フリオニール×クジャ

 前進する音。後退する音。迫る音。逃げる音。ざりざりと地面を擦り削るふたり分の音。
「良いじゃないか、減るもんじゃないし。キミの腕に触らせておくれよ」
 前進する音の主、クジャが、目を爛々と輝かせながら両手をそろそろと伸ばしてくる。
「こ、こ、ここここ、断るッ!」
 後退する音の主、フリオニールが、炎をほとばしらせんばかりに顔を真っ赤に染めながら両手を後ろに隠す。
「どうしてダメなのさ。怖がることなんてないよ。ね? キミは大人しく僕にその逞しい腕を差し出してくれれば良いだけなのだから」
 クジャは目の輝きを全く衰えさせないまま、するりとターンでもするかのように、後退する音の主の後ろへと回り込んだ。
「うわっ! あああああ……」
 フリオニールの抵抗にもなっていない抵抗も虚しく、あっさりと腕をクジャに捕えられてしまった。
「フフフフ。本来僕は筋肉質な奴なんて視界に入れたくもないのだけれどね、キミは別さ。キミの筋肉って美しいのだもの。触り心地も抜群だねえ。フフフ」
 恍惚の微笑みを浮かべつつフリオニールの右腕を抱き締めるクジャ。浮き出た筋肉を指でぷにぷにと摘んだり、上下に擦ってみたり、まるで玩具を与えられて喜ぶ子供のような振る舞いだ。
「そうか。ほ、誉めてもらえるのは嬉しいよ。嬉しいんだが、あ、あの、クジャ? そんな、むにむにと触られると、その……あー……うう……」
 もごもごと口を動かし途切れ途切れな言葉を漏らすフリオニールの声は、残念なことに、腕にまとわりつきはしゃぐクジャの耳に全く届いていないらしい。はっきりと拒否しなければ離れてくれそうにない状態だ。だが、それは本心ではない。
 頭の中がぐつぐつと湯だり沸騰しそうな錯覚に陥りつつ、フリオニールは拳を力強く握った。
(このままだと俺は、おまえを抱き締めてしまうかもしれないんだぞ!)



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