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ちょ、ちょっと、頭どけてくれませんか


癒しの国ライフのとある庭に、三人掛けくらいの大きさをしている鉄製ベンチに腰かけて。
 意識しないうちに僕は、自分の膝の上に目線をやったまま表情を綻ばせていた。

 膝の上には、僕と同じく再生屋として働いている男の頭がある。
 そう。昔、とある事情から僕は一緒に暮らすことになった男の人――鉄平の頭が。
 不意に吹き始めた風に髪を遊ばせながら、仰向けになっている彼の顔を穏やかな表情で眺め続ける。

 ふりそそぐ、暖かな日差し。
 そよ風が連れてくる、気持ちのいい緑の匂い。
 このまま時間が止まってしまえばいいのに、とさえ思う。それほどまでに、安らぎに満ちた時間。

 普段は、表情が乏しいことが多い鉄平だけれど、眠っているときだけは子供のように無邪気で無防備な表情になる。それだけ彼は普段、気を張っているのだろう。鉄平のじいちゃんと師匠と僕以外には、本当の意味で心を許すことができないようだから。

 それなら、僕はせめて、いつも隣にいて…………




「う…ん…」

コロンと身体ごと頭を転がして、空に目をやる。そうしてふりそそぐ陽光に僕は目を細めた。

「お、やっと起きたか」

 やれやれ、とでも言いたげな声が僕にかけられる。そこにあったのは、どこか呆れた様子の鉄平の姿。後頭部には彼の腿の感触があった。

 と、そこでようやく気づく。ああ、いつの間にか僕まで眠っちゃってたんだ。それで今度は鉄平が……。…………。いや、それはそれでなんだか違うような……?


「…ったく。やれやれ、ちょ、ちょっと、頭どけてくれませんか」


「ありゃ」

 とりあえず起き上がり、まだボンヤリとした頭のままで「んしょ、んしょ」と髪を手で撫でつける。髪質の問題なのか僕の髪はとにかく寝癖がつきやすい。まあ、大抵の場合はちょっと撫でつけるだけで直ってくれるのだけれど。

 鉄平はひとつ伸びをする。  

「まったく、名前は眠い〜よって肩に寄りかかってくるんだもんな……」

 どこかグチっぽく鉄平がそう零してきた。

「おまけに、まあ、いいかって放っておいたら、そのままずり下がってきて膝に納まるし……」

「あ、だからか……。じゃあ、あれはただの夢だったんだ……」

「寝るな、とは言わんし、今更恥ずかしいもなにもないけどさ」


「じゃあ、なんでそんなにブツブツと?」

「いや、さすがに一時間もあった休憩時間のうち、三十分近くをベンチに座って消費してしまったとなると、なんかこう、かなり時間を無駄に使ってしまった気がするというか……」

「はは…は…。なるほどね……」

「それに、だ」

 どこか重々しく僕に向き直る鉄平。

「うん? どうした? 真剣な表情して」

「豚ちゃんになるぞ。食ってからすぐに寝ると」


「えっと、なんだかよくわからないままだけど……、うん、分かった。でも……」

「ん?」

「鉄平は僕が豚になったら、あ、えっと、太ったら嫌いになるの? 僕のこと」

「んあ? いや、それはないけど?」

「だったら、それでいいんじゃないの?」

「……そう、そうだな。……いや、いいのか? それは本当にいいのか? 俺にとってじゃなくて、名前にとって」

「僕は鉄平にさえ嫌われなきゃそれでいいよ? もし嫌われるんだったら大問題だけど」

「なら、それでいいのか……。まあ、名前は普段から人を気遣ってばかりだしな。たまには気を緩めたくもなる、か」

 僕の場合は、特に意識して誰かを気遣ったりとかはしていないんだけど……。いや、それよりも。

 うつむいて――自分の膝の辺りに視線を固定して、小さくつぶやく。

「鉄平のほうこそ、だよ」

「ん? 悪い。声が小さくてよく聞こえなかった」

 彼に視線を戻すと、本当に聞こえなかったのだろう、不思議そうに首を傾げていた。

 気を緩める機会を持つべきなのは、鉄平のほうだ。次郎と師匠と僕以外の人間には、いつも心のどこかで警戒している、鉄平のほうだ。

 彼はいつも他人の言うことを心のどこかで疑っている。相手を信頼しきれずにいる。 僕はそんな鉄平の頭を両側から挟むように、腕をそっと伸ばして。




「おりゃっ」

 ぐいっと、鉄平の頭をこちらに引き寄せた。

「うおっと!? な、なにすんだよ、いきなり!」

 僕の膝、というか腿の辺りに納まった鉄平がわめく。



「は? 名前?!」

 それからも鉄平はわめいたり、膝から離れようとジタバタもがいたりしていたけど、僕が何がなんでも離さないつもりでいるのに気づくと、「まったく」とだけつぶやいて、諦めたようにまぶたを閉じた。




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