皇帝×フリオニール


「純真ぶった面が気に食わない。なにが純なものか、人並みの欲もあれば世の中を知らぬわけでもあるまいに」
「欲の皮が突っ張った面が気に食わない。お前本当に性格が顔に出てるよな。見た瞬間に「あ、こいつ性格悪いな」って分かるのはいいと思うけど、名刺みたいで」
磨きたてのナイフを顔の位置に掲げたフリオニールは、曇り一つない刀身を眺め満足げに微笑んだ。半円に歪んだ視線をちろりと背後へやってみれば、しかめっ面をした皇帝が苛立ちも露わに足を組み直す様子が見える。フリオニールが余計に気分を良くしたことなど言うまでもない。
「ほら見たことか。心根が清い者は、そのようなことは言わん」
「そんなのお前の勝手なイメージだろ。お前が言うように、俺にだってちょっとした欲くらいはあるし、物知らずでいられる生き方なんかはしてこなかったんだ――と、思う。覚えてないけど」
「口の減らん輩だな」
「10倍口が減らないのはお前だよ」
とさり、とフリオニールは柔らかなソファーに横たわる。皇帝の姿などは見えやしない。彼の視界に映るのは、むき身のナイフの刀身のみだ。冴え冴えとした刃が映す青年のかんばせは、勝ち誇った笑みに綻んでいる。
「ではいいことを教えてやろう。貴様が物知らずではいられない羽目になる生活は、元の世界での私の行いに起因している。つまり貴様はこの世界に召喚される以前から私のものであったというわけだ」
「暴論だ」
「何が暴論なものか。私が起こした戦争によって、貴様は物知らずの子供でいられる生活を失った。今の貴様はその延長線上にいる。とてつもなく私の影響を受けているではないか、愛い奴よ」
フリオールに苛立ちが走る。腹が立った、と彼は瞬間的に思ったのだが、刃が映す彼の双眸は絵に描いたようなジト目であり、「怒っている」というよりは「ぶすったれている」。もっと言ってしまえば、それは気心の知れた相手に甘えているようですらあった。
「きっかけはお前だったかもしれないけれど、ここに来るまでの道を選んできたのは俺のはずだ。お前の影響なんて大したものじゃない」
「出発点は私だろう。大したものではないか」
「……なんだろう、お前はさ。そんなに俺にとって、意味のある人間になりたいのか?」
ナイフを鞘に納めると、ぱちりと小さな金属音が鳴った。無機質である。けれどなにか、フリオニールの複雑な心境を代弁しているようでもある。ソファーの背凭れに体重を預け、半身を捻って背後を煽り見てみれば、皇帝がつい先ほどまでのフリオニールのように勝ち誇った顔をしている。やっぱりこの男は嫌いだ、とフリオニールは改めて思った。好きだ、などと思ったことは一度もない。
「当然だとも」
「健気だな。そんなに俺が好きなのか、お前」
「好き?生温い言葉で私を片付けてくれるな。私はな、貴様の胸に癒えぬ空洞をこの手で開けたのだという事実に、得もしれぬ歓びを感じている。なるほどこれは愛なのかもしれんな。『私は貴様を愛している』」
「なんてふざけた戯言だよ……」
うんざりとして、フリオニールは再びソファーに沈んでゆく。彼は決して皇帝を「愛してはいない」。そんなものは皇帝にとっても同様だ。あの高慢な男が言う「愛している」など性質の悪い冗談にしか聞こえないし、気色の悪い呪いですらある。皇帝のひめやかな嘲笑(に、しか聞こえない)がひたすらに耳障りだ。

「不満そうだな。もしや貴様、本当に私に「愛して」欲しいのか」
「呆れてるだけだ、馬鹿。お前本当にどうしようもない男だな」

どうしようもない男、である。しかし彼との発展性など全くない言葉のやり取りは中々に楽しいと感じたし、こういう関係も悪くはないとフリオニールは思い始めている。

(こいつが俺から「物知らずでいられる生活」を奪った世界へ帰った時には、こんな関係性は消えてしまうんだろうか)

それは少し寂しいことだな、と思った。
皇帝がソファーの真後ろまで迫っている気配がある。フリオニールはそっと、足元にナイフを置いた。




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