勇者がいれば安泰だ!
Side H

そもそもの始まりは、歴史を修正しようとする輩を討伐するために力を貸してほしいと彼の本霊に人間が頼んできた事だった。正直な所、あまり興味も無かったため、考えとくと言いつつもすっかり忘れていたが、兄弟刀に誘われたことで思いだした。暇つぶしにと協力こそ決めたものの、ずっと刀として渡辺綱や頼朝達に振るわれていた自身が今度は人の姿で本体を揮うということに驚きと多少の違和感は隠せなかった。
刀としての本懐は主を守ることと敵を切る事。だからこそ、彼にとって彼女の第一印象は最悪だった。

霊力の塊である桜吹雪の中、見据えた先に立つのは目に光の無い女子と僕と同じ付喪神。女子に侍る付喪神の様子から何となく

(ああ、外れかなぁ)

と思った彼だが、決定的だったのは彼と同じ刀の付喪神の言葉。

「そうですか、僕は勇者の正妻です。いくら重宝であろうと、愛人程度が僕に勝てると思わないでくださいね。」

何を言ってるんだろう。

らしくもなく、顔が引きつるのを男は感じた。目の前の付喪神は本当に僕と同じ刀剣男士なのかな。戦う事を忘れたようなその腑抜け具合に自分の今後が不安になる。他の分霊からは女子でも勇ましく指揮をとる者もいると聞いていたが、意思の見えない暗闇のような瞳にその考えはすぐに捨てた。話をしてみればまぁ…何というか参謀にも向いていないような頭みたいだし。いよいよこれは拙い場所へ来たのかもしれないと思っていた矢先。彼が真っ先に案内されたのは部屋でも無く、無骨な機械が一つ置かれているだけの地下室。天井の高いその部屋で一体何をするのか。場合によっては相打ち覚悟で女を斬る必要があると身構える髭切りを横目に、彼の主である女は機械を弄っていた。

「まぁ、新人いるし心臓に優しくない外見は避けるか。」

ピコン!

部屋に軽快な機械音が響いた直後、部屋の中央に唐突に現れる気配。髭切りは振り向き、目を見張った。天井から床に至るまで白に覆われた部屋では一際浮いている其れ―――つるりとした頭部から生える山羊のような捻じれた角、筋骨隆々とした色黒の体には一対の翼と蛇のような尾が生えている――――西洋でサタンと呼ばれる悪魔に抜刀体勢のまま固まる。一体どういうことだ。まさかこの女は歴史修正主義者なのか?
腰が抜けることこそないが、目の前の化け物に気圧される。錬度が1の髭切では撃退する所か、傷をつけれれば良いほうだろう。自身を顕現した女の目的が全く読めず、髭切りは混乱していた。
どこが心臓に優しい外見だ。いや、問題はそこじゃないぞ兄者。名前の思い出せない弟の声が聞こえた気がした。

一方、問題の勇者といえば

「宗三ー、刀(本体)貸してー。」
「ええ、存分に揮ってください。そういえば、今日は鬼なのですね。」
「人間の形に一番近いのが良いかと思って。いきなり原型留めてないのはヤバいでしょ。おーい、新人君は壁際に行ってなさい。邪魔だから。」

沈黙を保っていたはずの宗三左文字に刀を借りていた。

「…え、待って。君が戦うの?」
「ん?そうだけど。」

さも当然といった表情でうなずく女に、さすがの髭切顔が引きつる。

「普通、審神者は本丸にいて僕たち刀剣男士が戦うものじゃないの?」
「いや、今の君だと一撃で死ぬだろ。
それに君たちは刀だろ?じゃあ振るうの私しかいないじゃん。」
「は。」
「まぁ、コレはお手本みたいなもんだから。この後で君にはまた別の物と戦ってもらうから気楽に見学しててよ。」

どう見ても気楽に見学出来そうに無いんだけどなぁ!

例え駄目な輩という印象を受けていたとしても、彼は付喪神。人と共にあり続けてきた彼には早々に主である女性を見捨てることが出来ない。しかし最後の手段とばかりに伸ばした腕は、隣に立っていた付喪神に阻まれた。

「勇者、彼のことは放っておいて大丈夫ですよ。それよりも…。」

Gurrraaaaaa!!!

その存在を強く示す様な、聞いただけで腰が抜けてしまいそうな叫び。何時まで無視をするのだと言わんばかりの不機嫌な形相の鬼が付喪神達の方向を見ていた。

「…うーん、そうだね。呼び出しといて無視は流石に悪い。流れ弾にだけは気をつけてね。」

まるで少し散歩してくるとでも言うような気軽さのまま、勇者は悪鬼羅刹へと一気に駆け出した。ああ、死んだな。自身を顕現してから一日と経たずに命を散らすであろう女に、髭切は最早哀れみ等抱いていない。ただ、彼女が死んだあと自分はどうなるのだろうかという事だけを考えていた。

「まるで勇者が死んだ後の自分の行く先を考えている様な顔ですね。」
「…流石にこれほどの身の程知らずだとは思っても無くてね。」

本妻だと名乗るほどの忠誠…多分、忠誠心を持つ刀剣男士の前で謀反とも思える言葉を言ったのだ。折られる覚悟も十分にあった。

「確かにとんだ身の程知らずですよね。しかもかなりの阿呆。」

僕の考えに反して、彼の言葉は僕の考えに同意する物だった。

「…驚いたなぁ。君はかなり彼女にご執心みたいだから、てっきり僕を折るかと思ったよ。」
「…まぁ、僕も最初は籠の鳥にまたなるのかと思いましたからね。僕らの本分は飾られる事でも権力の象徴となる事でもなく、主の敵を切り殺す事にあるのですから。

…だからこそ、それを熟知している彼女に惹かれた。」

目をつぶり、壁に体を預けた体勢のまま前を差す宗三左文字。その示す先へと視線を向けて本日何度目かの瞠目をした。

「…え。」
「駄目だ駄目だ駄目だ!!あーっ!!くそ!!手ごたえ無い!!やっぱ一匹じゃダメか。」

血振りの後、空いた手で頭を掻く女性。その前には見覚えのある黒い四肢が見事な断面を見せながら散らばっている。

「…まぁ、要するに滅茶苦茶強いんですよ、彼女。…勇者、まだ時間はありますけど…どうします?」
「あと4…いや、5匹はいける。」
「はい。」

腕時計で時間を確認した後、ゆっくりと女性へと近づく宗三左文字。耳を疑うような彼女の答えに花が綻ぶような笑みを浮かべる刀剣男士。普通は逆じゃないか?とは誰も言わない。

「…ねぇ、君。実は刀剣の付喪神だったりする…?」

未だに目の前で起きた出来事が信じられない新入りは、僅かな期待に縋るように尋ねるが現実は非情。

「ンなわけあるか。こちらとら生まれてからずっと人間です…いや、多分人間です。…人間だよね?」
「え、人間という枠組みからかなり外れてるとは思いますけど。」
「良し来た、宗三君も一緒に倒したるからそこに並べ。」

漫才のような会話を繰り広げる主従二人を前に髭切は愕然としていた。

いつの間に人間はここまで強くなっていたのだろう。

本霊の下へと戻ってきた分霊から聞いていた話をふと思い出す。審神者の中には自ら武器を持ち、戦場へと向かう審神者――ー俗にいう戦闘系審神者という存在がいるという事を。おそらく彼女はその一部に属しているのだろう。下手をすれば刀剣男士よりも遥かに高い戦闘力を持つ彼らにふと思う。

彼女たちだけで何とかなるんじゃないか、コレ。
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