腕もげてもポーションあるし大丈夫
※発狂・流血表現注意







外見に騙されたのか、飛び掛かってきた阿呆の胴体を斬る。ずれ落ちた上半身の断面からあふれ出す血飛沫を浴びる前に、今度はこちらから化け物どもの乱痴気騒ぎへと駆け出す。

「どいて。」

私の前に立つ、邪魔な人型の壁を足蹴に一際高く跳ぶ。私の事なんかお構いなしに、敵は相打ち覚悟でこちらを斬りつけてきた。

バシュッ。
耳元で大きな音、それと同時に左側の音がすべて消える。

「お…!…み…が…られ!!!」

人一人が通れる幅の鉄筋に着地。少し離れた場所で足手纏い共が何かこちらに叫んでいるが、生憎左耳が永久欠番した私には聞き取れない。っていうか、聞き取る気もない。

「あは。」

頭の左にくっ付いてた物の代わりに与えられたのは焼ける様な痛み。出血多量で死んじゃうかも!なぁぁんてお優しい警告を出そうとしていた脳みそはとっくの昔に脳内麻薬に犯されて仕事を放棄中。痛みは熱に変換され、私の顔は苦痛でなく興奮に歪められてる。
あ、ヤバいすっげー楽しいかも。

「あはは。」

さっき拾った刀を構えて再び特攻。まるで世界に存在するのが私と敵だけになったような錯覚。神経を焼き尽くすように駆け巡る熱の如き電流。歓喜を叫び爆発寸前の脳漿。
あは、やっば。今すっごい私満たされてるぅ!

「あははははは!!」

刀を振り回して邪魔な腕をぶった切る。相手の苦痛に歪んだ表情に細胞が発火。おいおいおいおい、そうじゃねぇだろ!もっともっともっともっと!私に群がる敵の山。そうだよ!そうだよ!そうじゃなきゃダメでしょう!!

「ははははははは!何これ痛った!超痛ってぇ!めっちゃ笑えるんだけど!!さいっこおおおお!!いいね!さいっこーに生きてる!私超生きてるぅ!」

刀を一振り、目の前の馬鹿みたいにデケェ図体の化け物を上下に断裁。その後ろから現れる傘被った敵は首ちょんぱ。雨みたいに降り注ぐ血飛沫にゲラゲラと哄笑。口の中が超鉄臭いけど、ンな事どうでもいい。

「オーケィオーケィ!手っ取り早く済ませようぜ!地獄へランデブーする覚悟はできてんだろうな!懺悔?恨み辛み?お祈りなんて聞かせんじゃねぇぞ!ンなクソみてぇな事する暇があったらさっさと私を殺しに来いよ!!」

笑いが止まらない。あっはぁ!楽しすぎ。久しぶり過ぎてちょぉおおおっとばかしハイになってる気がする。左耳ないけど、楽しくなってきましたよ?

「ア…ァア…!!」
「おい、おいおいおいおいおい!何だよそのへっぴり腰はよぉ!萎えるだろうが、テメェが売って来た喧嘩だぞ?今更なしになんて出来るわけねぇだろうが!ああ゛!?」

一歩後ろに下がった敵に一瞬で歓喜が憤怒に変換される。こちらとら最高の気分だったのが一気に急降下、最っ悪の気分なんで逃げる奴等へ飛びかかって一閃。脚が骨みたいな奴一匹残して後は殲滅。何か気づいたら左腕無くなってんだけど、まぁどうせ後でポーション飲んだら生えるし良いよね。蟹の脚みたいに骨が何本もついてるくせに、腰が抜けたのか一歩も動けない敵。マジ笑えるわー、よしぶった斬ろ。血で真っ赤になった刀持ったままソイツへ近づこうと一歩踏み出す。

「…主、もう十分です。僕がやっておきますから、貴方はぽーしょんでも薬でも飲んで休みなさい。」

刀を持っていた右腕を掴まれる。相変わらず白くて、外見だけ見ればお姫様みたいなそれは振り払えないほどの力が込められてる。つぅか戦闘中に赤の他人に触れられるような馬鹿しねぇし、見なくてもソレが居候の付喪神兼私の刀だと理解する。

「……宗三、ソレ、私の獲物なんだけどぉ?」
「格下相手にそれ以上汚れる必要もないでしょう?貴女、今どんな格好してるか分かってます?すっごい汚いですよ。絵の具を被ったみたいに。」

仕方のない子とばかりに苦笑を浮かべる宗三にちょっとびっくり。なにお前そんな顔できたの。

「やばいじゃんソレ、アートなの?芸術なの?」
「はいはい、とても前衛的ですよ。いいから早く腕と耳を直して帰りましょう。僕は後から追いかけますから、先に行っててください。」
「えぇぇええ…。」
「僕はこれ以上敵の血で汚れた人を、主と呼びたくないんですよ。脚の長さから考えて先に帰宅しておくべきなのは貴女でしょう?」
「誰が短足だてめぇ。」

刀を鞘にしまって地面へ置く。爪の中にまで入り込んだ血にも構わず、デバイスを操作してポーションを取り出すころにはもう冷静になっていた。いやぁ、何か冷めたわ。めっちゃハイだったのに覚めましたわ。アドレナリンが切れたのか一気に襲ってくる痛み。あー早くポーション飲まなきゃ―。震える指先で何とか取り出したポーションを一気飲み。途端、腕がゾワゾワとむず痒くなり、次の瞬間には元通りの腕がそこには生え終わる。耳も同じ。肩をグルグルと回して左耳に触る。おかえりー、実に短い離別だった。地面に置いた戦利品を回収して、家の方角へと振り向くとそこに呆然と立つイケメン集団――基、足手纏い共。いやぁ左耳の家出だけで済んでホント良かったわ。背後で何か低い断末魔が聞こえたが、振り返らずに一歩。肩を跳ねさせて一歩後ずさるイケメン共にも目もくれず歩く。そういや明日の朝ごはん仕込みもしてないし、外食かなぁ…どうせ疲れで寝坊するし、朝昼兼用でどっか食べに行こうかな。とりあえず風呂だ、風呂。もう前衛的なアートだなんて呼ばせない。

「お、おい!!」

絶好調とはお世辞でも言えないような気分の中、空気を読まずに声をかけて来たのはイケメンA。駄目だよー、この世の中空気読めなきゃいけてケナイヨー。

「…なんか用でもあんの?」

勇者ってつまりは奉仕活動なわけで、そんなのになってやる位には私も優しいからさ?わざわざ振り向いて耳を貸してやろうじゃないか。「優しいやつは笑い声あげながら敵を刻まないぞ勇者。」元パーティーメンバーのツッコミが脳裏で蘇る。五月蠅い黙れ、漆黒の白魔術師(笑)。

「お、お前何なんだよ!?審神者じゃないのに何で宗三左文字が…どういうことなんだよ!」
「………は?」

いや、意味が分からん。主語と述語をしっかり書きましょう言いましょうと、教わらなかったのかこいつら。今時小学生も知ってるぞ、そんな事。つか、単語並べてどうしてって聞かれても、え?こっちがどうして?ってなるんだが。

「…貴方たちには関係ないでしょう?さっさと自分の本丸に帰還したらどうなんですか?」
「あり?宗三、終わったの?」
「ええ、どっかの誰かに怯えてしまって抵抗すらしませんでしたからね。」
「そりゃまた歯ごたえの無い。」
「ちょっと、聞いてるの!?」
「あのさ、正直君たちが何言ってるのか分からないし。私もう帰りたいんだけど。あ、宗三アイスは?」
「あ。」
「え、まさかの放置?」
「僕、やっぱり氷菓子は抹茶味が良いんですよね。」
「お前なんで今さらそれ言うの?コンビニで言えよ。」

どうせこの暑さでアイスも溶けているだろう。どろどろのアイス程需要の無い物もない、コンビニに買い直しに行った方がまだ生産的だ。

「っだから!何で宗三左文字が現世にいるのさ!第一、お前審神者じゃないのにソイツの主ってどういう事だよ!」
「知るか。拾った。以上。はい、コンビニ行くぞ」
「風呂が先です。」
「…アイス。」
「…はぁ、後で好きなのを買いに行きましょう。というわけで、ボロボロのみっともい姿をどうにかする為にもさっさと自分たちの主の下へ帰ったらどうです?」
「ンだとテメェ!!」
「…悪いが、そういう訳にもいかないんだ。主には全て報告しなければならなくてな。」

宗三君の毒舌に噛みつこうとするロン毛を押しとどめたのは毛先だけが金色のオッサン。お、おおぅチョイ悪の領域超えてヤンキーなオッサンになってる。

「報告…ねぇ。あなた達が無様な姿を見せつけてる所に僕の主が颯爽と現れて、僕で全て倒した。それで十分じゃないですか?」
「お前本当に宗三左文字!?なんかウチのと全然違くない!?自分から侍りに行くスタイルだっけお前!?」
「他所は他所。うちはウチです。」

何となく、目の前の彼らの言いたいことは分かる。だって初対面の時の宗三君の反応と今の天と地ほど差があるもの。そんなに刀として使われたのが嬉しかったの?でもそれとこれとは別だ。私は今、血塗れで折角のアイスは液体化という絶望もいいところな状況にいるんだ。優しさ?親切心?ああ、いいやつだったよ。ンなもんとっくに死んだわ。

「あのさ、私と宗三君がいなかったらそこのブレザー君は多分死んでたよ。つまり私たちは君たちのお仲間の命の恩人ってわけだ。その命の恩人が疲れと失意の最中にいるのに君たちは更にテメェ等の仕事を手伝えって言ってるんだぜ?どんだけ恩知らずなんだよ。」
「…お前さぁ、こっちが下手に出たからって調子乗りすぎじゃないの?」
「むしろ善良なる一般人様に助けてもらっておいて何様だアァン?」
「オラ来いよ、首落としてやるよ子猫ちゃん。」
「おい、安定…。」

可愛らしい顔に見合わず喧嘩腰の青年。売られた喧嘩は買うのが自分の流儀です。視界の片隅で宗三君が溜息を吐くのが見えたけど、今はそれよりも目の前のイケメンの顔にカウンターを入れる方法のほうが重要だ。奴も同じことを考えているのか、目が得物を狙う肉食獣のようにギラついている。

PRRRRRRR!!

一触即発の空気を破ったのはヤンキーなオッサン、略してヤーサンの持つ端末。慌てたように電話にでるオッサンの方を見ながら、時折顔を抉らんとばかりに繰り出される拳を避ける。はははは!そんなへなちょこパンチなど喰らわんわ。

[っ!やっと繋がった!?長曽根!部隊は、清光たちは無事!?]
「主!ああ、安心してくれ。隊員全員無事だ。」
「「主!!」」

切り刻んでやるとばかりに抜刀体勢に入っていた童顔野郎の注意もヤーサンの持つ端末へとそれる。私はそんな絶好のチャンスを逃すような甘い勇者ではない。自分の端末をいじり、アイテム画面から細長い正八面体の水晶を取り出す。
足音も気配も消すように注意しながら宗三君の傍へ移動。しかし、ヤーサンもブレザー君も誰一人として気づかないとか大丈夫なの?RPG世界なら死んでたよ、それ。気づかれることなく宗三君に近づき、彼の腕をつかむ。

[一体何があったのか説明してくれ!お前たちがその時代に着いたとたんに電波が届かなくなったんだ。]
「あいにくだが、俺達にも全く分からないんだ。ただ、俺たちが戦っている間に…。」

「?ゆう…。」
「しーっ!質問は後でだ。『わが家へ。』」

奴らが此方を振り返る前に行き先を宣言する。
先ほどアイテム画面から取り出したのは、転移クリスタルという登録した拠点に移動するアイテム。一度使うと砕け散ってしまうため、ここぞという時に使うことにしていたのだが流石もったいない精神の日本人。冒険中に全く使うことなくため続けた結果、今はバンバン使っても問題ないほどのストックがある。
一瞬だけ前後左右上下がひっくり返るような不快感が訪れたが、次の瞬間には私と宗三君は見知った家の玄関に立っていた。

「…は!?勇者、僕たちはさっきまで建築跡地にいたはずですが!?」
「うん、ちゃんと説明するから肩を握る手をどうにかしてくれないかな!?何なの!?お前握力どんだけあるんだよ!」

ミシミシと嫌な音を立てる肩に悲鳴が上がる。
なんだこのクルマサカオウム!握力ゴリラか!?
すぐに説明するといっても、ポーションは服までは直せない。真っ赤に染まったブラウスのまま居間に上がったらそれこそ殺人現場のように赤い跡が廊下に点々とついてしまうだろう。仕方なく玄関で簡単に説明をした後に、私は風呂へ直行することになった。

「…しかし何か忘れてる気が。」

この時、私は変なイケメン集団から無事逃走できた達成感に支配されていたんだ。それと同時に、もう宗三君以外の刀剣男士にも会うことは無いだろうと。戦利品の刀を玄関に置いたまま、湯船の中でぼんやり考えていた。
_10/17
しおりを挟む
PREV LIST NEXT