ゴルベーザ×フリオニール
昨日の夕飯は中々の出来だったのであなたにも食べさせたかった、という下りはこれで4度目で、落ち着きなく指を組み直した回数などは最早数えきれたものではない。同じ場所でぐるぐると回るばかり、一歩進むどころか足踏みすらできていないフリオニールは明らかに大切な「本題」を切り出せずにいる様子である。
ゴルベーサにしてみればそんな彼を見ているのも中々に楽しかったので、どれだけでも待つつもりではいるのだが――同じことばかりを話し続けている不器用な青年は、そろそろ疲れてこないのだろうか、そうまで言い出しにくい「本題」とは一体どれほどの事なのだろうか――「昨日の夕食」という単語が5度目に現れた頃合いにはいい加減、心配にもなろうというものである。
「何か食べたいものとかあったら、今のうちに、」
ゴルベーサは、フリオニールの肩口に手を乗せた。弾かれたように顔を上げた青年は呆けた顔をしている。半開きになった口元のどこか間抜けな愛嬌に、ゴルベーザは甲冑の内側で笑みを漏らした。
「お前がそんなに料理上手だとは知らなかった。機会があれば是非、馳走になりたい」
「あ、ああ、うん……俺もぜひ、あなたにも食べてほしいし……」
「楽しみにしているぞ」
「……ああ」
フリオニールがしおしおと下を向く。まるで叱られている最中の子供だった。ループの終わらないフリオニールの長話にゴルベーザが飽き飽きしているということはなかったので、当然彼にフリオニールを叱ろうなどという意図はない。とりなすように、甲冑に覆われた掌をフリオニールの頭に乗せる。鉄の関節では頬にかかる髪を梳いてやることはできなかったが、そんな気障ったらしい接触はなくとも顔を上げたフリオニールの頬は薔薇色に染まっている。
「――つまらないことなんだけどさ。ええと……本当につまらないっていうか、馬鹿にされそうなことなんだけど、どうしてもあなたに頼みたいことがあって」
「さて、どのような無理難題を言いつけるつもりなのだ、フリオニール?」
揶揄するように問いかけると、フリオニールの頬の熱は一層深みを増してゆく。
「難しいことじゃないんだよ。ただ俺にとっちゃとても言いにくいことで……」
「まずは言ってみるといい。私に出来ることであれば、力の及ぶ範囲で応えてやろう」
「……できないわけがない。ほんと、とても簡単なことなんだ。1秒でできてしまう」
「では何故、それを言わないのだ」
「は……恥ずかしく、て。だって、俺もう子供じゃないのに――こう、ぎゅー、って抱き締めてほしいなんてさ、その……あ、呆れちゃうだろ?甘えていい年なんかじゃ、ないのに」
吐き捨てるような声だった。ゴルベーザを一心に見つめていたはずの双眸も、他人のようなそっけなさでそっぽを向いてしまっている。そんな彼のあまたをそっと撫で、跳ねる銀の髪を寝かせてゆく。毛先は手をどかしたそばから再び奔放に跳ねてゆくというのに、本体であるこの青年はどうしてこうも、衝動的な感情を内へ内へと押さえつけてしまうのだろう。
フリオニールが懸念する通り、確かにゴルベーザは呆れていた。しかしそれは要求そのものに感じたものではなく、こんなにも小さな、可愛らしいといってもおかしくはない我儘をとんでもなく遠回りをしなければ切り出せなかったことに対してだ。
返事をする代わりに、ゴルベーザはフリオニールを抱きしめた。甲冑の腕と胸に挟まれて彼が苦しい思いをしてしまわないように、至極そっと、ガラスの彫像を抱くような心持ちで。
「これでよいのだろうか?」
「……もうちょっと、ぎゅっと」
「しかしそれでは、お前に負担がかかる」
「いいんだ。苦しいくらいが丁度いい」
数秒の逡巡の後、ゴルベーザはリクエストに従った。潰してしまわないように、恐る恐ると。腕の中で子供、を通り越して赤子のように安らいだ顔をしたフリオニールは、ゴルベーザの小さな葛藤には気付いていない。
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