檜の棍棒で魔王は無理じゃ
さて。
一体何が彼の琴線に触れたのかは全くさっぱり微塵も分かりはしないが、あの一件以来彼の私への好感度が確実に上っているのだけは私も分かる。嫌われてるよりかはマシだから、あんまその辺は深く考えていない。どうせ居候が出来るなら目の保養になるほうがいいし。新たな武器、基居候が出来たのまでは未だ良しとしよう。

居間に戻って来た私はソファーに腰かけてカフェオレを啜っていた。

「だがな、宗三君。君のその服装は駄目だ。浮く。絶対周囲から浮く。コスプレ趣味の変人と思われるだけなら未だいいが、変質者として通報されたら戸籍がない君は完璧アウトです。ついでに私まで変人扱いされる。」
「何を言ってるのかよく分かりませんが、とりあえず貴女は元から変人じゃないですか。見知らぬ男を拾ってきて、身元も分からぬその男の前で化け物と戦って見せる。僕の知る限り、変人以外それを表現する言葉はありませんね。」
「うぐぅっ…!」

正しく正論、ぐうの音も出ない。多少でも目の前の男に一杯食わせてやろうと思ったら逆にやり返された。何なの?刀剣男士って皆こうなの?絶対にこれからは拾わない様にしよう。

「まぁ、私のことは置いといて、とにかく君の服を何とかしよう。」

ポケットにしまっていた端末を操作し、現代の服に近い衣装を取り出す。この家は私という勇者専用の家であり、備品類も私用の物のみ。ましてや男物の服などあるはずも無い。それだけなら私が買いに行けばいいだけなのだが、問題が一つある。
この男は物凄く腰が細い割に足が長い、世間一般で言うモデル体型というやつなのだ。背負って運んでいたときにその細さに正直途中で折れるんじゃないかと心配に成程には女性の敵ともいえる体格。試着して体型に合っているか確認てから買わないと、溝に金を捨てる様なものだ。そんなわけで

「はい。じゃあこれフリーサイズだから、とりあえず着替えて。着替えかた分かる?」
「貴方は僕を何だと思っているのですか。」

手渡したのは襟ぐりの広いシャツにパーカー、ハンパ丈のワイドパンツ。紐で縛るタイプのそれなら細い腰でも大丈夫だろ。服を買うまでの辛抱だ。押し付ける様に渡し、居間を出る。

「あ、着替え終わったら玄関集合ね。服とか日用雑貨一式買いに行くから。」

何か言いたそうに此方を見る彼を無視して自室に戻る。財布を取り、玄関で待つ事数分。我が家の居間からモデルのようなフラミンゴ君…あれ?フラミンゴの様なモデル君か?とりあえず、宗三君が出て来た。

「…僕を見せびらかしてどうするつもりですか?」
「え、髪色奇抜だからってそこまで凝視されんだろ。そんなに心配なら帽子いる?」
「もういいです。」

呆れというよりも疲れ切ったような表情で靴を履く青年に首を傾げる。なんだこの残念なイケメンは。

「どうせ君ここに住むわけだし、日用品とかも買ってくか。」
「日用品…。」
「歯ブラシとか、シャンプーとか諸々。」
「しゃんぷぅ?」
「…え、髪洗ったことは?」
「そもそも風呂に入ったことがありませんからね。」

どんだけブラックな職場だったの…。
風呂も食事も無くて、討伐オンリーとか何で逃げ出さなかったの?いっそ吉原とかそういう綺麗なお姉ェさんの守り刀(ヒモ)になるとかそういうのはダメなの?

「綺麗所とは程遠いと自覚してるが、まぁ人間の形をせっかくとってるんだから最低限の文化的生活とやらが送れる程度にはちゃんと支援してやるから安心しなさいな。というわけで、レッツショッピング。」

自動改札機や電車、車に一々反応する彼を無視して二駅先のショッピングセンターへと向かう。しかしネットはやはり便利だ、ちょっと検索ワード打ち込むだけで最寄りのショッピングセンターが分かるのだから。

「ゆ、勇者…あのむさくるしい動く鉄の箱は何ですか?一体どうやって動いて…。」
「宗三君。」

彼は刀の付喪神で、過去にさかのぼって戦っていた様な人間だ。そりゃ車や電車が珍しいのも分かるが、一々説明出来る程私は物知りで無いし御人好しでもない。というわけで

「あれはそういうモノなんだ。深く考えるな。感じるんだ、そういうモノなんだと。な?出来るだろう?てんかびとのしょうちょう?なら出来るはずだ。はい、さっさと日用品階に行くよー。」

幸運にも、納得のいかない表情を浮かべている彼の興味は現代の日用品へと直ぐに移り、服やで店員の着せ替え人形化した上に大量に購入させられた事を除けば非常に順調に買い物は終了したと言えるだろう。まぁ、金は幾らでもあるし。

「宗三君、さっきから何見てんの?我が家IHだし、調理器具の一通りそろってるから、カトラリーとか新たに買う必要ないんだけど。」
「勇者、あいすくりぃむめぇかぁというやつを買いませんか?氷菓子が沢山できるそうですよ?」
「氷菓子…?ああ、アイスか。いや、いらんだろ。買うもの買ったし、さっさと帰るぞ」

どうやらアイスクリームメーカーが気になるらしい宗三君。しかし、大概にしてアイスは買った方が美味い。どうせ直ぐに自作アイスとか飽きるし、結局邪魔になるだろ。腕を引っ張り、家電量販店から出る。彼の近くにスタンバイしてたスタッフのお姉さんに仇を取るような目で見られたが気にしない。確かに宗三君、拗れているっぽいけどイケメンだからね。でもお姉さん後ろのおっさんがイライラしたような顔で貴方見てるけど大丈夫?おっさん名札にマネージャーって書かれてるけど、大丈夫なん?この後の展開が非常に気になるが敢えて店を出る。

「ほら、そっちじゃなくて既製品買って帰ろう。そっちの方が速いし楽だし美味い。ついでにケーキとコンビニスイーツも買ってさっさと帰るぞ。さっきから道行く人にチラチラ見られて落ち着かん。」
「…見せびらかそうとしたのは貴女でしょう。」
「馬鹿言え。そんな無駄なことするくらいなら刀(お前)でモンスターの一匹でも斬り倒した方がまだ有意義だわ。」

私が何十年、下手したら何百年も身を投じていたのは身の丈を遥かに超える様な化け物との闘いだ。そのせいか、こんな平和ボケした場所は居心地が非常に悪い。さっさと甘い物かって家帰って今日の分の鍛錬しよう、そうしよう。隣の付喪神にそう伝えようと見上げて少しだけ動揺した。

「……そういえばそういう方でしたね、貴女は。」

彼はいつもの自嘲するような哂いではなく、ただ純粋に安堵したような笑みを浮かべていた。アレー!?これ好感度アップイベントかなー?
勇者、無意識に好感度アップするような特性無いから分かんない。けど欲しいとも思わない。だって昔そんなギャルゲー体質みたいな特性持つ村人見たことあるけど、そいつの村って殆ど限界集落――平均年齢がアラセブ(アラウンド70)だったもの。やけに枯れたピンクの声に満ち溢れてるおもったら原因それだったもの。攻略したくもないのに攻略しちゃうとか逆に辛い。おっと話を戻そう。まぁ、好感度がダウンするよりはアップする方が良いよね。あれ?似たような事さっきも言った気がする。

「必要なものは今日中の輸送を頼んであるから、後は晩御飯の材料とデザートかな。」
「晩御飯。」
「そ、何が食べたい?一応これでも最低限の自炊は出来るよ。元は一人暮らしだったし。」
「何…と、云われましても僕は顕現してから一度も食事をしたことが無いので。」

おぉっと、何か凄いカウンターパンチが来たぞ!?
うっかり忘れていたが、そういえば彼はブラック企業も真っ青な環境で働かされていたんだった。周りの通行人もギョッとしたような表情をしている。あ、ちょっ!DVじゃないですから!確かに酷過ぎる環境に宗三君いたけど、それやってるの私じゃないから!

「良し分かった。クックパッド先生に美味しい料理聞いてみよう。そんでもってデザートと酒も買って帰ろう!私、成人済みだからお酒も呑めるし」
「くっくぱっど先生?」

半ば引きずる様にして立ち去る。服の入った紙袋を両手にぶら下げたまま、駅のホームに並ぶ。随分とショッピングモールで時間を使っていたらしい。西の空では血の様に赤い太陽が沈もうとしていた。

「…。」

懐古に浸るような表情の宗三君。大方、その本丸というブラックすぎる職場でも思い出しているのだろう。

「宗三く…。」
「僕はあの本丸で4振目の宗三左文字でした。」
「…。」

え、
えぇぇぇ…何か急に語りだしたよコイツ。

「審神者は短刀を嫌っていたので、弟も早々に折られました。最初はそれが辛くて、何度も審神者に懇願しましたが…今思うと、あんな地獄で苦しみ続けるよりかは顕現される前に鉄の塊に戻される方が幸せだったのかもしれません。」
「…。」

ヤバい、これ絶対すっごい重い話や。何かドラマでいう佳境とか、主人公の壮絶なる過去の回想とかそう云う奴だろ。私シリアス苦手なんだけど。甘いからシリアルは好きだけど、シリアスは後味大概悪いから好きじゃないんだけど。
動揺する私を置き去りにして宗三君の自分語りは続く。

「僕は打ち刀最弱な割に見た目がこれですからね。審神者の相手をさせられるだけだったんです…分かっていたんです。所詮僕は籠の鳥でしかないと、天下人の象徴は侍らせるためにしか使われないのだと…。」

こいつさり気なく自分の顔が美形だって自慢してきやがった。
…きっとさにわ?埴輪?のお相手っていうのは話し相手ではなく夜のお相手ってことだろうな。分かってしまう自分の汚さが辛い。心のキャンバスが真っ白だったあの頃にはもう戻れないのね…まぁ、勇者だとか祭り上げられてモンスター狩るの大好き―!あのクソ権力者は王座から引きずり降ろしてやるー!とか言ってる時点でもう手遅れだと分かってましたが。ところで、その上司が男だった場合は別の事案になるんですが、そこんところどうなの?

「…なぁ、宗三君。忘れろとは言わないさ。きっとそれは軽々しく部外者が一蹴していいようなものじゃないだろうし。でもな、過去に延々と苦しむのは止めようぜ。」

その語り入るたびに私がどうすればいいのか分からなくなるから。主にリアクション的な意味で。だって彼は同情なんか求めてないだろうし第一、そんなの同じ環境にいたわけでもない私がするのは失礼なことだろう。

「分かってはいるんです。でも、どうしようもないじゃないですか…。あんな地獄から抜け出せたのが今でも夢なんじゃないかと思ってしまうんです。」
「ああ、なるほど。」

なんとなくだけど、それは分かる気がする。
いきなり別の環境に放り込まれると、幾らそこが平穏で前の世界よりもずっと素敵だったとしても夢幻のようにしか感じられない。言ってみればリアリティが感じられないのだ。

「まぁ、仮にそうだとしても随分と変な夢だよね。私はいきなり元の世界に戻って君という刀剣男士を拾い、挙句の果ての共同生活だよ。そして君はいきなり本丸?という地獄からこの世界に放り込まれ、勇者だった私に使われる。」
「ええ、想像もしてませんでしたよ。目が覚めたら刀(本体)を奪われ、挙句の果てには素手の貴方に返り討ちにされるんですから。」
「…さては君、朝の事を根に持ってるな。」
「忘れられない記憶ということですよ。
……でも、それ以上にあんなに胸が躍るような事があるなんて思わなかった。…ねぇ、勇者。貴女が僕を使った時、初めて心の底から喜びを感じたんです。貴女の狂気が、勝利への渇望がとても心地よかった。貴方になら折られても構わない、そう思ってしまうぐらいに。」

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『おれが奴と出会って3日で殺さ(折ら)れても良いなんて言われるほど好感度が上がっていた。』な…何を言ってるのか、わからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…。頭がどうにかなりそうだった…。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
何なの?刀剣男士って皆こんなチョロイの?お姉さん心配よ?この子の将来。思わず脳内で茶化してしまうが、空気は読んで表情はピクリとも動かさない。多分目も死んだままだと思う。

「…そっか。でも君にはまだまだ私の武器としても活躍してもらいたいからね、そういう風に折れてもいいとか言うのは早いよ。」

ごめん、お姉さんトークスキル無いの。ありきたりなセリフしか言えないの。むしろここでの一番いいセリフとかって何?そんなセリフで大丈夫か?いや、問題しかねぇんだけど。
改札から出て、閑静な住宅街を歩く。
…何か忘れてる気がする。違和感に包まれながらも、それが宗三君に関する話だとすると藪蛇の可能性が大なので口には出さない。でも何だろう、大切なことを忘れている気がする。






「そういえば」
「何?宗三君。」
「どこで夕餉の材料を調達するのですか?」
「アッ。」

忘れてたのソレか。
_8/17
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