クジャ×フリオニール


「頭に糸くずを乗せて歩いているようだけど、なんだろう、君は恥ずかしくないのかい?」
「へ?あれ、ごみでもついてる?」
「可哀想にも痛み切ってしまったその髪のことを言っているんだよ。どうしてそう無頓着でいられるんだろうね」
「……どうして君は、そんな物の言い方しかできないんだろうなぁ……」
フリオニールのメランコリックな溜息を切り裂くように、クジャの無遠慮な指先が空を切る。
きっと十分に「頓着」をしているのだろう、傷や逆剥けなど一切見当たらないそれは一見女性のそれと見紛わんばかりの、美しい指先だった。けれども束ねられた銀髪を掴み引き寄せようとする力は紛うことなく男性のものであるのだから、フリオニールにしてみればたまったものではない。クジャが力を込めるたび、地肌が引き攣るような痛みを訴えるのだ。
「いっ、痛いよ、離してくれないか!」
「なんだい手触りも最悪じゃないかっ!」
――この傲岸不遜な佳人は本当に、人の話を聞こうとしない。ヒステリーを起こしているときなどは尚のことである。
「……俺の髪が傷んでるからって、クジャに何の不都合があるっていうんだよ」
理不尽な言いがかりに燃料を注ぐだけだとは分かっていても、フリオニールはげんなりとした内心を押し隠すことはできなかった。感情をそのまま表情にしてクジャを見下ろしてみれば、いっそう鋭さを増した双眸がこれまた無遠慮に睨み返してくる。
「僕が面白くない」
やはり、フリオニールにとっては理解のできない返答である。そもそもクジャ独自の哲学に基づいて発せられる言葉の数々についてなど、理解できたことの方が圧倒的に少ないのだ。それでもささやかな交流を止めようとは思わない自分自身をとんでもない物好きだと思うものの、こういった自分とは決して交わらないはずの人間性を備えた、いわば別種の生物ですらあるところの彼にそれなりの好意を抱いてしまっているのだから今更どうにもできやしない。それはクジャの方も同じだろう、とフリオニールは思う。そう思わなければやっていられなかった。こちらだけが好きだなんて、そんな理不尽な話があってたまるものか。
「別に俺は、クジャの髪が綺麗でも痛んでいてもどうでもいいと思うけど」
「ど、どうでもいい!?なんてことを言うのだい君は!?」
「え、ええ?なにかおかしなことを言った!?」
「信じられないことを言った!僕だどれだけこの美貌の維持に手間をかけているかを知らないから、君はそういう愚かしいことを言えるんだ!まったく反吐が出るね、この朴念仁!」
喚くクジャに、フリオニールは首を傾げるばかりである。
「いや、そういう努力はすごいと思うけどさ。俺は、クジャの見た目が好きだとかってわけじゃないし。ああ綺麗だとは思ってるんだけどさ。どちらかと言えば君の頓珍漢な言動を面白いっていうか好きだと思ってるから、髪ひとつでどうとかは思わないよ。って、そういうことを言いたかったんだけど」
「20点」
「何の採点だよ!?」
「駄目、全然足らない。まあ僕に好意を持っているってはっきり言った所は評価してあげてもいいけれど?でも理由が全然。びっくりするほどぐっと来ない」
ようやくフリオニールの髪から手を離し、クジャは白けたように自身の髪をいじっている。いくら温厚なフリオニールとはいえ、少々どころではない苛立ちを覚える態度であった。
「……なら手本を見せてくれよ。今度、そうやって喜ばせてあげるから」
「ああ、向上心があるのはいいことだね。……まあつまり、僕がなぜ、君の荒れ果てた髪に腹を立てているのかというと」
銀糸を揺らし、クジャが小さく微笑んだ。どきり、とフリオニールの心臓が跳ねる。髪とお揃いの色をした睫毛、その下から覗く猫を想わせる瞳が一直線に自分を射抜いていることをどうしようもない歓びだと感じるのだ。
クジャは再びフリオニールの髪に触れる。今度は荒々しさの欠片もない、ガラス細工の輪郭をなぞるような手付きで、そっと。

「僕に並び立つに相応しくないからだ。だって君は美しいものね。どこまでもまっすぐな心根も称賛に値すると思っているよ、まあ別に、君のようになりたいかと言われれば全くそんなことはないけれど。でも美しいことは認めている。だから君には僕の隣に立つ権利を与えてやっても惜しくはないと思っている。そんな君がみっともない身なりをしてちゃ、僕が恥ずかしいよ。磨けばより美しくなることを知っているものだから、とても惜しいと思う。ねえフリオニール、君は僕のために、いつまでも美しい君でいるべきだ。……愛を以て、僕は君に完璧な美しさを求めているんだよ、フリオニール」
そして至近距離でフリオニールを見上げ、かの青年にとっての異邦人であるところの佳人は蠱惑的に微笑んだ。

「……10点」
「……君、ちゃんと聞いてた?」
「つまり「僕のためにいつも綺麗にしてろ」ってことだろ?いやだよ面倒くさい!何でそこまでして君を喜ばせてやらないといけないんだ!」
「それが愛ってものだろう!」
「君が一番に愛してるのは結局君自身じゃないか!」
「あたりまえじゃないか!?一体何が悪い!」
「付き合ってられるか、まったくもう!」
フリオニールは背を翻す。背後でクジャがしきりに名を呼んでいるが、応えてやる義理はない。徐々に赤くなってゆく顔を見られたくもなかったので、振り返るのはもっての外だ。

熱を持った頬を冷たい風が撫でてゆく。本当は――別に、彼のために身の回りのことに気を付けてみるのも悪くはないかな、なんて。そう思ってしまった自分がいかれているように感じてならなかったので、そんな自分を振り切るべくフリオニールは一目散に駆けてゆく。




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