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お前、可愛くないな


「小松くんが気になる?」

 頭を傾けつつ尋ねると、ココは黙ってしまった。

「……自分の忠告、聞かなかったんだなって、心配?」
「……少しね」
「ウソツキ」

 有名レストラン――その言葉では少し陳腐すぎるか――の料理長がいなくなったという大事件。
 どこのチャンネルを見ても必ずやっているほどに、話題。
 人を遠ざける彼に、そんな人は、少し眩しすぎるんじゃないだろうか。

「ね、心配って、顔にかいてあるよ……占いも手につかないって」

 元々気の向く時、調子のいい時にしか占いをしないココだが、それにしても。
 今日の店じまいの仕方はあまりに雑だ。
 柔和な笑顔も見えない。――相当、切羽詰まってるんだな。

「……ねぇ、ココ」
「何だい?」
「ウージャングル、行かないの」
「……どうして?」

 分かってるくせに、と背中を見つめつつ唇を噛む。

「今から行っても遅いと思ってる? まさか本当にどうでもいいなんて、思ってないよね?」
「……小松くんの事かい?」
「当たり前でしょ」

 ココは振り返った。
 苦い表情をしていたのが、少し意外だった。

「あの子、ココたちの前で死んじゃったんでしょ。死相が出てるのは分かってたのに、助けられなかったって、悪いことしたって、今でもそう思ってる?」
「……僕は……」
「ばかだね」

 このやさしい人は、他人を責める術を持たないのだ。
 愛するものを、その手で失ってしまうのが怖いから、初めから手を出さない。
 ――分かっていた、つもりなのに。

「今からじゃあ遅いかもしれないけど……行ってあげなよ。ココの占い、当たらなかった事ないでしょ。だったら小松くんにとって、ココの言葉は、確かに力になった筈だよ」

 別れ際、ちょっとしたアドバイスを口にしていた事を、俺はサニーに聞いている。

「あの子はそれによって、助かって、自分の仕事に従事しようとしてるんじゃないかって、それが自分にできる精一杯の事なんじゃないかって、思ってると思うんだけど。……ココはどうなの?」
「僕は……助ける事ができなかった」
「そんな事ないよ。マンモスの時だって守ったでしょう、行く必要なんて、本当はなかったのに」

 手を伸ばして、ココの頭を腕の中に抱き込んだ。
 身長差はあったが、ココはおとなしく、俺の背に手を回してくれた。
 ――あたたかい、んだ。

「ココは優しすぎるんだよ。もう少しずるくたっていいのに……」

 俺がそう言うとココは顔を上げ、小さく笑った。

「優しすぎるのは君の方だよ」
「……どういう意味?」
「僕とずっと一緒にいてくれる」
「――そんなこと」

 当たり前だ。……当たり前なのだ。
 こんなに焦がれた人もいないってくらい俺はココに溺れてる。
 好きな人が傍に置いてくれているんだから、どうしてそれを喜ばないだろう。

「俺は……」
「ずるくていいのは、君の方だ。僕を縛るくらい簡単だろう?」
「……何言ってるの?」

 ゆっくりと俺の手を解きココは微笑む。

「君はウソツキだよ」

 そっくり俺の言葉を返しココは笑う。

「本当は僕にどこにも行ってほしくないのに、小松くんの話をしてみたり、そんな事を言ってみたりね」
「……かわいくない?」
「……まぁ……可愛くはないかな」

 じっと瞳を見つめ返すと、ココからも強い視線が返ってきた。
 ――そうだよな、自分の気持ちさえ満足に表せない、可愛いげのない恋人。
 可愛く在ろうなんて思った事はないが、ココもいい加減、呆れているかもしれない。

「でも、言葉にしない事が、嫌だと僕は思わない」
「……ん?」
「フグクジラのこと、リーガルマンモスのこと、詳しく話さなかったのはどうしてだと思う?」
「――え」

 言われて初めて、俺は気付いた。
 俺は美食屋として活動しなくなった頃からの知り合い――そして恋人だが、過去の功績は殆ど語ってくれたように思う。
 しかし最近の事を、ましてや高レベルの食材を捕獲したことを、どうして詳しく話さなかったのか?

「ココ……まさか……」

 俺が“可愛くない奴”だとココは元から知っていたのだろうか。
 実際占いと言って他の人を見る事さえ俺には辛かった、キッスとココ、3人だけの世界がどれ程俺に安らぎを与えてくれたか。

「俺が思ってた事、知って……?」

 なんて事だ。フグクジラの頃は、まだ自覚症状はなかったのに。
 勿論占い客の事は嫉妬の対象として見たが、少なくともトリコさんをそう思ったことはないのに。
 彼が――偉大なる料理人が、俺の関心をひく事を、知っていたのだろうか?

「ココのばか!」
「心配させたくはなかったし、また君は怒るんじゃないかと思ってね」
「結局トリコさんは全部俺に言ってくれたよ! 小松くんのこととか、全部!」

 俺と小松くんは、外見的特徴が似ているのだそうだ。(もっとも、サニーに言わせれば俺の方が数倍マシらしいが…)
 そこで、放っておけなかったのではないか、自分を許容してくれる数少ない人物だし、というのは2人と密談した時の意見。

「リーガルマンモスの時も……サニーが、全部……」
「……そうか」

 ココの手が俺の頭の上に載った。

「――俺は、強くないから」

 この手をはねのけることができない。失えば生きていけないと分かるから。
 だったら行けよという言葉も、それは強さの現れじゃない。
 ココが真意を読み違えない人でよかったと、俺は本当に思う。

「ココがもし俺の前からいなくなる時、俺はきっと引き止められない」

 もっと嫌われることが怖いから。

「でも、つながりが絶たれてしまうのはもっと怖いから、多分心中するよ」
「……嬉しいね」
「俺は一生あなたを手放せない。可愛くない奴だけど、ずっと傍に居てほしいって願う」
「僕も思うよ」
「他の誰も見ないでよ」

 可愛いげのない奴でいい。狂っててもいい。
 あなたの手で弄ぶ事のできる命があることを、どうか忘れないで。

「ココ、お願いだから……行かないで」

 漸く、本音を言えた。

「勿論。僕は……いつまでも、僕だけに依存し続ける君を愛すよ」

 僕の愛しい、可愛い人、と抱きしめられた。




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