王の舌


土砂降り。
だかだか、空からマシンガン打ちで、重い雫。地面に穴を開けるつもりなのだろう。
スコールはただでさえ不機嫌な顔を一層に不快に歪め、グローブ越しに眉間の傷に触れた。
痛みには程遠いが、確かな違和感がそこを擽っている。

「止まねぇな」
「…」

雨垂れの規則的な厚い音にも負けず、ジェクトの低い声はスコールの耳に届いた。
彼が震わせた空気は少し熱い。
それもそのはずだ。
戦闘中に、二人は他のメンバーと分断されたのだった。
上位レベルの幽玄の道化は、オリジナルの思考回路をも搭載しているのか、トリッキーな魔法でスコールたちを幻惑した。
気が付けば、ラグナ、ヴァンとは歪みで隔てられていた。
魔法の喧騒が嘘のように、今はよく知る雨音に全てを阻まれている。
巨木のおかげで二人は濡れることを免れているが、白く烟る景色は、ここがどこであるかは教えない。
放り出された場所が、ただここだったのだ。
ジェクトもまた、け、と悪態を吐く。
獲物に逃げられたと言わんばかりの態度だ。
スコールは、自分では認めにくかったものの、確かに分断されたラグナとヴァンの安否を気にしている。
明らかに、戦闘能力が偏ってしまった。
せめて自分とジェクトがバラければ良かった。
その上、ここに道化の姿がないことを考えると、ラグナたちが追われていることになる。
ライトニングたちとの合流地点には近かったが、どうなることか。
スコールは眉間の皺にを一つ増やして、ジェクトをちらりと長い前髪の奥から見た。
しかしジェクトの態度は不遜だった。
己の力の着地地点ばかりを気にしているようだった。
獰猛な力の発散ばかりを思って、ぎらぎらとしているのだった。
一層強く、傷を擦ってしまう。
そうありたいと、不意に思ってしまうのだ。ジェクトのようにありたいと。
しかし瞬時に選ばれるスコールの思考はそれとは遠い。歯噛みする。
ジェクトの豪放なる力のあり方は、多分、獅子に似ている。
圧倒的なプライドで、己のあり方を突き詰める姿勢。
何に囚われるでもなく、ただ自在に、風を従えて振るわれる力。
この雨も、切り裂くであろう赤銅の肉体は、再び唸る機会を待っている。

「走って抜けちまうか?」

ほら、その準備は万端なのだ。
屈伸する膝。
葉から溢れる雫を受け取っても気に止めない肩、胸。
鬱陶しそうにかき上げられた髪は、湿気を含んで膨れ、ますます鬣の様だった。
傷が、疼く。
嘲るように、雨は激しい。
ジェクトはあ?と唸った。
そしてスコールの傷を擦る手を取る。

「止めとけよ、赤くなってんぞ」
「…痒いんだ」
「あー」

傷は、湿度に反応する。それから、荒れる心に。
ジェクトはもう片手でスコールの前髪を上げた。
傷を診る様な仕草で、スコールの顔を覗き込む。
温度の低い炎の様な赤い瞳に炙られて、スコールは止めろ、と仰け反ろうとした。
雨がだかだかと、煽っている。
間に合わなかった。
ぬるりとした感触と共に、ジェクトの厚い舌が、その傷を被っていた。
食べるつもりであるかのように、大きく、赤い舌が、動く。
べろり、大きく舐め上げられる感触。音がしそうだ。
一瞬、スコールの胸を過ぎるのは、被食の快感。
疼きに与えられた、慈愛の一触。
離れた後も、熱は留まる。

「おら、収まったろ?走んぞ」

その大きな手が、スコールの頭をぽんと撫でた。
雨粒を従えた背中が、目の前に進み出る。

「なに、を…」
「あんまりごちゃごちゃ考えてんなよ。あいつら助けに行くんだろ?」

言い置いて、雨に踏み込むその足は、男のものだ。
だかだか、穴の開いているであろう地面を踏みつけている。
雨に構わない背中が広い。
遠雷が鳴いた。
ジェクトの逞しい首が、解されるようにぐるりと回される。
これが悔しさだと、スコールは思った。
再び傷に伸びることがなくなった指先が、拳の中に収まった。
従順。
ジェクトの、完成された体が、走るために動き出した。
そしてスコールの体は、明確に追う姿勢をとった。






writer あさと







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