お客さん、ゆうべはお楽しみでしたね
カーテンの隙間から降り注ぐ日光に、塩を振りかけられたナメクジのようにして起きた翌朝。勇者時代に日光と共に起きて月が上ると同時に寝るという高齢者のような健康的生活を送っていたせいか、現在も朝は日が出る時間帯に自然と目が覚める。いや、別にスッキリ爽快ってわけじゃないし、意識もぼんやりしてるんだけどさ。二度寝?したいけどしたら死亡フラグだったんだよね。解せぬ。
さて、ここで一度濃すぎて筆舌に尽くせない昨晩について振り返ろう。寝起きで仕事をボイコット中の脳みそを必死に回転させる。

「あ、イケメン(複数)に名前を聞かれたんだ。」
…いや、これだとなんか語弊があるな。

「イケメンを守ってモンスター狩りした…?」
これもなんか違う気が……というか、何か忘れてる気がするんだが。アイスは結局風呂上がりに買いに行ったし…。

もやもやとした違和感に首を捻るが一向に答えは見つからない。未だ寝ぼけているのかとベッドに再び横になった時だった。

「勇者!!」

ノックもなしに扉を開けて入ってきたのは居候君。視界が90度回転した状態で、昨日買った寝間着のまま入ってくる彼を見る。え?化粧?着替え?ンな女子力らしきものは勇者時代に全滅しました。だって基本が野宿なんだもの。

「どしたし?というか、せめてノック位はしようね。」
「夜襲かけても何倍返しもするような人にノックは必要ないと思いまして。」
「お前は襲撃を基本として考えるなよ。私が着替えていた場合を考えろよ。」
「見る価値があるのかすら怪しいものに注意を払う必要を感じますか?」
「よし来た、表に出ろやクルマサカオウム。」

何て嫌な起床なのだろう、流石に目覚めと共に喧嘩売られるとは思わんかった。とりあえず上体だけでも起こしてみる。

「そんなことより、何で貴女はホイホイ何でも拾ってきてしまうんですか!?」
「は?」

ぷりぷりと怒る彼の手に握られているのは一振りの日本刀。あ、なんか忘れてると思ったら、それか。

「戦利品は使えるもの以外拾っとくべきでしょう?もったいない精神大切だよね。さすがジャパン。」
「拾っていいものと拾わないほうがいい物の区別もつかないのですか貴女は。」
「刀は使えるから拾ったほうがいいでしょ。」
「僕がいるでしょう!」

なんかキレながら盛大にデレ始めたんだけど、このフラミンゴ…。初日との温度差がひどすぎてグッピーどころかブラックバスも死滅しそうなレベルなんだけど…。
ベッドから上半身を起こした状態でドン引きしていたら我に返ったらしい。

「とにかく、これは僕が預かります!貴女は早くそのみっともない姿をどうにかしてきて下さい。」
「勝手に入ってきたのそっちだろうが…。あと、その刀は私の戦利品だ。宗三君、返しなさい。しかるべきところで保管するから。」
「そうやって僕みたいな籠の鳥よりもこの刀を使うんでしょう!浮気みたいに!浮気みたいに!」
「馬鹿野郎!だったらお前が本妻だわ!」

正直昨日の一件もあったせいで私はかなり疲れていた。寝ても疲れが取れないんですどうしたらいいの教えてエロい人。

「えっ」
「お前、分かってないのか!私はモンスターと戦う時残機がいっぱいあるから失敗してもいいや、なんて気持ちで戦ってるわけじゃないんだぞ!痛いの嫌だから絶対にここで仕留めてやるって、あわよくば嬲ってやるって気持ちで挑んでんだ!そんな時に浮気相手なんかで満足に力を出せるわけないだろうが!」
「えっえっ」
「戦ってる時、私の命はな!信頼してるからこそ君に預けてんだぞ!!宗三君の馬鹿!もう知らない!」
「勇者、貴女…」

布団を頭の上まで被って不貞寝の体勢になった。何か宗三君が言ってるけど無視して目をつぶる。
いや、正直に言うと刀に対してそこまでの思い入れはないです。でも新しい刀よりも使い慣れた刀の方が良いのは当然の事。それをめんどくさいから若干誇張して言っただけ。二度寝しても死なない世界って素晴らしいよね、当然お休み3秒でしたわ。
まぁ、要するに寝ぼけてたんだよ。だってまさかこんな事になるとは思わないじゃん。
先ほどまでの渋り様はどこへやら、穏やかな表情で刀渡してきた時点で嫌な予感はしてたんだが…まさかこうなるとは思ってなかった。宗三君の言うとおりに新たな刀剣男士を顕現してみたら桜吹雪と共に現れるイケメン。…刀剣男士はイケメンじゃないとダメとかそういう規則あんの?そんな外見磨く暇あったら剣の腕でも磨いてろよ…。

「源氏の重宝、髭切さ。試し斬りで罪人の首を斬ったら、髭までスパッと切れたからこの名前になったんだ。とは言え、僕にとって名前は割とどうでもいいんだよね」

あー分かる分かる。何回も死んで生き返ってせいか、名前よりも勇者って役職の方で呼ばれたほうが反応しやすいもん私も。っていうか、もう自分の名前が正直思い出せない.
何でだろう、目から汗が止まらない。遠い日に思いを馳せていたのがいけなかったのだろうか。

「そうですか、僕は勇者の正妻です。いくら重宝であろうと、愛人程度が僕に勝てると思わないでくださいね。」
「え。」
「ねぇ頼むから落ち着いてくれない?ほら見ろ!いきなり現れたイケメンも何が何だかって顔してるじゃん!!やっべーこれ完璧昼ドラだよどうしようって顔じゃん!」
「僕は刀だから、君の夫にはなれないんだけどなぁ…。」

口調こそはのんびりとしたものだが、目が笑ってねぇぞこのイケメン。そりゃ戦う道具の付喪神が恋愛目的で呼ばれたら、こんな荒んだ目をしても仕方ないだろうが…。

「違うんです、誤解なんです。ほんと熱い風評被害なんです。隣のクルマサカオウムが暴走してるだけなんです。」
「勇者!貴女という人は…っ!さっきまであんなに僕のことを本妻だと言っていたのに…やっぱり僕の事は都合のよい愛人程度に考えていたんですね!」
「君はちょっと黙ってようか!?勇者、君の飛躍しすぎてる思考についていけない!」
「ほら!だから僕は新しい刀の顕現には反対だったんですよ!!」
「…とりあえず、君が僕の主かい?」

ギャーギャーと言いあう私たちに困った表情でイケメンが訪ねてくるが、内容が完璧アウト過ぎた。氷水を頭からぶっかけられたように一気に冷静になる。っていうか、冷や汗が止まらない。

「お願い、その主っての止めない?外でそれ呼ばれたら私が社会的に死ぬ。絶対何かそういう事を強いてる女って風に思われるから。」
「うーん、君の隣の刀剣男士が言ってることが本当なら強ち間違ってないと思うんだけど。」
「違うんだよぉぉぉ私は完璧独身です!!」
「…それもそれでどうかと思うんだけどなぁ。」

やっぱ刀剣男士なんて顕現するもんじゃねぇわ。もうどうあがいても風評被害か精神的ダメージにつながる。この後めちゃくちゃストレス発散(モンスター狩り)した。
_11/17
しおりを挟む
PREV LIST NEXT