嫌いと好きはなんとなく似てるのかも
一言で言えば嫌いなタイプの集合体。クジャと初めて会った、というか話した、というか戦ったとき、そんなことを思った。
だってさ、出会っていきなり自分の強さをベラベラ自慢してきて、オレが耳にタコが出来たよーってげんなりして「なあ、戦う気がないなら、もう帰ってもいいよな」って言ったところで魔法をドカーン! ってオレの前にぶっぱなしてきて「キミは僕の演説を最後まで聞く義務がある」だの「この有り余る力を誰に、つまるところ偶然出くわしたキミにぶつけたくてたまらないんだよ」だの、とにかく好き勝手にしゃべりまくったあとに一方的な戦いの始まりだよ、まったく、冗談じゃないっての! ま、全部避けてやったけど。
なんでも、異世界にきていきなりすごい力を手に入れて浮かれてたところで、オレに出会ったらしい。それでオレは運悪くクジャの自慢に巻き込まれたって感じらしい。で、好きなだけ暴れまくったクジャは「ふふふ……この力さえあれば、あいつを倒せる!」とか自信満々に言ったあと、満足したのかフラフラとどっかへ飛んでいった。オレはそれをぽかーんと見送ってた。イヤミっぽい話し方に強さ自慢、よく思い出せないけど、元の世界でオレが嫌いだったヤツの何人かに当てはまるんだよな、これ。……あれ? 自分から飛んだ癖に、飛べることに驚いてやんの。ヘンなヤツ……。
そんなこんなで、オレのクジャに対する第一印象は最悪だった。そのせいかオレの中でクジャはかなり強い印象が残ってたんだけど、反対にクジャはオレのこと、ちっとも印象に残ってなかったらしくてさ、しばらくしてまた会ったときに「今度はオレの独壇場にしてやるからな!」ってタンカを切ってやったら「おや、初めてみる顔だね。なんというか、とても単純そうな顔をしているねえ、キミ」って言われた。オレのタンカ完全に無視しやがった。そのけろっとした態度にますます腹立ったんだけど、こいつといろいろ事情があるらしいジタンから「興味のないことには適当なやつだからあまり気にするな」ってアドバイスしてもらってたから、そこまで頭に血はのぼらなかった。
でも、こっちは忘れたくても忘れられないくらいだってのに、相手はキレイさっぱり忘れてるってところが、やっぱり腹立つっていうか、納得いかないって思った。
そこで、なんでそう思ったかはよくわかんないけど、クジャにオレへの興味を持たせようと思ったんだ。嫌いなヤツなのに、なぜか気になって仕方なかったんだ。オヤジをブッ飛ばしてやろうと探す一方で、クジャを見かけたら必ず戦いを挑むようになった。しつこくしつこく、何度も何度さ。
んで、繰り返し顔を合わせ続けたおかげか、流石にクジャもオレを覚えてくれた。それが地味に嬉しかった。だってさ、何回も何回もまるで初対面だと言わんばかりの態度をされるんだ、そりゃムキにもなるってもんだろ。
でも、喜ぶオレとは違って、クジャは会うたびにつまんなそうな顔で「またキミか。何度挑んでも無駄なのに、こりないねえ」なんて言ってた。その言い方にカチンときたのか、つい「アンタの魔法が全然オレに当たらないから、何度も会うことになるんじゃない?」って、思いっきりケンカ売るようなこと言っちゃってさ。しまった、って思ったんだけど遅かった。当然クジャはカンカンになって、いつもより激しい魔法を連続ドッカンドッカン撃ってくるんだよな。ま、全部避けてやったけど。
なんとなく、なんだけどさ、何度も戦ってる内にクジャのことがわかってきてさ、強い力を手に入れたって言うわりに、クジャはその力を使いこなせてないみたいなんだよな。力に体が追いついてない、って感じに見えた。だから「まずはその力をさ、自分のものにすることから始めりゃいいんじゃないか?」って、また言わなきゃいいこと、つい言っちゃったんだよな。まあ、当然クジャはそのことを認めないでさ、顔を真っ赤にして「じゃあ、キミにその練習に付き合ってもらうよ!」って怒鳴って、あとはもう、めちゃくちゃに魔法撃ちまくってきたりしてさ、ちょっと大変だった。んで、それからは毎回会うたびにオレは有無を言う間もなくクジャの先制攻撃を喰らってた。そう、オレからだけじゃなくて、クジャからもオレに会いにきてくれるようになったんだ。
ときには目の敵にしてるジタンよりもオレを優先してきたりして、ジタンからは「適当にあしらってやってくれ」なんて申し出なさそうに言われたけど、オレは嫌な気持ちなんて全然感じてなかった。オレのところに来てくれた! って、心の中ではしゃいでた。
そうやって何度か戦いを続けてたある日、魔法を撃ちまくって疲れたらしいクジャが、オレの前にフラフラと下りてきて言うんだ。「薄々、気づいてはいたんだけど、キミの言う通りみたいだ。せっかく与えられた力を、僕は全く使いこなせていない。キミは……僕以上に僕をよく見ているみたいだね」ってさ。オレ、かなり驚いちゃってさ。クジャがまともに話しかけてきたの、これが初めてだったんだ。でも、なんて言ったらいいかわかんなくて、どうしたらいいかわかんなくて、とりあえず、クジャの顔をまじまじと見てみた。
こんな間近でクジャの顔を見たの、初めてだった。改めて見ると、キレイな顔だなーって思った。ちょっと化粧が濃いけど、本当に男なのかってくらいキレイだと思った。それでオレ、無意識に、本当に無意識に「濃いけどキレイだな」って言っちゃってたみたいでさ、当然ながらそれは目の前のクジャにバッチリ聞かれてた。みるみる目をほそーくさせていくクジャ。またキャンキャン騒がれるかなーって覚悟した。
だけど、クジャは目を細くしたままオレに「日に日に濃くなっていくんだ、僕の化粧。無意識の内にどんどん濃くなっていく。だけど、無意識に、とは言ったけれど、僕はわかっている。化粧が濃くなった理由が」と言ってきた。
化粧って女の子が自分をかわいく、それかキレイに見せるためにやるんだよな? それは男の場合でも同じなんだと思うけど、クジャが言う理由ってのは、どうやらそれとはちょっと違うみたいだ。気になるけど教えてくれないだろうなって黙ってたら、クジャが「理由、聞きたくないのかい?」って言ってくるんだよ。細めた目を心なしかニコッとさせてさ。その言葉になのか、目になのか、どっちかわかんないけどオレはとにかく、クジャを見て心臓がドキッと大きく跳ねるのを感じた。
こうやって心臓が大きく跳ねるときがどういうときなのか、オレ、知ってる。練習中にばかオヤジの必殺シュートを上手く決められたとき、試合前にかわいい女の子たちからサインをねだられたとき、試合中におっきな胸の子が飛びはねるのを見たとき、両チームが同点でどっちが勝つかわからない試合で一発逆転のシュートをゴールに決めたとき、客席から女の子の声援が聞こえたとき、試合のあとの打ち上げで好みの女の子がいたとき、その女の子とデート出来たとき……いろいろ、本当にいろいろある。
だけど、ひとつだけ言えることは、これは、女の子に対して感じてる胸の高鳴りと、似てる。心臓を中心に、カッと体全体が熱くなっていく感じ。突然やらしい気持ちになる感じ。気持ちが高まって泣きたくなる感じ。そもそも、しつこくしつこく追い回して、オレを覚えてほしいって必死になる、この感じ。オレだって、薄々、気づいてた。この気持ちの正体。いつからか、は、わかんない。ひょっとしたら、初めて会ったときから?
オレは、好きと嫌いをよく、間違えるから……ん? あ、あれ? これは、これって、これってさ、やっぱり……オレはクジャのことを……いや、でもまさかな。だってオレもクジャも男だし。うん! ない! ないないないっ! やっぱり認められるかっての!
とかなんとかぐるぐるぐるぐると考えるオレに向かって、クジャが「なんで泣きそうな顔をしているんだい? キミは泣き虫だってジェクトから無理矢理聞かされたことがあったけれど、あれは本当だったんだねえ」とか言ってきた。オヤジの名前を出されたことで、頭の中のぐるぐるが一瞬、吹っ飛んだ。
そんな、たぶん顔をブスッとさせたんだろうオレにクジャは、なんていうか、溶けてなくなりそうなくらいふわっと、薄く笑った。で、オレは一瞬だけ吹っ飛んだ頭の中のぐるぐると胸のドキドキを復活させちゃってさ、なんかもうどうしようもない、叫びたい気持ちになった。でも、我慢した。叫ぶ代わりに「理由、教えてくれんの?」ってブスッとしたまま言った。
クジャは黙って頷いて、小さく口を開き「誰かに僕を見てほしくて、見つけてほしくて。……僕は、そこまで頭が回らないから、まず形から入ろうとしてしまうんだ。だから、自分をわかりやすく目立たせようと、どんどん化粧を厚くしていった。どんなに厚くしても、それは目立つことには繋がらないのに」って言った。そう言われて気づいた。カオスのヤツらは仲間意識なんてないんだろうけど、でもわかる。クジャはあの中に馴染めてない気がする。ハブられてるんじゃないとは思うけど、下に見られてるっていうか。そういうのが嫌な気持ち、ちょっとわかるなって思った。
クジャは更に「焦りを感じるんだ。僕はこの世界でようやく普通に力を手に入れることが出来た。でも、力があるだけではだめなんだ。キミの言う通り、全くこの力を使いこなせていない。このままではせっかくの力も宝の持ち腐れさ。やっぱり、やっぱりここでも、僕はあいつに勝てないのか……、……ふふふ、なんでこんなことをキミに話しているんだろうね。変なの」って言うと、うつ向いて黙った。あいつってのはジタンのことだと思う。クジャとジタンの間にあるなにか、そればかりはクジャも教えてくれないだろうし、ジタンも話そうとはしない。オレも、みんなも、無理に聞き出そうとはしないし、逆に、自分たちのことも、なにも言わない。思い出せてないってのもあるけど。で、言いたくなったら言う。それでいいかなって思う。だから、ジタンに勝てないって部分をあれこれ聞き出そうとは思わない。思わないけど、どうしても言いたいことがあった。
ずっとうつ向いたままのクジャにオレは「あの……さ、その……なんていうかさ……」ってもごもごまどろっこしく口を開いて、それから、やっとのことで「戦うの、やめちゃえよ」って言った。言ったあとに、やけに顔が熱くなるのを感じた。告白、してるみたいな気分になった。思わず、オレまでうつ向きそうになったけど、なんとか顔を上げたまま、ここで口を閉じたらだめだって思って、けっこう早口で「カオスのアンタに言うのも変かもしれないけど……さ、アンタさ、自分には戦うことしかないって、思ってない? ジタンと戦うことしか、ってさ。そんなこと、ないだろ? 他にもあるよ。アンタがこの世界で出来ること」って一気に言った。まだ言いたいことがあるのに、肝心なことが言えてないのに、ここまでが限界っていうか、正直、口から心臓が飛び出すんじゃないかってくらい、ドキドキしてた。
言い終わってから気づいた。いつの間にかうつ向いてたクジャがオレを見てる。泣くのを我慢してる、オレみたいな顔でオレを見てる。やめてくれよ。オレまで泣きそうになるっていうか……もらい泣きなんてカッコ悪いんだっての!
そんな必死なオレの気持ちを知ってか知らずか、クジャは「ここは戦いの輪廻が続く世界なんだよ? 戦えない者は必要のない世界。つまり遠回しに、僕に退場してほしいと言っているのかい、キミは?」って、冷静に言ってきた。お、思いっきり違う方向にとらえられてる……と思ってたら、クジャは続けて「僕のことを見てくれる。それどころか、僕を追っかけてきてくれる。ジタンですら面倒くさげに僕の相手をしているというのに、キミは僕を見てくれている……そんなキミと戦うことが、いつの間にか楽しみになっていたんだけど……仕方ないね。ふふ……誰かを巻き添えに、なんて気持ちすら、もう湧いてこないよ」とかおっかないことまで言い出した。これはいわゆる自ら命を……ってやつなのか? なんでそういう考えになるかな……そういうつもりで言ったんじゃないんだけどな。
もうまごまごしてらんないやって覚悟を決めたオレは「この世界で戦う以外のこと、見つければいいんだよ! 戦うより楽しいこと! だ、誰かを好きになるとかさ!」って、もう言葉にもなってないようなことを、クジャの絶望一色って感じの目を見て、泣いたら喋れなくなるから泣かないように必死に叫んだ。もう、オレのほうが死にたいっての……。あ、でも、ハッキリ言ったわけでもないし、やっぱりなによりオレは男だし、クジャも男だし、男が男に、とか……あり得ない、って思うのに、あり得ないことが現実にあり得てるわけで……あー! もー! 頭の中が本気でぐるぐるぐるぐるめちゃくちゃになりそうだ!
泣くのを我慢して口をへの字に曲げて、本当に情けない顔したまま立ってるオレに、クジャがそっと近づいてきた。その目は、その目に映った青い色は、オレの頭の中みたいにぐるぐるぐるぐるめちゃくちゃに揺れてる、みたいだった。
「ちゃんと言って」クジャが目の中の青い色を不安定に揺らしながら、迫ってきてまた「キミが今、思っていることを、遠回しにではなく、はっきりと言って。なにが言いたいんだ。あまり頭の回らない僕にもわかるように、はっきりと言ってくれ。キミは僕になにを言いたいんだ」ってさ、オレにハッキリ言えってさ、オレに……、……ハッキリ告白しろって、言ってきた。眉をしょんぼりと下げて、すがるような目で、オレのほっぺたを両手でそーっと包んで、そう言ってきた。こんな顔でもかわいいんだよなぁ……。
ハッキリ言えって言ってるけど、クジャはオレがクジャ本当に言いたいことを、もう知ってる。わかってる。でも、それが本当なのか確かめたいんだ。なんでこんな風に、確信を持って思えるのか、よくわからない。でもわかっちゃったんだ、クジャもオレと同じことを思ってるって、わかっちゃったんだ。これは間違った気持ちだけど、でも、言わなきゃ。言わなきゃいけないんだ。
……あー! なんかさ! こういうのって突然、気持ちが溢れてくるようなもんなんだな、って思う。だから、オレは言った。言ってやった。胃の中のものすべて吐き出すみたいに言ったんだ。「オレ、クジャが好きなんだ。いつから好きになったのか……わかんない。だってさ、最初はアンタのこと嫌いだったんだ。嫌いだけど、そんなアンタにオレのことを知ってほしくて、しょっちゅうケンカふっかけて。なんか、なんかさ、気づけばアンタのことばっか考えちゃってたんだ、オレ。……嫌いだけど、本当は……って思うヤツが、認めたくないけど、ひとりいてさ。アンタへの気持ちはソイツと似てて、でも、アンタとソイツに思ってる気持ち、違うところもあって。アンタには、アンタのことさ、女の子みたいにかわいいなって思うんだ。アンタとデートしたいな、キスしたいな、男と女がやるみたいなやらしいことしたいな、とにかくたくさんやらしいことしたいなってさ! 頭の中で認めたくない! 認めちゃだめだ! そう思ってんのにそれと一緒にバカなこともいっぱいいっぱい考えちゃってさ! アンタと戦ってるときだって、戦ってるってのに、頭の中がやらしいことでいっぱいで、だから、だから、だからさ……オレは……、……クジャのこと、好きみたいだ……」って、やっとの思いで言った。
胃の中のものすべて吐き出す、とまではいかなかった。なんで最後、尻すぼみな感じになるかなぁ……っていうか、なんか犯りたいざかりのバカみたいな感じになってるし……こんな、エロしか頭にないみたいにさ……、……いや、間違ってはないんだけどさ。
キッパリとハッキリと、とまではいかないけど、言いたいことをとりあえず言ったオレを、クジャは熱が出てるヤツみたいなぼけーっとした感じで見てる。ぽかんと口を開けて、ほっぺたを真っ赤にして、目を丸くして、オレを見てる。これはどういう反応なんだろう。やっぱりドン引き……してんのかな。ほっぺたを包んでる手が震えてるよ、なんか、かわいそうになってきた。目まで震えてるように見える。
いや、ドン引きされんのが普通だと思うけど、同じ気持ちなのかもとか期待してたところもあったし……なんか、複雑な感じだな……とか思ってたらクジャがぽつりと「キミも……そうだったんだ。いや、僕はいやらしいことなんか考えてないけど……」とかなんとか言って、それから「あの、僕もキミのこと……女の子みたいとは思ってないけれど……す、好きなんだよ! ば、ばか!」って言った。最後の好きの部分はなぜか怒鳴ってた。唇をギリッと噛み締めて、一瞬だけ怒りまくりって感じの顔をしたクジャは、すぐにふにゃっと顔を緩めて、また口を開き「僕がキミを好きになった理由なんて単純なものだよ。キミが何度も何度も僕に挑んできたから。ただそれだけさ。嬉しかったんだ。求められているみたいで。必要とされているみたいで」って言った。何度も挑み続けたかいがあったな、って嬉しく思う一方で「でも初対面のときのことは覚えてないんだろ?」ってちょっと意地悪言ってみた。また怒るかと思ったんだけど、クジャはしゅんとして「すまなかったね」と小さな声で謝ってきた。なんか、素直なのもかわいいなって思った。謝ってくれたんだから、それ以上は問い詰めないでおこうと思った。
ふわふわーっとした空気が流れる中で、同じくふわふわーっとしてたクジャが、急に顔をキッと引き締めて、オレに言った。「僕とキミは同じ気持ちを抱いてるみたいだけれど、でも、僕もキミも、男だよね。男と男が、同性同士が恋仲になれるわけなんて、ないんだよ。これは、許されないことだ」って。その言葉に、浮かれ気分でいたオレの気持ちもギュッと引き締まった。真剣な顔になったオレにクジャが更に「普通は同性に恋愛感情なんて抱かない。恋愛とは男女がするものだ。恋愛の果てには家族が見えるものだけれど、僕とキミとでは家族にはなれない。その……キミの頭の中でたくさん渦巻いているんであろう性的なことも、キミは家族となる女性に抱くべき感情なんだ。僕に対してそういう感情を抱くのは間違っている。同性同士の恋愛からはなにも生まれない。好きになったのならば性別なんて関係ない、とはよく聞く常套句だけれど、現実はそうも言ってはいられない。そんなことを平気で言えるのは、大抵の場合、同性に本気で恋愛感情を抱いたことなどない者だろうね。実際は理解されず苦しむことになるだろう。変人を見る目で見られることもあるだろう」と言い、最後に「それは、この戦いだらけの世界でも同じこと。隠れて付き合うなんて、そう長くは続かないよ。絶対にいつかはバレる。キミは優しいお仲間から白い目で見られ、僕もあいつらにからかわれるだろう。正直に言えば、僕はそれに耐えられない。だから、なにも言わないでおこうと、この気持ちは胸の中にしまっておこうと思った……でも……。……あの、キミは? キミはどうだい? 普通の人たちの、そんな目線に耐えられるかい?」と言った。目は、真っ直ぐにオレを見たままだった。震えてなんかいない、強い目差しだ。
ふう、とオレは息を吐き、そして「自分の気持ちを異常なものだって、ごちゃごちゃ悩んだりすることになるかもしれない。今でさえ悩んでるのに、更に悩むことになるかもって、悩む前から頭が痛くなる話だけど、オレはその悩みをずっと持ち続けたっていい。みんなから白い目で見られたっていい。自分の気持ちに嘘つくよりは、いい」って言うと、オレのほっぺたを包むクジャの両手に自分の両手を被せた。クジャの手はオレの手にすっぽり隠れた。手のあったかさを感じながら、オレは「辛くてたまんなくなったらさ、オレと逃げちゃおう。一緒にさ。戦うこと、ぜーんぶ投げ出してさ、コスモスもカオスも関係ない、どっか遠くへさ。そういう場所も、探せばあるって」って言って、一応笑ってみせた。笑顔になってるか自信ないから、一応。
クジャは慌てた様子で、信じられないって言いたげな感じで、でも、ちょっと嬉しそうに「仲間を捨てて、僕と一緒に逃げてくれるというのかい?」って聞いてきた。オレはそれに迷いなく頷いた。「みんなのこと、どうでもいいわけじゃない。だけど、苦しむクジャをほってなんかおけない。好きなヤツが困ってんだ、それならさ、守ってやりたいんだよ」とも言った。けっこう恥ずかしいこと言ってる気がするけど、なぜかスラスラと言えた。クジャはだいぶ戸惑ってるみたいで「そんな……僕を守るだなんて……そんな……」ってブツブツ呟いててさ。顔なんかもう、耳まで真っ赤になってんの。かわいすぎんだろ。なんか、ムラムラって気持ちが爆発しそうっていうか、このまま抱き締めたいなって、んで、そのままキスくらいはしちゃってもいいよなって、そんなことを思った。オレの頭、おかしくなったかな?
でも、クジャはなにかを思い出したかのように驚いた感じの顔をしてから「ち、ちょっと待っていてくれるかい、すぐに戻るから!」って一言だけ残して、パッと消えた。ひとり残ったオレは、ぼけーっとクジャの顔があった位置をしばらく見つめてた。さっきまでムラムラきてた気持ちはどっか飛んでって、ただなんにも考えずに、ぼけーっとしてた。ぼんやりと、本当に告白したんだよな、って思ったりはしたけど、頭の中が空っぽになってた。
どのくらいぼけーっとしてたのかはわからないけど、突然、同じ場所にクジャがパッと現れた。急いで戻ってきたって感じで、ハァハァと息を乱してる。なんていうか……あ、いや、なんでもない。
こう、じゃねん、みたいなのをブンブン頭振って取ったつもりになったオレは、まだ息を整えてるクジャの顔を見て「あ」って小さな声を一言だけ上げた。クジャは化粧をキレイサッパリ落としてた。目立ってた目の真っ赤なライン? ってのや口紅がないだけで、なんかキレイっていうよりかわいくなったように見える。幼くなったっていうのかな? アホみたいにぽかーんと開いた口を閉じて、すっぴんのクジャをまじまじと眺めたオレは「うん……やっぱりそうだ! クジャは化粧してなくてもかわいい!」って思ったことを素直に叫んだ。化粧は悪いことじゃないと思うけどさ。オレはそのままのほうが好きだな。うん。そんなオレの叫びにクジャは「そ、そうかい? ほ、ほら、キミが僕を見てくれるなら……もう化粧をする必要なんてないからさ。ほ、本当はすっぴんだと幼く見えるから嫌なんだけれど……あの、キミが良いって言うのなら……良いの、かな……」って白いほっぺたをまた真っ赤にして、そのほっぺたを両手で包んで、めちゃくちゃ恥ずかしそうに言った。ヤバイ。本当にかわいい。
もう大丈夫かな、と思って、オレはクジャの両肩にそっと両手を置いた。なんかこれ、あからさまっていうか、いかにもキスを迫ってるって感じで恥ずかしいなぁ……。迫ってるんだけどさ。んで、クジャの真っ赤な顔に自分の顔を近づけた。口から心臓が出そうだ。対するクジャも、目をウルウルさせて、すっごく恥ずかしそうな顔をしてるんだけど、このくらいなんでもないよって感じに、ぎこちなく笑顔を作ってみせて、こう言うんだ。「口紅がないから、キスしやすいよね」って、ピンク色の唇を人差し指でプニプニしながらさ。そんで更に言うんだ。「大丈夫。僕は逃げようなんて思わないよ。もしバレたとしても、キミのことを想えば、がんばれるから」って。オレのことを想えばがんばれる、だって。顔、ニヤけちゃうな。でも、オレもここはビシッ! としなきゃって思って「オレも、バレたらバレたで開き直る! バカにするヤツにはバカにさせとく! そんで、うーん……あ、それじゃ、辛くなったらオレの名前呼んでくれよ。呼ばれたらすぐに、クジャがどこにいたってすぐに飛んでくからさ! ……あ、オレの名前知らない、なんてことないよな?」って言ったんだ。ビシッ! のつもりがちょっと不安な感じ。ほら、よく考えてみれば、オレまだクジャに一回も名前呼ばれてないからさ。
でも、クジャはちゃんとオレの名前呼んでくれた。「ティーダ」って。覚えててくれたんだ……。名前、呼ばれたからさ、だから自然に「どした?」って答えちまった。そしたらクジャは「キス、してくれるんだろ? 待っているんだけどな。ね、ティーダ、早くしておくれよ。焦らされるのは嫌いなんだ」ってさ、ニッコリ笑顔で言ってきたんだよな。こう、ちょこんって、首傾げてさ……もう……もうもう! なんだよその笑顔! 反則だっての!
よし! って覚悟を決めたオレは、クジャのピンク色をしたふわふわな唇に、自分の唇をそっと重ねた。ふわっと当たった柔らかい唇に、ふと、幸せな気持ちを胸いっぱいに感じて、オレはクジャを思いっきり抱き締めた。クジャもそっと、オレを抱き締めてくれた。
しっかり重さねた唇は、やっぱりとってもあったかくて、幸せって気持ちと好きって気持ちが、いっぱいいっぱい溢れてきた。唇と同じように重なった胸からは、ふたりの心臓の音がバクバクと、でっかい音で聞こえてた。オレの音もかなりでかいけど、クジャの音もオレのに負けないくらいでかい。クジャ、緊張してんのかな? ドキドキしてんのかな? こういうの、全然慣れてないんだな、かわいいな。
オレ、こんなことにさえ、幸せを感じるよ。
writer きよ
…………………………
男同士であることに悩むふたり、ティーダ視点でした。というかこのティーダ全然「〜ッス」って言ってないしムラムラしてるし偽者すぎるッスよー。あ、自分を好いてくれる言葉や態度にとことん弱いクジャたんとかどうですかね。だめですかね。