オニオンナイト×フリオニール
柔らかなさわさわとしたものが膝の上に乗っている。触り心地は悪くない。むしろ膝元や掌から伝わる仄かな温もりは心地の良いもので、どうにもこのまま二度寝をしたい心地になってくる。
億劫であるが、目を開く。開けた視界には赤い空、遠い地平線の向こうは既に夜の色に染まっている。ほんの少しだけ目を閉じるだけだったはずが、どうやら気合の入った昼寝になってしまっていたらしい。もう一度寝ている暇はなさそうだ。
立ち上がろう。そう腰を持ち上げかけたところで、なにやら柔らかで温かく、それなりの重量を持った違和感が触覚を刺激する。そういえば、膝に何かが乗っているような感触があった。あれは夢ではなかったのか。膝元に視線を落としてみると、
「……へ?」
オニオンナイト、と名乗る少年の頭がでんと、俺の膝の上を占領している光景が待ち構えていたのであった。
「……おーい……?」
耳元で囁いてみる。少年はくっと居心地悪げに眉を寄せたものの、そのまま十数秒待ってみても起き出す様子はない。
はて、と首を傾げる。寝入り前にこの少年が近くにいたような気配はなかったが、野営地からそう離れていない場所でなので後から訪れたのだとしてもおかしくはない。そこまではいい。だがそれで何故、彼は俺の膝などに頭を預けて眠っているのだろうか。寄りかかれそうな木なら他にもたくさん生えているし、枕だって。普段は荷物や帽子を頭の下に引いている筈なのに。
「んー……」
「わ、」
身じろぐ少年の小さな頭が膝の上を転がって、むずむずとしたこそばゆさが競り上がってくる。思わず彼の頭に手を乗せてみれば動きはぴたりと止まったものの、もしかすると必要以上の力を掛けすぎてしまったのかもしれないと急激な不安に襲われた。手を、持ち上げてみる。規則的な寝息を漏らす少年は、再び眉間に皺を寄せながらも未だ目覚める様子はない。
「……ふぅ〜……」
これは、参った。
別段居心地が悪いわけではないし、こんな硬い膝でよければどれだけだって使ってくれてもいい。だが、今はもう時間が時間なのである。探索に出た仲間たちが帰ってくる頃合いだ。疲れ切った体を引きずって帰ってくる彼らを出来立ての夕食で以て迎えるのが、野営地を任された者の大切な仕事なのだ。
「……おーい……」
起きてもらわなければと思う。なので声を掛けてみるものの、中々どうして体を揺さぶることはできなかった。眉間に皺を浮かべる寝顔はとても安らかなものではないとはいえ、この膝の上でこうもぐっすり眠っている姿を見ていると起こしてしまうのが可哀想だ、というか不思議な愛しさを覚えてしまう。
肩を揺さぶるつもりで伸ばした左手を、そっと眠る彼の額に乗せてみる。温かい、子供の体温が掌を暖めた。
「……ん、……んん……?」
わさわさと生え揃った睫毛が揺れている。ぐずるような吐息の幼さが微笑ましくて、口元がにやけてしまうのを抑えられそうにはない。誤魔化すように手触りの良い前髪を梳いてみる。
「おはよう」
緩慢に持ち上げられた瞼の下からゆっくりと現れた、緑色の瞳。けれど今はとろとろと微睡むように蕩けていて、大きさなどは普段の半分ほどしかない。
「ふあ〜……うん……おはよう……フリオニー、ルっ!!?」
「うわっ!?」
小さな体が跳ね起きる。半分だった双眸を大きく見開いてこちらを凝視する少年は、ちらりとさっきまで枕にしていた膝元に目を落とすと音が出そうな勢いで赤面した。
「あ、あのっ、ほら!あの帽子、枕にするにはちょっと頼りないっていうか、もうちょっと硬さが欲しいと思ってて!でも荷物はテントの中に置いてきちゃったし、だからどうしようって、そんな時にここで昼寝してるフリオニールを見つけてさ!ちょうど足伸ばしてたから、少しだけ借りようかなって、本当にそれだけで!甘えてみたかったとかそういうわけじゃなくて……」
「え、なんだ。甘えたかったのか、君。それなら遠慮なんかしないでいつでも言ってくれればよかったのに」
「ちがーう!だからっ、甘えたかったわけじゃないの!いい所にフリオニールの膝があっただけなんだっ」
どう聞いたってそんなものは照れ隠しだ、俺でも分かる。どんなに怒ったみたいな声を出してみても、落ち着きのない視線と赤味の引かない頬と耳は大人ぶりたくてわがままを言えない少年の、不器用な幼さが滲んでいた。
「照れなくていいのに」
「いや、だからっ!」
「君だってまだまだ甘えたい盛りだもんな。これからは遠慮しなくていいんだぞ!」
「〜〜!!もうっ、フリオニールは何にも分かってない!」
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