクハラ、モラハラ、パワハラ?ただのコミュニケーションだよ。
そりゃ荒れますわ。

「残念ながらここの審神者が政府高官と繋がっていたのです…。」
「「あちゃぁ…。」」

髭切とそろって天を仰ぐ。何もしなくても摩耗する精神、訴えても上が握りつぶす。正にエイトシャットアウッ!!詰んでるな。…しかしこれは早急に帰宅した方が良いかもしれない。他所のお宅事情に他人が首を突っ込んでも良い事は何一つないし。後ろ手に端末を取り出し、一匹と一柱に気付かれないように起動する。私は勇者であれど、慈善家ではない。クエストという形で人助けはすれど、対価はしっかりともらっている。殺意むき出しの相手を殺さずに説得?しかもタダ働き?

「ころすけ、これは早急に政府に伝えるなりなんなりしとけ。私たちは帰るから。」
「…え!?審神者様!?ちょ、え!?貴方はこちらに審神者様としていらしたのですよね!?」
「違う違う。ただの迷子なんだなこれが。」
「気づいたらこの本丸の前に立ってたんだよねぇ…。」
「えぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇぇ…。で、ですが…この本丸のゲートは機能しておりませんし、帰ることは不可能なのでは…。」

髭切君とここに到着した時点で薄々とは感じていたが、やはりここは一方通行の執着地点らしい。迷い込むことは不可能ではないが、出ることは不可能。出来たとしても行先は運任せという鬼畜仕様。まぁ、それもここの設備を使った場合の話だが。

「そこは多分何とかなる。第一、ンな信用できないもの使うつもりは毛頭ないし。」

軽くタップした液晶画面から飛び出す正八面体。ボンヤリと青い光を放つ結晶に微かな違和感を覚えるが、目下の帰宅手段はコレ以外にない。興味津々といった表情でクリスタルを見つめる髭切の腕をつかみ、行先を呟く。

『わが家へ。』

一向に慣れることの無い不快感。脳みそを無理やりシェイクしたような吐き気を無視して顔をあげる。しかし目に飛び込んできたのはフローリングの床でもリビングへのドアでもなく、宙に浮いたまま光り続けるクリスタルと部屋の隅に積み上げられたままの鉄くずの山。どう見てもコロ助が鍛刀部屋と呼んだ部屋だ。

「…転移できない?」

MPが足りてないのか?いや、アイテムにMPは関係ない。
人数オーバー?クリスタルに重量制限はなかった筈。

「主、あの水晶は一体何なんだい?」
「転移用のアイテム、あー…道具?の筈なんだけど…。コロ助、ここアイテム使用不可能とかそういう規則でもあんの?」
「こんのすけでございます!!少なくとも本丸のプログラムには斯様なシステムは組み込まれておりませんでしたが、私が封印されていた間にプログラムが変更されてしまった恐れがあります。更に先代は刀剣男士様を痛めつけるのをとりわけ好んで折りましたので…。」
「痛みで苦しみ続けるような状況を作るためにプログラムを改変したと。」
「まさに鬼畜の所業だね。」

同じ刀剣男士だからこそ、同胞に強いられた悲惨な仕打ちへの怒りも尚更だろう。髭切君は言葉こそ冷静なものの、その声は怒りで微かに震えていた。
…あ、もしかして

「けがれってそういう事か。」

きっと離れの一室に充満していたのは脱毛のお香ではなく、付喪神の怨念や怒りである「穢れ」だ。
うわぁ、危ねぇ…。入ってたら脱毛ではなくて呪いが状態異常に付与されてただろうし、アイテム使用不可制限のせいで回復も無理だ。正にどうあがいても絶望。勿論戦闘は可能な限り避けるつもりだが、いつまでも隠れてはいられない。しかし武器のアイコンを幾らタップしてもナイフ一つ出る気配がない。まさか、武器もアイテムに換算するシステムなのか?仕方なく部屋の隅の折れた刃の山を物色する。何か使えるもの無いかな〜。

「狐。先に言っておくけどその先代とやらは多分死んでる。その上で聞くけど、アイテム使用だけでも可能にできない?。」

アイテムさえ使えるようになったのなら此方のものだ。あとはひたすら道具でゴリゴリ力押しするだけ。無理も不可能になる。そう、アイテムさえあればね!

「…審神者様のお部屋にある携帯端末に私がログインすれば、おそらくすべての権限を弄ることが可能になりますが………。」
「問題の審神者の部屋はあの状況だしね。僕としては同意は出来ないかな。」
「正直私も入りたくはないが、他に道もないしな…。髭切君、狐、あの部屋に仮に私が入った場合どういう結果が予測される?」
「外から見ただけだから詳しくは分からないけど、おそらく一撃目を耐えきるか如何かにもよると思うよ。ただ、初撃に耐えきれたとしても霊力を吸い取られ続ける呪いがある。」
「更に一撃目に耐えきれない場合は即死、といったところでしょうか…。」

即死…は避けたいなぁ…。しかし良い事を聞いた。一撃目さえ耐えきれば常時体力減少の状態異常が付加されるだけ。なら此方の体力が尽きる前に権限を乗っ取ってしまえば良い。ポーションで回復して、エリクサーで状態異常を治す。完璧じゃないか!脳筋プレイ?勝てばよかろうなのだァ!

「一撃目だけを防げるようなものは何かないの?」
「おそらく、鶴丸様がお持ちの『お守り・極』を使用すれば…。」
「お守り?」
「…お守りって主のいう、あいてむに分類されるんじゃないの?」

髭切君とそろって首を傾げる。アイテム使えねぇのにアイテム持ってても意味なくない?鶴丸が誰か知らないけど、むしろそれリスク上げるだけじゃない?

「お守りとお守り・極は利用者の任意ではなく『刀剣破壊の際に』効能を『利用者の意に関係なく』発揮するというシステムですので、本丸が定義するアイテムには分類されないのです。」
「なんだその暴論。」
「穴だらけの分類だねぇ…。」
「そ、そんなことよりも!どうなさるのですか?おそらく刀剣男士の皆さまは貴方様と髭切様に対して好感情を抱くことは無いと思うのですが…。」

鶴丸がどいつなのかは分からないが、おそらく髭切君が切りかかったイケメンヤンキーどもの中の一人だろう。…駄目だ、譲ってもらう所か切りかかってくる姿しか想像できん。目と目があった瞬間にバトルを挑んでくるとか、それどこのポケットのモンスター?

「しかたない…盗むか。」
「「えっ」」
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