Happy Happy Wedding
休息日は各自が自由に過ごせる貴重な日だ。
探索が一区切りついた時やイミテーションの活動が沈静化した時など、年長組が機を見計らって突然決定される事が多い。
割り当てられた当番さえ忘れずに行えば、鍛練をしようが昼寝をしようが構わない事になっている。
ただし聖域周辺以外の場所へ出る場合は原則二人以上、かつ探索によってイミテーションの数が減少していると分かっている地域に限られた。
その日も突然、明日の休息日が決定された。
急に訪れた自由時間だとしても皆は順応するだろうライトの一存で決まった事だった。
それは予想通りと行き、バッツとジタンは宝探しに出る計画を立て始め、スコールとティーダはカードゲームの続きを、オニオンはクラウドに剣の稽古を頼み、フリオニールとセシルはアイテムの在庫確認や補充、武具の点検の話し合いをしていたが、話は逸れに逸れていつしか互いの髪質を褒め合っていた。
一体何がどうしてそうなったんだろう、ライトは首を傾げながらも一時の平穏を喜ぶ仲間達の笑顔に自然と頬が緩んでいた。
ふとソファへ視線を向けると、何処か浮かない表情のティナが沈み込んでいた。
先日晴れて、お付き合い、というライトにとっては前人未到の行為をする事になったのだが、その彼女の小さく可愛らしい唇から溜め息なんて漏れたものだから、視線を外す事が困難となってしまった。
誰よりも存在感のあるライトの視線にティナが気付かない筈も無く、顔を上げた途端に二人の視線はがっつりぶつかった。
大きな瞳を瞬かせるティナを可愛らしいなと思いつつ、視線を外せずにいると躊躇いがちにティナが唇を開く。
「なに、かな…?」
「あぁ、いや…」
ふと浮かんだ邪念を吹き飛ばすかのように、ライトは軽く頭を振りながら返事をする。
その姿に、ライトが口籠るなんて珍しい、と聞き耳を立てていたセシルがフリオニールを突っついた。
暫く思案していたライトだったが、いつもと違う様子のティナが気になるのか、決意し隣へと腰掛ける。
その事でティナの肩が一度跳ねた事に気付いたのはティーダだけだった。
「…元気が無さそうだ。何かあったのか?」
精悍な表情を目前に、ティナは首を左右に振る。
気付いて、気付かないで、気付いて。
乙女心がゆらゆら揺れていた。
「そんな事無いよ」
そう言って微笑む表情は誰が見たとして何かを隠しているものだったが、人に言えない悩み事を抱えているのだろうと理解したライトは「そうか」と一言返事をしただけで、それ以上問う事を止めてしまった。
その事にがくーっと頭を垂れたのは当事者の二人以外。
「集合!」
腕を伸ばし全員集合を掛けたのはセシル。
指笛を吹いてそれを促したのはティーダ。
きょとんと呆けるライトとティナを置いて、皆で円陣を組んだ。
「あの人どんだけ鈍いの?」
「ティナの構ってオーラに気付かないなんて…ある意味天才だな」
「こりゃあ、遂にあの作戦を実行する時か?」
「明日は休息日だし、丁度いいな!」
オニオンとクラウドはライトの鈍さに溜め息を吐き、バッツとジタンは何かの作戦とやらの実行を思案し、スコールとフリオニールは目を合わせてしっかり頷いていた。
円陣を解いたセシルは腕を組んで二人に向き合う。
若干殺気がライトに向けられ本人も其れを感じ取っていたが、ティナは相変わらずきょとんと小首を傾げていた。
「という事で、明日は二人で出掛けておいで」
「…は?」
「えっ?」
突然の言葉に戸惑うライトとティナ。
二人で、という事は、お付き合いをしている二人にとってはつまりデートなわけで。
それを理解して頬を赤らめたティナの可愛らしさに微笑むセシルはまるで彼女の兄のようで、そっと頭を撫でながらティナが気掛かりにしているだろう当番について切り出す。
「ティナの当番は僕達が分担して引き受けるから大丈夫だよ」
「私のは…」
「今度僕達の誰かと交代に決まっているだろ?」
「なるほど…」
ライトには手厳しかった。
けれど日頃率先して当番を行っているライトに休んで欲しいと思っているのは皆一緒で、ならばここぞとばかりにティナとデートをさせてしまえ作戦が施行されたのだった。
本当の作戦が裏に隠れているとはつゆ知らず、皆に押し切られるまま二人は躊躇いながらも首を縦に振った。
「わぁ…!」
「これは…」
目の前に広がるのは空を映し出す程に澄んだ湖。
きらきらと輝く水面は瞳へと反射し、その眩しさにライトは目を細めた。
バッツとジタンによって地図に記されたこの湖は、誰が訪れたとしても宝物と呼ぶに相応しいだろう。
二人に、デートスポットとして最適の場所がある、と教えられた場所は聖域の北西、コーネリアより僅かに北へ進んだ山岳の麓だった。
一体何が最適なのだろう、疑問に思いながら林を抜けた先には荘厳な湖が控えていた。
秘境と言われても不思議ではない、聖域とはまた違う神秘的な空気に満ちていた。
こんな場所がコーネリア北にひっそりと姿を隠していたとは、二人の宝探しとやらも案外無下に出来たものではない。
二人への身の振り方を改めよう、そんな事を考えていると、視界の端に小さな影が走った。
湖畔に水を求める小動物が顔を覗かせてきた為、思わず食糧だ、とライトは足を踏み出そうとしたが、隣で「可愛い」と呟く声が聞こえたのでその一歩をぐっと堪えた。
ティナは胸の前で両手を合わせながら周囲をぐるりと見回すと、思わず感嘆の息を小さな唇から零す。
輝く瞳を盗み見したライトは何とも言えない気恥かしさに駆られ、崩れそうに無い天候を心配した。
「こんな素敵な所を、二人はずっと隠していたのね」
言葉は不満そうだが口調はとても穏やかで、合わせていた手を解くとその片手を伸ばし、空を見上げたままのライトの手を掴んだ。
健全なお付き合いを進めていたライトにとって、ティナの思わぬ行動に戸惑いを顕わに目を見開く。
「手、つなご?」
「…あ、あぁ」
もう繋いでいるじゃないか、言葉ならなかった言葉は胸の内に隠し、ティナの小さくほっそりした指を壊さないように、大事に大事に握り締めた。
ライトの逞しく硬い手をぎゅっと握ったティナは嬉しそうに、繋がったそれを一度振ってみせた。
たったこれだけの事で喜んでもらえるなら、ティナの幸せそうな笑顔を見る事が出来るのなら、もう少し大胆に行動しても構わないのだろうかとライトは自問する。
答えは一人で見出せそうにない為、戻ったら皆に聞こうとライトは小さく頷いた。
湖畔に寄ると二人の気配に気付いた野兎達は敏感に逃げ出し、遠くの草むらからひょっこり顔を覗かせる。
ティナが小さく手を振ると驚いた様子で頭を引っ込めてしまった。
「驚かせちゃったみたい」
「此処は彼らの領域なのだな。少しだけ借りる事にしよう」
言うなりライトは繋いだままの手を僅かに引き、ティナを引き寄せながら歩き出す。
しかし普段は目的を持って歩む両足は当ての無い旅に戸惑い、歩幅の狭い少女に合わせようと何処か必死だ。
ティナといえば、ライトよりも大分目線が低い為彼のぎこちなさに気付いて顔を上げるが、普段滅多に見る事が出来ないだろうライトの表情に瞬き、少年のような初々しさに思わず頬を染めた。
きらきらと輝くのは湖だけに止まらず、隣を歩く恋人が眩しくて、そう感じる自分の心が少しだけ恥ずかしくて、ティナは誤魔化すように視線を下げる。
けれど、今は二人きり。
恥ずかしさをも、きっとライトは受け止めてくれるだろう事は分かっていた。
いつも皆に優しいライトだから、恋人として付き合う事になっても何処か遠慮していたけれど。
(せめて、今だけは…)
独占しても、構わないのだろうか。
この気持ちを伝えたくて握る力を少しだけ強めると、返事をするかの様にライトの指の力が僅かに強められた。
「皆に、気を遣わせてしまったな」
「…そうだね」
同意を示すティナはそれでも楽しそうに、嬉しそうに微笑みながら、躊躇う手を懸命に伸ばしてライトの逞しい腕に絡み付く。
高鳴る心臓を静めようとして息を吐き、やがて異変に気付いた。
「ライトさん、心臓の音が大きい」
「ティナにそうされては、私も平静ではいられないさ」
困った風に眉尻を下げた表情は甘く、とくん、とティナの胸が一度、高く響く。
たくさん好きなのは、自分だけでは無くて。
同じように、もしかしたらそれ以上に、彼は自分の事が好きなんじゃないかな、と、ティナは言葉に出さず呟く。
そして己の貪欲さに戸惑った。
こんな感情はどろどろで、あまり気持ちの良く無いものだと思ったけれど、ライトに隠し事はしたくなかった。
「私って、欲張り、かも」
「…欲張り?」
ライトはティナの思わぬ言葉に、切れ長の瞳を見開き瞬く。
ティナは頬を朱に染めて口籠るが、やがて決心がついたのか照れにより潤んだ瞳でライトを見上げた。
その仕種でライトの心臓は一層跳ね上がったが、それに気付かないティナは唇を開く。
「ライトさんにね、もっともっと、私の事を好きになって貰いたいなって、思ったの」
それは二度目の告白。
ライトの事が大好きな気持ちが溢れてしまい、一人では背負う事が出来なくなってしまった。
自分の好きと同じくらい、願望としてはそれ以上、愛されたいと願うティナは己の力に脅える少女では無く、ごく一般的な理想を持つ一人の女性だった。
そのいじらしさに心惹かれない男などいない。
ましてや愛する女性にそうされては、尚の事。
自然と笑みが零れている事に気付いたライトは、隠しもせず、染まったティナの頬に片手を添えた。
逃げも、脅えもしない。
彼女の瞳に映る者は、己だけ。
独占欲なんて知らなかった感情を呼び覚ましたのは、相手がティナだったからだろう。
愛する人に触れる事が出来る喜びを知ってしまった、離したくないと思う、この感情を。
「比べるものなど何も思い付かない。だが私は、君を誰よりも愛している」
感情の起伏が少ないと自覚しているが故に、淡泊に聞こえるかもしれない、柄にも無く不安が過る。
けれど目前の大きな瞳は更に見開き、ほろり、透明な雫を一粒零した。
「っ…!ティナ…っ?」
途端にライトは混乱に陥った。
一粒に抑えきれなかった涙は赤らんだ頬を伝い落ち、ほろほろと顎から滴る、その姿を美しいと思ったのも一瞬、ライトの心臓は先程以上に騒がしく脈打ち、予想外なティナの反応に対処が不可能だった。
ティナは口元を押さえ、嗚咽無くただ涙を流していた。
「す、っすまない、泣かせるつもりは毛頭、無かったのだが…っ」
焦燥を顕わにしたライトはティナの目元をそっと指で拭うが、栓を無くしたように後から溢れ出ていく。
ティナが見上げると、其処には眉を寄せ戸惑いに揺れる瞳、宥める言葉を探すも見付からず開いては閉じる薄い唇。
秩序の戦士が皆知っている精悍な表情は崩れ、恐らく誰も見た事が無いだろう表情を繰り返していた。
ティナは一度鼻を啜ると、ふふ、と目を細めた。
「…あのねライトさん。私、ひとつ分かった事があるの」
「分かった、…事」
焦燥感満載のライトはティナの言葉を反芻し、乱れた息を整える。
女性の涙は勇者の心までをも揺さぶる、恐ろしい魔力を秘めていた事実にライトは驚愕していた。
愛する人の涙ならば動揺も倍増だろう。
ライトの思惑を遮るようにしてティナは頬を濡らす涙を手の甲で拭った。
「嬉しくても、涙は出てくるみたい」
涙で輝く瞳を細め、花の様に笑うティナ。
その可憐な姿に、このまま時が止まればと背徳の心が一度揺れた。
堪らず手を伸ばし華奢な身体を腕の中に収めると、確かな力で己の背に腕が回される。
壊さないように、大事に、大切に、愛しい愛しいと溢れ出す想いを伝えたくて、抱き締めた。
小さな身体は震えたけれど、縋るような体温が心地好くて離れる事は困難だろう。
この命に代えても守りたいと思う者は多いが、この命と共に生きたいと初めて願った。
神に仕える戦士としては失格だろうか。
それでも人として人を愛する事を覚えた感情は捨て難く、怯える心を隠すようにティナに縋った。
「私も、ライトさんが好き。…大好き」
「ティナ…」
孤独な心の隙間を互いで埋め尽くし、それをも越えて一つになる事が出来るのならと願う程に。
一つならば離れる事も寂しさを感じる事も無く、ずっと一緒にいる事が出来る。
けれど肌で感じる互いの体温に、触れあうからこそ愛しさを倍増させた。
手をしっかりと繋いだまま、聖域へ揃って足を踏み入れる。
ホームの玄関扉を開くと待ち構えていたのはオニオンとセシルとバッツの三人で、まるで裏が有りそうな笑顔でにっこりと微笑んでいた。
「おかえり」
「おかえりなさい!はいティナはこっち!」
「ライト、ちょっとティナ借りるな!」
「ただい…えっ?」
返事をする間も無くティナの手を引いたオニオンとバッツはそのまま階段へと走り出す。
拒否する事も出来ずに引っ張られるがまま、ティナはライトへ一度視線を向けるも二人に引かれて二階へ行ってしまった。
一瞬の出来事により呆然とその光景を見送っていたライトだったが、漸く我に返り追い掛けようとした。
「おい…!?一体どうし…」
「はい、ライトはこっち」
「なっ」
すれ違いざまライトの手を取ったセシルは喜色満面でリビングへと足を向けた。
しかしライトはティナの様子が気になるのか踏ん張り、その場に止まろうとしていた。
怪訝そうに眉根を寄せ、手を引くセシルに抗議する。
「離さないかセシル、一体どうしたというのだ」
「…いいから、僕の言う事を聞くんだ」
「っ…」
目を細め口端を上げたセシルの声色は怒気を含み、いつかバッツが言っていた暗黒パラディンとはこの事か、とライトは生唾を飲み込む。
これは反抗しない方が身の為だろう、そう判断したライトは大人しく口を閉じた。
引かれるままリビングへ足を踏み入れると中で待ち構えていたのはスコールとジタンで、セシルの言いなりになったライトを見止めた二人は腰掛けていたソファから飛び降りた。
「お、来たな〜!」
「さっさと始めよう」
「?…一体何を」
「はい、ライトは此処に座ってね」
セシルに背後から両肩を叩かれ、すとん、と強制的に椅子に座らされてしまった。
椅子なんて何時の間に用意したのだろう、疑問に思うも今のセシルなら何でも出来る気がした。
目前まで近付いてきたスコールとジタンは互いに顔を見合わせ、しっかりと頷く。
ジタンはにこにこと楽しそうで、それに感化されたのかスコールもいつもより纏う空気が柔らかい。
仲の良い兄弟のような、多くを乗り越えてきた親友のような、そんな二人の関係を微笑ましく思っていたライトだったが、現状がさっぱり把握出来ずにいた。
ずずいとライトに顔を近付けたジタンがにやり含み笑いを浮かべると、ライトは堪らず怪訝に眉を寄せる。
「んじゃ、いいって言うまで目を閉じててくれよ」
「…だから、一体何をするんだ。理由を話さないか」
「今話す事は出来ない」
「では私も素直に従うわけにはいかないな」
皆が何かを企んでいる事くらいは昨日の様子からライトも気付いていた。
ただそれが何か分からない以上、従うべきでは無いと判断したのだ。
ライトに忠実で真面目なフリオニールや、暗黒パラディン状態だとしても秩序の兄的存在のセシルが関わっているから大事には至らないと思うが、やはり無難な選択をしていきたい。
ライト対スコール、ジタンの睨み合いは続き、やがてライトの背後でセシルがにっこり微笑んでいる姿が見えた瞬間にジタンは勝利を確信した。
「ライト、悪いけどあまり時間が無いんだ。我儘はそのくらいにしてくれないか」
「わが……私は当然の疑問を浮かべているだけだ」
「いい加減にしないとスコールに絶交されるよ?」
「なんだと…!?」
仲間大好きなライトにとって絶交は死を宣告されるよりも辛い事だ。
その上スコールにだなんて、修復は不可能に近いだろう。
それは避けたい。絶対に避けておきたい。
ちらりとスコールへ視線を向けると、しっかりと頷かれた。これは不味い。
ぐぐ、と奥歯を噛み締めたライトは苦渋に表情を歪め、最終的に溜め息を吐いて凛々しい瞳を瞼の裏へと隠した。
「…これでいいのだろう」
「うん、いいこ。何があっても動かないでいるんだよ」
頭を撫でられる感覚に再度溜め息を吐くと、目前より嬉々として迫る気配を感じた。
背後からはセシルにより纏っていた外套を勝手に外され、代わりに他の衣服の袖を通された。
それは着慣れない、ぱりっとした感覚の衣服で、思わずライトは目を開きかける。
「ライト、めっ」
途端に鋭い声が響き、ライトは渋々瞼に力を込めた。
何をするか分からないが、楽しそうな皆を感じる事が出来るのは堪らなく嬉しい。
小さな幸せをほんのり噛み締めていると、スコールとジタンは何の準備をしているのか、やがて髪に触れられた事によりこの伸び放題の髪をどうにか大人しくさせようとしている事に気付いた。
量が多く、毛先は痛み、硬度は高い。
自身でも理解している髪質に唸り声を漏らすジタンの横から、自信に満ちたスコールの声が届いた。
「俺に任せろ」
そうして髪に吹き付けられる液体の香料に若干咽つつ、ライトは「皆当番は終えたのだろうか、ティナはどうしているだろう」と全く別の事を考える事で時間の経過を待った。
時々櫛が髪に引っ掛かり、その都度思考が途切れたが、スコールの必死さに免じて平気なフリを突き通した。
やがて左肩で一纏めに縛られただろう感覚に、満足そうなジタンとスコールの声が耳に届く。
「カオスより手強かったなー」
「あぁ、強敵だった」
自分の髪がカオス以上の難易度だった事を知ったライトは若干衝撃を受けつつ、何やら未だに不明だがその何かが終わった事に安堵し、思わず瞼を開けようとした。
「ライト、待て」
「………私は犬か」
セシルの大きな手で目を覆われ、光に触れる事を制止される。
一体いつまでこのままの状態なのか、問おうとした時に両手を掴まれた。
「これから移動するから、俺らの手握ってろよ」
「ふむ」
右手を握られた手は僅かに柔らかく、まだ少年らしさが残っているこの手はジタン。
左手を握った手は見た目に反して熱を持ち、温もりが心地良いこの手はスコール。
普段照れが先行して触れてくる事の無い二人の熱に、ライトは気付かれないよう口端を上げた。
目を閉じ引かれるがまま連れ出された場所は恐らく玄関口だろうか、そしてセシル達三人以外の人の気配を感じた。
その気配から察するに、どうやらオニオンとティナ以外の皆が勢揃いしているようだ。
そわそわと落ち着かない皆の様子に、不思議と此方まで緊張してくるな、とライトは胸の中で呟く。
やがて二人の足が止まると、誘導していた手が離された。
「…一体何が始まるのだ」
用意周到な皆の企みに期待し始めたライトの口調と表情は穏やかで、怒っていない事に安堵したのは人一倍緊張していたティーダだった。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、二階から降りてくる気配にさっと顔を上げる。
目を閉じたままのライト以外、息を飲んだ。
こつ、こつ、静寂の中響くのは歩く誰かの踵の音。
耳を澄ますと少し高い位置から聞こえる辺り、どうやら緩い螺旋の階段を降りてきているようだ。
「ティナ…?」
聞き覚えのある足音に思い浮かぶ少女の姿。
やがて階段の踊り場で足を止めた人を、目を閉じたまま見上げた。
周囲は感嘆の息を漏らし、気配がざわりと騒がしい。
一体何が起こっているのか、知りたくてもスコールの絶交が恐ろしくて瞳を覗かせる事が出来なかった。
眉根を寄せると、漸く許可の声が届く。
「ライト、目開けて良いっスよ」
ティーダの言葉に頷くと、闇の世界を見ていた瞳が光を映し出す。
最初は階段。
徐々に、誰かの足元。
そうして完全に瞼が開けられると、瞳に飛び込んできたのは純白の天使。
穢れを知らないシルクのドレスを纏い、照れた風に目を細め、嬉しそうに口元を緩め、恥ずかしそうに頬を赤くさせた、可憐な少女の姿だった。
ドレスの裾はオニオンが持ち、金糸の髪は推測するに恐らくバッツにだろうか、器用に結い上げられ、誓いのヴェールが少女の気恥かしさを僅かに隠していた。
「………」
普段と全く違う姿をしたティナの、それでも洗練された美しさに呆けたライトは動けず、唇を薄く開けて呼吸をするだけで精一杯だった。
何も言わない、言われないこの時間がむず痒く、ティナは瞬きを繰り返す。
全く世話の焼ける、と動いたのはクラウド。
固まったままのライトはクラウドが肘で突いた事により漸く我に返り、ティナの美しさを言葉に表現しようとしたけれど、思い浮かび羅列したそれらはどれも安っぽくて口に出す事が躊躇われた。
普段の姿は勿論可愛らしいけれど、見慣れないドレス姿は更に美しい、とか、フリオニールののばらが霞んで見える、とか、思い浮かぶ言葉は全て子供染みていて、ライトは途方に暮れた。
ただ、彼女が愛おしい。
どんな姿をしていてもそれは常に抱いている感情。
ふと、不意に抱き締めたくなった。
感情に促されるまま、ライトは両腕を伸ばす。
そうして先程着せられた服の袖が見え、真っ白なジャケットを羽織らされていた事に気付いた。
しかし今はそんな事よりも、目前の愛しい人に己が持つありったけの愛を与えたいと思い願う。
嬉しくも恥ずかしさが先行し一歩を躊躇うティナに、ライトはこれ以上無い程甘く誘い、微笑んだ。
「おいで」
「……っ」
転ばないようにドレスの裾を持ち上げて、けれど衝動的に残り三段を蹴り飛ばしたお転婆少女は、受け止めてくれると信じているライトに手を伸ばした。
飛び込んでくるティナをしっかりと抱き止め、華奢な身体を壊さないように、ぎゅっと抱き締める。
存在しないのに香る花の匂いを感じた。
「どうよ俺の力作!」
「ちょバッツ空気読め」
爛々と瞳を輝かすバッツに手刀を振り下ろしたセシルの攻撃は手加減無しだ。
離し難いがティナをそっと降ろしたライトは二人に向き合い、一体これはどういう意図なのかと当然の疑問を投げ掛けた。
バッツとセシルは顔を見合わせて仲良く「へへー」と笑みを深くし、周囲の皆も満足気に微笑んでいた。
「結婚式をね、挙げようと思ったんだ」
サプライズで行う事になった企みの説明役を引き受けたのはセシルだった。
しかしライトとティナは同じ方向に首を傾ける。
「「結婚式?」」
その様子に、やっぱり知らないのか、と苦笑しつつ、セシルは根気良く説明しようと決意する。
しかしセシルを遮って一歩を踏み出したのは隣にいたバッツだった。
「簡単に言えば、愛し合う二人が永遠の愛を誓う儀式みたいなものさ」
「…では、この衣装は?」
「儀式の装束みたいなもんだな」
「なるほど…」
「そうなんだ。でもこんな華やかなドレスで儀式だなんて、素敵ね。…ライトさんも格好良い」
短い説明で二人を納得させたバッツを流石だと褒め称えつつ、常と違う髪型と衣服姿のライトをうっとり見上げるティナのいじらしさに皆は胸を高鳴らせた。
バッツはヴェールの位置を直しつつ、少し乱れたティナの髪を修正しながら自画自賛した。
「結婚式はどっちかってーと女性が主役だからさ、髪のセット、頑張っちまった」
「ふふ、こんなに素敵なの、初めて」
「髪型ひとつで印象が大分変わるものだな…こちらもよく似合っている」
「ライトさんも何だか今日は髪が、えーと、大人しい…?」
ぶふっ、と吹き出したのは当人達以外。
セットしたジタンとスコールもティナの発言に溢れる笑いを隠せなかった。
普段大人しく無い髪型のライトは肩でひとつに束ねられた髪に初めて触れ、そうして頷く。
「確かに今日は大人しいな」
「うん。でも普段のもふっとした方も、ふかふかしていて私は好き」
狙ってのボケか、ただの会話の一環か、天然カップル同士の会話は突っ込み所が多すぎて逆に誰も突っ込めない。
突っ込んだ所でぽかんとされてしまうのがオチだ。
やれやれ、と肩を竦めたのは二人の幸せを心から願うフリオニールで、彼もまた若干残念な天然が含まれている為に二人の世界へ割り込む事が可能だった。
「ほら、まだ最後の儀式が残ってるだろ?」
「おっと、そうだった」
皆の思考を路線に戻したフリオニールの声が響き、我に返った各自が配置に付く。
事前に用意してあった賢者のローブを纏ったオニオンが二人の前へと一歩を踏み出し、裏の無い笑顔を浮かべていた。
結婚式で何が行われるのか知らないライトとティナは再度揃って首を傾げる。
「僕の言う事に本心から答えてくれるだけでいいんだ」
「それが儀式とやらか」
「うん、分かった」
真摯に頷く二人に、僅かに緊張した面持ちのオニオンは一度軽く深呼吸をし、やがて渇いた唇を開いた。
「…二人は互いを愛し、守り抜き、共に生きる事を誓いますか?」
「無論だ。誓う」
「誓います」
疑問符を投げた瞬間、即答だった。
その早さと躊躇いの無さにオニオンは一瞬たじろぎ、他の皆も呆気に取られたように瞬いていた。
どのように答えるのかまるで知っていたかのような二人の瞳は純真一色。
この問いは愚かだと思わずにはいられない、オニオンは苦笑を洩らす。
「…では、誓いの口付けを」
契りを交わす最後の儀式。
人前でするなんて、はしたないと思っていた二人だったが、その行為が神聖な儀式の一環だと思えばその感情は消え去った。
向かい合った二人は少し照れ臭くはにかみ、ライトはティナとの距離を遮る薄いヴェールを捲り上げた。
身長差がある為、ライトは精一杯に身を屈め、反対にティナは爪先に力を入れて立てる。
ライトはティナの華奢な肩に片手を置き、片方は赤く色付いた頬に添えた。
やがてゆっくりと近付くライトの精悍な表情に胸をときめかせながら、その時を待ってティナは瞳を閉じる。
瞬間、唇に感じたライトの温もりに、涙が一筋、ほろりと頬を伝った。
「…ティナ、愛している」
ライトの唇はティナの美しい涙を掬い、心底幸せそうに淡く微笑んだ。
愛しい愛しい、ライトの笑顔にティナの胸は未だかつてないほどドキドキと騒がしい。
全てを受け止めてくれる彼だから、ティナは思い切りライトに飛び付いた。
「私も、愛してる!」
「むっ!」
油断していたライトは軽いティナを支え切れず後ろへと倒れ込み、背後に居たクラウドとティーダは慌てて飛び退いた。
ごつんといい音が響き、ぶつけた後頭部を撫でながら、それでも嬉しそうに抱き着いてくるティナの背を支えて上体を起こす。
視線がぶつかった瞬間、どちらともなく再び唇を重ねた。
同時に湧き起こる歓声と拍手の波に二人は照れ笑いを浮かべ皆を見上げた。
「おめでとうー!」
「おめでとうライト!ティナ!」
「ティナちゃんを幸せにしろよな!」
様々な色の紙を花びらに見立てて四方八方から二人に撒き散らす。
この場を用意してくれた皆にいくら感謝をしても足りないと思った。
ならば行動で示すのみだ、と、紙吹雪がひらひら舞い散る中でライトはティナの膝の裏に腕を滑り込ませ抱き上げた。
「ティナ、君を必ず幸せにすると誓おう」
「…うんっ」
幸せ、というものがどんな色を、形をしているのか知らない。
愛というものがどんなものかも、今まで知らなかった。
己と同じように何も知らない彼と出会い、手探りながら全てを知った。
これ以上幸せになっても良いのだろうか、そんな疑問は吹き飛んでしまった。
どうやら欲張り屋さんは対象がライトだと尽きる事が無いらしい。
淡く微笑む花嫁は花婿の首に腕を回し、大胆にも己から唇を奪ったのだった。
writer 10
…………………………
いつか書きたいと思っていたライト兄さんとティナの結婚式話を、こんな形で作品にする機会が出来た事に感謝です。クジ神様降臨なされたー!お読み頂きありがとうございました。