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我慢してきた分だけこれからはたくさん言おう


「んー、コ、コ、……さ、ン、…?」

静けさだけがゆっくりと過ぎる真夜中、寝室でランタンの光を頼りに本を読んでいれば、先に寝ていた名前の声。

「ごめん、…起こした?」

ランタンの光と本を捲る音で彼を起こしてしまったと思い、僕は静かに本を畳み、ランタンのそばに本を置く。椅子から立ち上がれば、ギシッとイスの軋む音。フッと息でランタンの火を消し、長年使った椅子もそろそろ新調しなくてはと考えながら、彼が寝るベッドに近付く。ベッドの端に座り、うつ伏せで顔を横に向けて目をつぶる、小さく開く名前の唇からは寝息だけが聞こえる。

(寝言、か。)

夢の中にまで僕が登場するのかと頬を緩ませながら少し寝相の悪い彼の布団を直す。寝ている名前を起こさないように髪をそっと撫でれば、一定のリズムを打つ寝息だけでなく、彼の口からは

「ココ、さぁ、…ん、」

また寝言が

「す、き、」

零れる。その零れた言葉に

「…!…」

僕の手が止まってしまった。それは普段から口数の少ない、物静かな彼からは聞くことのない言葉で。それでも寝言とは言え名前の口から聞けたことに変わりはなく、好きあっているって思っているのは僕だけなのではないか、という不安が、そのたった一言で帳消しになる。僕もつくづく現金な男だなと苦笑いしてしまった。名前の流れ落ちた髪を耳に掛け、少し赤らむ頬を指の背で撫でる。

(僕も、)

僕自身、自分が毒人間だからという理由で家族や気の置けない仲間以外は深く関わりを持とうなどとは思わなかったし、意識的に避けていた。それが彼と出会ってから、少しずつ変わり始めた。僕の目の前ですやすやと眠る彼。その彼と出会ったのは僕の行きつけの本屋だった。

(好きだよ、)

その本屋の棚で見つけた僕の探してた本。読まないどころか、誰にも手に取られていないせいか、その本はだいぶ埃を被っていた。僕はそれを取ろうと手を伸ばす。その横から同じく差し出される、僕より細い指。僕の指先とその指先が少し触れただけで僕はドキッと胸を打つ。しかし、違う方向から出されていた手は慌てて引かれ、引かれた先を見れば、振れた指を握り締めながら彼、名前の伏せられた顔は耳まで真っ赤になっていた。その後はスミマセンスミマセンと何度頭を下げ、僕が待って、と言う前に彼の姿は無かった。

(名前。)

その時は思わず僕は自分の手を見ていた。僕自身、毒は制御出来ていたし、無意識にも毒を出していたこともない。今、僕の手、指先からは毒は出ていない。毒が出ていないのに彼の行動は少なからずショックを受けた。少なからずとは言ったが本業である占いの仕事も臨時休業した位だ、それなりに?いや、かなりショックは大きかった。自宅への帰り道でキッスに心配される程だ。僕のショックが大きかったのは理由がある。それは僕が彼に好意を持っていたからで。いつも行く本屋で高い位置の棚に並べられた本を爪先立ちになり震えながら、少しばかり低い背を思い切り延ばし頑張って取ろうとする姿や、立ち読みしながら時々見せる名前のはにかむ笑顔。それを見る度に日々、酷い嫌悪感に悩まされていた僕の心は癒されていた。少しずつ名前に好意を寄せ始めていた、そんな矢先のあれだ。彼は気付いてしまったのか。膨れ始めた僕の疚しい心に。あるいは僕が卑しい毒人間だから。だから彼は。

「コ、コ、さ、…ん、」
「ん?なんだい?」

掛け直した布団の中で僕の名前を呼ぶ、寝ている名前。

「…ス、キ、で、…す、」

それは僕の考え過ぎだったのだと、後で知ることになる。そして、彼も僕のことを。

「夢の中に出てくる僕じゃなくて、」

口数の少ない君をいとも簡単に口を割らせる夢の中の僕に本当に嫉妬しちゃいそうだよ。僕は苦笑いを再び溢す。

「起きている時に、僕に言って欲しいな、それ。」

だから、僕も、

(我慢してきた分だけこれからはたくさん言おう)

「好きだよ、名前。」

寝ている名前の額に軽くキスを落とし、名前の体温で暖められた布団に潜り込めば、何故か僕に擦り寄る名前。そのまま僕の腕の中に入り込んできた。名前の行動に僕は少し驚いたが、次の瞬間には無意識に頬を緩ませていた。そして温かい名前を僕は優しく抱き締め、

「おやすみ、名前。」

今日も良い夢を、そう願いながら僕も瞳を閉じた。願わくば僕にも良い夢を。いつもと違う、優しく心地良い闇の中、明日は良いことがありそうな、そんな気がした。


(コ、コ、ココ、さん。あ、あの、あ、あの、)
(ん?どうしたんだい?名前。)
(ぎ、きゅっ、)
(ぎゅ?)
(ぎゅって、して、してい、いい、いい、で、すか?)

(僕の服の裾を引っ張る伏せた君の顔は耳まで真っ赤。)
(涙で濡れる瞳で僕を見上げて来た少しだけ大胆になった君。)
(そんな顔されて僕がダメだなんて君に言えると思う?)
(君にベタ惚れな僕が。)
(僕の返事に一瞬垣間見えた君の嬉しそうな顔。)
(緊張して恐る恐る僕の背中にまわる君の細い腕。)
(僕を温かく包み込む君の腕の中に僕の幸せが存在した。)




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