困ったら勇者呼んどけ
夕日が沈み、ゆっくりと夜の帳が降り始めた頃。
閑静な住宅街には似つかわしいコンクリートビル、建築予定の場所には未だ骨組みとなる鉄骨だけが聳えている。そんな場所に金属のぶつかり合う高い音が響いていた。

「っくそ!何でこんな場所に歴史修正主義者がいんだよ…っ!」

ほつれ一つ無かった浅葱色の段だら羽織は敵の刃に破られ、腰まである美しい髪は血で所々固まってしまっている。満身創痍、彼の仲間も皆一様にその美しい顔に疲労の色が濃く浮かんでいた。さりとて敵もそんな彼らの状態を見逃すはずもない。背後から笠を被った歴史修正主義者――打刀が斬りかかる。

「兼さんっ!!」

自身の相棒を狙う凶刃から守ったのはブレザーを着た青年、しかし彼も疲労のせいか弾いただけで呼吸を大きく乱す。

「っ…ほんっとサイアク!一体何なの!?コッチの時代に来てる事といい、こんな多いとか!」
「いいから黙って手を動かせよブス!」
「はぁ!?お前に言われたくないし!この不細工!」

斬っても斬っても湧いてくる敵を斬り倒しながら、黒いコートを着た青年が苛ついた声を上げる。それを口火に言い合いをし始める二人。だが戦場では一瞬の油断が命取りだ。口論の最中、刀を加えた骨の異形が二人の咢へとその刃を突き刺さんと飛び出してきた。

「お前ら喧嘩してる場合じゃないだろ!!」

凶刃を防いだのは一本の太刀。襟足だけが黄色く染め上げられた黒髪の男が跳ね上げるように軌道を反らし、がら空きの胴体を深く斬りつける。
獣の骨の様な口が加える短刀に入った一本の亀裂。罅は徐々に広がり

ビキビキビキッ…パキンッ!
GRUUUUUUUAAAAAAAAAAAA!!

異形の悲鳴と共に折れた。

「っは、何度聞いてもあの音ほど耳障りなモンはねぇな…。」

刀が本体である刀剣男士にとって、刀の折れる音は酷く不愉快なものでしかない。されどそれに気を取られているようでは今度は自分が目の前の鋼の塊になりかねない。撤退は審神者との連絡用の端末が繋がらない時点で絶望的。彼らには目の前の敵を殲滅し生き残るか、自分たちが唯の鋼と化すかという二択しかない。圧倒的プレッシャーの中で幸いだったのは班のメンバーがお互いによく知った顔だった事ぐらいだ。

「…っ!まだ主とは連絡が取れないのか!!」

苛立ちから吠えるように尋ねるが、端末は相も変わらず砂嵐を映すだけ。そんな時だった、部隊の中で唯一脇差しを構える青年の背後に大太刀を構えた鬼が現れたのは。振り上げられた刀は、数秒も立たない内に青年の体を二つに分断するだろう。

「「「国広!!」」」

あ、僕死んだ。
走馬灯のように脳裏を過るのは背中を預けた同志達の未来。どうか兼さん達だけでも助かりますように…。スローモーションのように迫りくる大太刀。脇差しで大太刀と競り合えるはずがない。それでも自身である刀を大太刀の軌道を阻むようにして構える。自分の敬愛すべき元主が定めた法度に背くわけには行かないのだから。
しかし余所見をしていた勝利の女神は彼を見放さなかった。

「エア・スラッシュ」

横から吹き付ける暴風に無意識のうちに目をつぶる。しまった、これでは殺してくださいと言っているかのようなものじゃないか。後悔に苛まれながらも数秒もしないうちに訪れるだろう死に身構える。しかし一向に痛みも衝撃も訪れない。恐る恐る目を開くと、目の前の敵の胴から上が斜めにずれ落ちていくところだった。

「……え?」

噴水のように噴き出す血飛沫の隙間から見えた断面は見事なまでに鮮やかで、まるで最初からそうであったかの様に斬られている。力技では到底できないだろう其れに見惚れる。一体誰が…?
振り返った先に立つのは一人の女性。光の無い死んだ魚のような瞳の彼女は防具すら纏わず、ただ一振りの刀をだらりと携えている。その後ろに立つのは一人の刀剣男士。

「うわぁ。見ろよ宗三君、あのモンスター見事に真っ二つだわ。お前、本当に切れ味良いな。」
「戦に出た経験は少ないですが、これでも天下人の象徴なので…嗚呼、幸いにも試し切りに丁度いいのが沢山いますし、存分に僕の切れ味を味わってください。」

戦っていた青年――堀川国広達は目を疑った。誇らしげに立っている彼は、一部では拗らせてる刀として有名な左文字が次男、宗三左文字だったからだ。え、宗三さんってそんな自ら侍ってくスタイルの刀じゃないよね?主さんが言ってた亜種ってやつかな?

女性にしては低い彼女たちの声は唐突な乱入者に騒然とする中でもよく響く。

「宗三君ってば好感度上がるのチョロすぎてお姉さん超心配。最初はツンドラだったのに、どうしてこうなった。…まぁ、いいや。せっかくの実体あるモンスターだ存分に楽しませてもらおうじゃないか。」

唇を軽く舐め、目を細めるその姿は色気に満ち溢れているが、その場にいた歴史遡行軍や刀剣男士が感じたのは純粋な恐怖。構えてすらいない手弱女のはずなのに、まるで歴戦の猛者を前にしたような迫力。混乱から一番早く我に返ったのは敵だった。

「GRUAAAAAAA!!」

優先順位を変え、刀剣男士ではなく女性へと斬りかかる太刀・甲。一般人である彼女を殺せば、些末だとしても未来は変わる。当然ともいえるはずの選択は、ある一点を除いたなら模範解答だと言えただろう。

「甘ぇよ、化け物。」

彼女は勇者だった。
何度も殺され、何度も生き返り、何度も殺した。
それこそ人間や刀剣男士達ですら成し遂げられなかった程の数を。
世界を救う過程で得た経験や技は、彼女を化け物とするには十分すぎた。
故に

「…っは、まじかよ。」

思わずといったように呟いたのは長曾根虎徹だった。
動体視力が人間以上の刀剣男士ですらその瞬間を捉えられなかった。まるで魔法か何かで敵の体が真っ二つになった様にすら見えた。それほどまでに速く鋭い一撃に、太刀・甲は為す術もなく地へと崩れ落ちた。
_9/17
しおりを挟む
PREV LIST NEXT