童謡『森のくまさん』より
「………………」
その日コーネリア城で、ユウナは一人である物を探していた。
「……やっぱり無いか……」
周囲を見渡すも目的の物があまりにも小さく、探し出す事は不可能に近かった。
思わずため息をつく彼女の元に、一人の男が近づいて行く。
「この様な場所に小娘が一人、一体何をしておる」
「!?」
突然現れた気配に、ユウナは慌てて身構え背後を振り返った。
するとそこには、自分達コスモス軍の敵であるカオス軍の首領ガーランドが立っていた。
「うぬは確か、ユウナといったな
己が操る力を過信し、単身でわしを倒しに来よったか」
「違います、私は……」
「まぁどの様な理由でも良い、わしはお主に用があったからのぅ」
そう言うとガーランドは、ゆっくりとした足取りでユウナの元へと歩き出した。
(どうしよう……こういう時、どうしたら……)
ガシャリガシャリと重い音を響かせこちらに向かって来る相手に、ユウナは杖を強く握りしめる。
(そうだ、確かジェクトさんが……)
『良いか、ユウナちゃん
もし俺や他の奴等がいない時に敵に会っちまったら、構う事無いから逃げるんだ何か守らなきゃいけないもんがあるなら話は別だが、そうじゃなかったら無理して戦う必要は無ぇあんたの無事な姿を俺達に見せる事を、最優先にしてくれ』
(ジェクトさん……)
いつも行動を共にしている彼の言葉を思いだし、ユウナはある決意をした。
「実は、お主にちと尋ねたい事が……」
ガーランドが全ての台詞を言い終える前に、ユウナは彼に背を向け周り脇目も振らず走り出した。
「ぬ、待たぬか!!」
相手の突然の行動に一瞬面食らうもすぐに我に返り、ガーランドは彼女を追いかけた。
(どうしよう……ついて来る……)
あれからずっと走り続け、今は魔の森の中。
追って来る相手の気配に、ユウナは焦っていた。
(このままじゃ、いつか追いつかれちゃう……
ジェクトさん達の所まで行けば……)
そこまで考えて、ユウナはある事に気づいた。
(駄目だ、皆に迷惑がかかっちゃう)
味方が沢山いる場所まで逃げ切れば、確かに自身への危険性は減るだろう。
だがその分、他の戦士達に危害が及ぶ可能性が出てしまう。
ましてやコスモスの元に連れていくなど、言語道断の事である。
(ここで私が、何とかしないと……!!)
覚悟を決めユウナは立ち止って振り返り、向かい来る猛者を見据えた。
「待てと言っておるに……ぬ?」
逃亡をやめこちらを見つめている相手に、ガーランドも足を止めた。
「ようやく話を聞く気になりよったか
全く……最近の若者は人の話も聞かず、すぐに行動しよって……」
年寄りの様な発言をしながら近づいて来るガーランドに、ユウナは杖を振り大きく叫んだ。
「イフリート!!」
ドガァッ!!
「ぐおぁっ!!」
油断していた所への容赦無い一撃に、ガーランドはモロにその攻撃を食らいのけ反った。
「と、突然何を……」
「イクシオン!!」
ザシュッ!!
「ぐあっ!!
ま、待て!!人の話を……」
「バハムート!!」
ドゴオォォンッ!!
放たれた巨大な火弾をその身に受け、ガーランドは空高くへと舞い上がった。
「はぁっ……はぁっ……」
ユウナが息を整えていると、ひるひるポテッと近くにガーランドが落ちて来た。
「……やり過ぎちゃったかな……?」
不安になったユウナが膝に手をつきしゃがみ込み、地面に突っ伏す煤けた猛者を見つめていると。
「……いきなり何をするか!!」
「きゃあ!!」
突如ガバッと身を起こし怒鳴るガーランドに、ユウナは思わず尻餅をついた。
「全く……戦う意思無き者を完膚無きまで攻撃するとは……
所詮コスモスの戦士も、わし等と変わらぬという事か……」
ガーランドはぶつぶつと文句を言いながら起き上がり、軽く身体を揺すった。
ユウナも慌てて立ち上がり、恐る恐る相手に声をかけた。
「戦う……つもりではなかったのですか……?」
「たわけが!!そのつもりならば最初から武器を構えておるわ!!」
「ご、ごめんなさい!!」
全ては自分の勘違いであったのだと気づき、ユウナはガーランドに何度も頭を下げた。
「でも……それなら、どうして追いかけて来たのですか?」
「……お主に聞きたい事があったのだが……」
そう言うとガーランドは何処からともなく何かを取り出し、鎧に覆われた手の平の上に乗せ相手に差し出した。
「これは、お主の物ではないか?」
ユウナは彼の篭手の上にある物体を見て、思わず息を飲んだ。
それは、彼女がコーネリア城でずっと探していたイヤリングだったからである。
「その反応を見る限り、間違いない様だな」
「はい、私のイヤリングです……
でも、どうして貴方がこれを?」
「以前城を歩いている時に、偶然落ちていたのを見つけてのぅ
見覚えがあったので、拾っていただけの事よ」
「そうだったのですか……」
ユウナはガーランドからイヤリングを受け取り、本来あるべき場所につけた。
久々に耳に感じる重さに嬉しい気持ちと申し訳ないという思いが混じり合った複雑な感情が沸き上がり、ユウナは改めて彼に頭を下げた。
「イヤリングを拾っていただき、ありがとうございました
そして勘違いして攻撃してしまい、本当に申し訳ありませんでした!!」
「前半は大した事をしておらんが、後半は……
まぁ、心から謝罪をしておる様だ、構わぬ
では、わしは戻らせてもらおう」
そう言って頷くと、ガーランドは踵を返しその場を去ろうとした。
「あ、あの……」
「何用だ?」
「これ……ポーションです」
「……構わぬと言っておろうに……
だがせっかくだ、受け取っておこう」
怖ず怖ずと差し出す相手に苦笑しながら、ガーランドはユウナからポーションを受け取り再び歩き出した。
だが、彼女にマントを掴まれ先に進む事ができずすぐに立ち止まった。
「まだ何かあるというのか?」
「えっと……イヤリングを拾っていただいたお礼……」
「いらぬ
大した事はしていないと言ったはずだ」
「でも……」
何かをしたいが何をすれば良いのかわからず、だがマントを離そうとはせずユウナが困り果てていると……
「駄〜目でしょ、ガーランド
こーいう時は、ちゃんとお礼を受け取らないとねぇ?」
「……何処から湧いて出た、道化よ」
「ユウナもユウナだぜ?
こういう時のお礼は、二人で踊る事って相場が決まってるもんだ」
「バッツさん、いつの間にここに?」
『細かい事は置いといて、さぁどうぞ』
彼等の疑問に答えずそう言うと、二人はゴソゴソと茂みの中に入り姿を消した。
しばらくすると、何処からともなく笛とピアノの音色が聞こえ始めた。
まるで打ち合わせしていたかの様に響き合う音のハーモニーに、ユウナは目を閉じ聴き入る。
「素敵……」
「この曲調は……メヌエットか」
「ワルツではないのですか?」
「曲の奏で方が微妙にだが違う
まぁどちらとも三拍子ではあるがな」
そのまましばらく音楽を聞いていたが、やがて二人はどちらともなく互いに顔を見合わせた。
「どうしましょう?」
「……できる事なら、何も無かった事にしてこのまま立ち去りたいものだが……」
「でも、それは人としてやっては駄目な気がします」
「うむ……ならば、仕方あるまい」
そう言うと、ガーランドはユウナの手を取り自分の方へ引き寄せた。
「きゃっ……」
突如引っ張られユウナはバランスを崩すが、すぐに体勢を整え兜ごしにガーランドの目を見つめる。
「この場である程度踊り、奴等を納得させるしかあるまい
お主はこういった曲を踊った事はあるか?」
「いえ、無いです……」
「ならばわしが教えよう
まずはこちらの足を出し……」
突如始まったガーランドの講義に四苦ハ苦するも、ユウナは少しずつステップを学ぶ。
やがて踊り方を覚え、ユウナはガーランドの動きに合わせられる様になった。
「ふむ……大分様になっておる
筋が良いな」
「ありがとうございます
ガーランドさんは、踊りに詳しいんですね」
「わしは昔、宮廷に仕えておったのだ
その時に興味も無いのに舞踏会に参加させられて、そのうち覚えてしまっただけの事よ」
「そうだったのですか……」
「まぁ、わしの様な無骨者には似合わぬ事この上無いが……」
「そんな事無いです
とても……素敵です」
「……そうか………」
そこで会話は終わり、二人は踊り続ける。
その夢の様な時間は、まるで永遠に続く様に思われたが……
「つまらん」
「へ?急にどうしたんだよケフカ……うわっ!!」
突如聞こえた呟きと悲鳴と共に音楽は鳴り止み、周囲は再び静寂に包まれた。
「……何かあったのでしょうか?」
「大方、道化が飽きるか何かして奴を連れて帰ったのであろう
全く……好き勝手しよって」
二人は彼等が消えた辺りの茂みを見ていたが、やがてガーランドはゆっくりと彼女から手を離した。
「とにかく、これでお礼とやらは終わったな」
「えっと……そう…なんでしょうか……?」
「そういう事にしておくが良い
わしも少しは楽しめたからのぅ
では、今度こそ帰らせてもらう」
そしてガーランドはユウナに背を向け、その場を去って行った。
「……………………」
ユウナは小さくなって行く相手の背を見つめ、やがて自分の手の平に視線を移してしばらく惚けていた。
だが、やがてある事に気づき手を口元に宛て呟いた。
「……お礼は、踊りじゃなくて歌を歌うんじゃなかったかな……?」
その疑問に答える者は誰もおらず、ただ遠くで魔列車の汽笛が鳴り響くだけであった。
writer オッフ