sweetie pie


「ジェクト、さん、あなたの愛を教えて?」

ごぶふっ。
思わずジェクトは吹き出した。
思わずこの可憐な美少女の発言を大人の、しかも経験豊富な男の思考回路に入力して吹き出した。
それはもちろん現役時代には、彼女のように若く美しい女の子に誘惑されたことは数知れずのジェクト様だが、今この状況では動揺ばかり。
だって敵だぜ、とか、歳が、とか。
そして慌てていやいやいや!と別の回路を引っ張り出そうとする。この子に限ってそんなわけがないのだ。
しかし悲しいかな、もう一つジェクトが持っていた、父親、という思考回路は錆び付いている。
今の彼女の言葉を入れてみても、何一つ点滅しない。
ジェクトは諦めて素直に聞いた。

「ど、どういうことだよ」

情けないことに声が裏返る。
ティナは、真剣な顔を傾げて迫った。
その迫力に、動揺の抜けない体は、おお、と仰け反る。全くなんてザマだ。

「ティーダは、あなたの愛を欲しがってる」

そしてその言葉に凍りつく。
彼女の顔は至って真剣だ。
羽ばたく音の聞こえそうな長い睫毛の下の菫色の瞳は、穏やかな海の様にゆったり、深い。
目眩がしそうだった。
こんな、強く優しい目は、どこかで見たことがあった。不吉な気もした。
ジェクトの声が枯れた。

「なんだ、そりゃ…」
「ティーダは寂しいの。言葉にしないけど、ジェクトさんには意地悪なことをいうけれど」

広く温かな泥濘を広げて見せて、ティナは少しだけ笑ったようだった。
うっとりとした言葉が絡む。

「だから、私が伝えてあげるの。私が、ティーダに教えてあげる」

少女のそれは、一体どこから沸き上がる力であろうか。
どうにも、ティーダに恋をしているから、などと言った、可愛らしい感情とは思えなかった。
母性と呼ぶには彼女は若すぎるし、理由がなかった。
しかし、どちらかと言えば後者の方だ。
しかしこんなにも巨大なそれを、ジェクトは知らない。
それは然り気無く寄り添うものであって、こんなにも深く広く、引きづりこむ様な魔力を放ったりはしない。

「あなたはどうやって人を愛するの?」

この世界を産み落としたかのようだ。
その肩は、細く寒々しいと言うのに。
さあ教えて、と迫る瞳は、朝焼けの色に凪いでいる。
確かに彼女を、ティーダにしてやりたいように撫でれば、彼女はそれを伝えてくれるだろう。
確かにティーダには咄嗟に拳で応えてしまう己も、彼女に向かってなら優しく手のひらをさらけ出せよう。
しかし明滅する、誰かの言葉。

『止めなきゃ…!あの子は、戦いを嫌がっている』

悲痛に叫ばれた横顔が、思い出せない。
その先で炎を躍らせる虚ろな瞳は、何色だっただろう。


「ジェクトさん?」

呼ばれて、失われた記憶というには余りに不確かな白昼夢が霧散した。
ジェクトは何も残さなかったそれよりも、いつの間にか自分の胸に置かれたティナの手に意識が傾く。
近い。照れ臭い。けど。

「あんなぁ嬢ちゃん…ええと、ティナちゃんっつったか」

言って彼女の手を取って離した。
それから自分のこれから言うべきこと、やるべきことがくすぐったくて頭を掻いた。
ティナの瞳は魔性に過ぎるから、目は合わせない。ことにする。

「その、お気遣いはありがてぇんだけど、そっちは、ティーダのことはちゃんと、なんとかすっから」

ティナの気配は静かだ。
それを疑うものと感じてしまうのは自分の後ろめたさであって彼女に非はない。
ジェクトは歯切れ悪く唸ってから、思いきってティナの頭を撫でた。

「だから、おめーさんは、おめーさんだけのそれを欲しがれや」

さすがに愛とははっきり言えないジェクトである。
ティナは驚いて目を丸くさせたまま無抵抗だ。
そんな表情を見てしまえば、ますます何やってんだ俺はと思うものの、撫でる手は今更離せない。
ついでに、余計なことが口をつく。

「いいか、これはバカ息子のためにしてんじゃねーからな」

するとティナがゆるく、花の綻ぶように、嬉しそうに、笑う。
鮮やかだ。

「私の、ため?」
「……おう」

そこまで無防備に喜ばれては、悪態なぞ、出てきやしない。
先ほどの妖しげな、恐ろしげな気色など微塵も感じさせず、むしろ幼い子供のようににこにこと、ティナはされるがままだった。
だからこの後この手をどうやって止めるべきか分からずに、ジェクトはひたすら撫で続けることになるのだった。






writer あさと






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