エンディングは未だ行方不明
よくゲーム好きがネタにする、レベルがカンスト済みの勇者が初期の弱い敵をフルボッコとかあるじゃん?所謂、強くてニューゲーム。残念ながら私の場合は死亡=リセットだったからレベルとか持ち物は最初からやり直しになってしまったけど、記憶――つまり知識だけは次へ持ち越し可能。おまけに、あのRPG世界では個々人が加護ともいえる特性を持っていた。例えば早さが上がったり、攻撃を高確率で避けられたり。その中でも異色だったのが私の特性――主人公補正と呼ばれたそれは「必殺技の取得」。必殺技、なんかそれだけ聞くと大した特性に聞こえないんだけど実際はコレかなり万能。相手をぶっ潰せる技とかもあるので逆境に陥っても結構な確率で覆せる。思えばコレが魔王退治に向かわされる理由なんだなぁと思った。ただし国王、テメェは絶対に許さん。
まぁ、そんなわけで魔王を倒せるほどのレベルで主人公補正が特性の私はか〜な〜り強い。…己惚れじゃないよ?

「だから、そう落ち込むなって。次があるよ、青年よ大志を抱け。」
「どうせ…どうせ僕は籠の鳥なんですよぉ…!!」

床に膝をつき、見るからに落ち込むフラミンゴ――にわかに信じがたいが日本刀の付喪神だという彼に思わず頬を掻く。あれでも手加減してたんだが…とは言えないわな、これじゃ。大体、寝込みを襲っておいて撃退された時点でもうお察しだと思うが彼は少々…いや、かなり弱い。RPG世界の序盤の敵にすら、もう一方的に蹂躙されるだろうなと思う位には。

「あー…宗三君。もし良ければ、稽古つけてやろうか…?一応私世界基準の敵になるけど、繰り返してたら私位強くはなれると思うし…。」
「っ…!!どうせ…貴方も僕の事を天下人の象徴としか思ってないんでしょう…!」

なんだコイツ、めんどくせぇ。
先ほどまでの罪悪感の様な居心地の悪さではなく、呆れから顔が引き攣る。もう一度言おう、なんだこいつめんどくせぇ。早々にKOされた彼にポーションを飲ませたので今はピンピンしてるが、こんだけウザいなら回復しなくても良かったかもなぁ…。

「あのさー。言っておくけど私だって最初は刀握ったことすらない非戦闘員だったわけですよ?繰り返し繰り返し、死んで生き返って倒して殺されて今があるわけですよ。やれば出来るって、安西先生も言ってたじゃん。諦めたらそこで試合終了ですよって。ほら立って立って、最終的には私並みとは言わんが中ボスくらいなら余裕で倒せるように鍛えてあげるから。」

必殺、武力行使。首根っこを掴み、床にいつまでもうずくまるネガティブフラミンゴを放り投げる。痛そうな音と共に上がる抗議の声には耳も貸さずに、部屋の隅によけていた黒い機械を操作。とりあえず、スライムから徐々にレベル上げてくか。

「ちょっと!聞いて…!!」
「…あ、そういやコイツ結構便利だったわ。よし、今からモンスター…あー…妖怪?出すから、それ倒してみて。話はその後幾らでも聞いてやるから。じゃあ、はいドーン。」

ピッ!

機械音と共に室内に現れるのはスライムの形をしたモンスター。水色のボディにクリクリとした瞳は可愛らしいが、侮ると痛い目に合う。

「…っ、コレを倒せばいいのでしょう。」
「そうそう。」

刀を抜いてモンスターへと斬りかかる彼。
一刀両断、まさしくその一言に尽きるだろう。付喪神と言うだけあって彼は名刀らしい。
真っ二つにされたスライムを見て勝利を確信したように嘲笑う彼を見て苦笑が零れる。
いやぁ、見事に初期の私と同じミスしてるなぁ…。

「…一筋縄じゃ行かないよ。」

スライムはその形状上、飛び跳ねて移動するしかないので機動力は低いし攻撃力も大したことない。けれどそれを上回って尚あまり有る特性がある。

「なっ…!」

増殖能力。ある意味生命力ともいえるソレは彼らが幾ら断裁されようが分断されようが、一回り小さい新たな個体となって生きることを可能とした。

「ほらほら、一刀両断してるだけじゃぁ増え続けるだけだぞー。」

宗三君が刀を振るう度に増えるスライム。厄介なことに、このモンスターは分裂体が集まると分裂前の姿に戻っていく。同じことを繰り返すだけでは決定打には繋がらないのだ。

「…気づかないと永遠に続くぞー。」

スライムへの対処として正しいのは一撃必殺に相当する攻撃を加える事。幸いにも、スライムというモンスターは分裂するごとに経験値を僅かにくれる。きっと彼がスライムを倒せるようになる頃には次の敵を倒すのに必要な最低限のレベルは満たせているだろう。

「あとは持久戦だなー。」

必至にスライムを斬り続ける宗三君を眺めながら、懐古の念に浸る。RPG世界で勇者を始めた最初の頃、私はまだアレが酷い悪夢なんだと必至に思い込もうとしていた。だってそうじゃないと狂いそうだったから。山賊、モンスター、理不尽なトラップ。どれにしたって私とは縁のないものだし。
…結局、腹を括らねば永遠にこのループが終わらないのだと気づいたのは人間を殺した時だった。刀の付喪神という位なのだから、きっと目の前の彼は人を殺すことに躊躇することはないのだろう。そういう意味では彼は私よりずっと良いスタートを切れていると思う。恐らく彼に圧倒的に足りてないのは経験とレベルなんだろう。鍛えてやれば身に着けるのは両方とも然程難しくはない。
所詮、暇つぶしなんて言っても所詮は彼の努力によるもの。私が大して出来る事等あまりない。それに限界もある。彼が満足できるほどの強さになった時に私はどうなっているのだろうか。考えていると、胸に穴が開いたような空虚な気分になる。
…私は、何のために生きるんだろう?

勇者としてでもOLとしてでもなく、天涯孤独で生きるのに困らないほどの財産持つ唯の人間。まるで浦島太郎の様な現状に虚無感を抱く。ぼんやりと上を見上げるも唯白い天井があるだけ。聞こえるのは宗三君が必死にスライムをスライスし続ける音。もうニートでいいんじゃない?私、頑張ったよ。長いバカンスだと思えば何かやっていけるって。空元気に心の中で呟いたところで気持ちが上昇することは無い。

「『リセット』したら何か見つかるのかなぁ…。」

手持無沙汰に端末を弄る。画面に表示される項目、名前と特徴について表示されたそこに書かれているのは『復活のポーション』。玉手箱の代わりに与えられたのは不可逆である死を可逆とする液体。何つー皮肉だよ。
一度ネガティブな事を考え始めると、どんどん悪い方向に考えてしまうのが私の悪癖だ。とはいえ、それを自覚したところで今更直すことも出来ない。ぼんやりと壁にもたれて瞼の裏を見つめる。

OLだった頃。
勇者だった頃。
そして今。
あまりにも違い過ぎる状況に困惑するしかない。
私にはコレがまるで画面一枚を挟んだ世界にしか感じられない。未だに私は死ぬとリセットされる世界に生きていて、四肢がねじ切られようとも薬一つで元に戻ってしまう戦場に横たわっているのではないだろうか。そう、もしリセットしてしまったなら…。
堂々巡りでしかない考えに終止符を打ったのは宗三君の叫ぶ声だった。

「これが、皆を狂わす魔王の刻印です!!」
「…。」

何言ってんだアイツ。
梅雨の湿度にも勝るような湿気じみた考えは一時停止。目を開けてそちらへと向けると
盛大にはだけた宗三君がいた。

「何で脱いでんの…?」

何なの?アイツは男性向けのサービスシーンのあるゲームキャラなの?何で攻撃されるとはだけるの?教えてエロい人…じゃないや偉い人、但し国王は除く。
いつか見た任侠映画の主人公の様な見事な脱ぎっぷりのまま、スライムを倒す宗三君。あ、レベリング終わったのね。でもそのサービスショットは必要だった?勇者はいくらイケメンでも男の半裸見て興奮するような性癖は無いんだけど…。

「えっと…大丈夫?」
「ハー…ハァー…これで、ハァ、どうです…か…!」
「あ、うん。頑張ったね、うん。強くなったんじゃない?経験値溜まってるはずだし。」
疲れ切った顔のまま此方をみる宗三君。彼の周りに桜の花弁が舞っている様に見えるんだが、何なの?刀剣男士という生き物がマジわけ分からん。

ピコンッ!!

唐突に軽快な機械音が響く。音の出元である私のポケットに入っているのは端末だけ。取り出して画面を確認すると倉庫のアイコンの横に新たなアイコンが一つ。

『編成』

未だに肩で息をしている彼を横目に、そう書かれたアイコンを迷わずにタッチする。画面がブラックアウトし、再び表示されたソコにはフルカラーで描かれた宗三君と私の画像。そして、それぞれの横にはレベルと攻撃力、防御力らしき数値が記載されていた。

「あー…ウン。アガッテルネ、タブン。」

勇者         宗三左文字
レベル 99      レベル 15
攻撃力 7500     攻撃力 950
防御力 4700     防御力 240
装備  無し     装備  日本刀

何というか…先は遠いとしか言えない。

「ちょっと貸してください。」

自分のステータスが気になるのか、ウキウキとした表情でこちらへ手を伸ばす彼に何て言うべきなんだろう…。下手しなくても再びネガティブモード突入するだろ、これ。
必至に頭を回転させている最中、天啓の如く良案が浮かんだ。

「そうだ!そういえば君は付喪神なんだよな?刀なんだよな?だったら私が君を使ってみれば君にも経験値が入るんじゃないか?よし、物は試しださぁやろうさぁ用意するんだ宗三君。あとコレ飲んどいて。」
「は?って、いきなり何を…んぐっ!?」

彼の本体を奪い取り、ついでにポーションを口の中に突っ込んでおく。本体は刀らしいが付喪神が治れば刀も治るだろう。
先ほどの戦いを見る限り、切れ味はかなりの物だと分かる。機械を操作し、私のレベルに合わせた敵といざ戦わん!
「ちょっと!僕を折るつもりですか!?」

ポーションはちゃんと飲み込んだのか真っ青ながらも、傷一つ無い状態で叫ぶ宗三君。私の負け前提で話しているのには非常に不服だが、まぁ初見だしそう思うのも無理はないだろう。なにせ私の前にいるのは、先ほどのスライムのようにお優しい敵ではない。

三頭犬。何かソレっぽく言うとしたらケルベロス、所謂ボス級の敵だ。

「いけるいける。勇者、とても強い、分かる?」
「貴女は馬鹿ですか!僕は馬鹿と心中するつもりは毛頭ありません!早く返してください!」
「落ち着けって、大丈夫大丈夫。」

静かに刀を構える。
全身にゆっくりと酸素を回すようなイメージで一呼吸。
3つの頭のワンちゃんは目の前の餌に興奮状態。
ドクリと心臓の鼓動がワンテンポ早くなる。
前に倒れそうな位重心足にかけて一歩。
口角が緩んで、思考はワンちゃんの屠り方に占められる。

「ああ、もう最ッ高。」

興奮も冷めぬまま、後ろに居るだろう宗三君の方へと向く

「………え。」

振り向いた先に居るはずの彼は、何故か両腕で自分を抱くようにして震えながら蹲っていた。どういう事なの?慌てて彼の本体である刀を確認するも、折れるどころか大きな傷も無い。大切な事なので、敢えて2回言おう。

どういう事なの?
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