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あなたが大好物


 不運、ってのは、最早運命レベルで俺に付き纏っていた。歩けば犬に追われ、宝くじを買えば一緒に買ったやつが当たり、宝くじを失くせばそれが当たっており、列車に乗ろうとするとホームから突き落とされ、就職すると会社が潰れる。不運、というよりもいっそ貧乏神と言った方がいいだろう。適度に近しいやつには幸運を与えることもあるが、近づき過ぎると凄惨な目に遭うため、そのうち友達も、家族すらいなくなった。嗚呼、かわいそうな俺。自分で言ってしまいたくなるほど可哀想だ。


「でも今は幸せだなーって思うわけですよ」

「ふふ、ボクのおかげかな?」

「そうそう。ココのおかげ」


 ソファに寝転がった名前は、その上にココを寝かせてにこにこと笑っている。身体が密着していたほうが安らぐ、と名前が提案したためである。ココは重いから、とやんわり断りを入れたのだが、名前は知らぬ存ぜぬ寧ろ男なのだから恋人の身体くらい支えてみせる、とわがままを貫き通した。そのせいで真昼間から大の男が二人身体を寄せ合い、狭いソファでいちゃついている。


「温かいし、美人だし、優しいし、ご飯美味しいし」

「何それ。ボクは名前のお母さんじゃないんだけど?」

「ぶはっ、ココが母さんだったらこんな捻くれて育ってないよ」

「そう? 素直ないい子じゃない」


 素直ないい子、という子ども扱いした言葉に名前は思い切り顔を顰めた。やめてくれ、という意思表示だったのだが、ココは気にした様子もなく綺麗に笑ってみせる。そっとココの髪の毛に手を伸ばせば、くすぐったそうに目を細めた。


「ほんと、ココは優しい」


 そんな優しいココだから、些細な不運が移ってしまったのではないかと不安になる。ココが料理の度に指先を怪我していることを、名前はずっと前から気付いていた。一緒に暮らすようになって、少ししてからのことだ。四天王とも呼ばれるココがまともに料理ができないわけもない。名前は自分の不運を理解したうえで、できるだけ家にいていいと促してくれる優しい恋人を手放したくなかった。だから、言わない。俺のせいじゃないのか、なんて言葉で、ココが離れていくのに名前は耐えられない。幸せを知ってしまったから。もう、名前にはココしかいないのだ。
 思っていることが顔に出たのか、ココは少しだけ苦笑いをして自分の髪に触れている名前の手を取った。


「そうでもないよ。ボクは打算的な人間だ。とってもね」

「ココが?」

「そう、ボクは名前のことを餌付けしているしね?」


 そう言ってココがおどけてくれるから、やはり言いたくないと思ってしまう。心地がよくて、ずっとこうしていられたらと願うのだ。いつか自分の不運でココを殺してしまうかもしれないのに。
 ココは名前の手を離して立ち上がろうとしたが、逃がさないとばかりに名前はココの腕を掴む。


「名前、あんまり強く握ると、毒、出ちゃいそうなんだけど?」

「大丈夫だから」

「……そうかもしれないね」


 何が大丈夫だというのか。簡単な言葉で酷いことを言ってしまったような気がする。名前の目に映るココが、どこか悲しそうに見えたのは気のせいではないだろう。しかしそれも一瞬のことで、ココはすぐさまいつもの飄々とした表情に戻る。それからやんわりと名前の手を制した。


「ご飯作るから、ね?」

「……うん」

「よくできました。好きなもの作ってあげるよ、何がいい?」

「……ココの作るものなら、何でも」


 ボクの作るものは何でも大好物だもんね。そう言って笑ったココの手は、やはり切り傷ばかりだった。




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