皇帝×クジャ
今日のクジャは珍しく口紅を塗っていない。
元の世界での記憶が蘇ってきたことに連動してクジャは化粧をするようになっていた。そこまで濃いものではないが、真っ赤な口紅とアイラインが印象的な化粧。
よく見ればアイラインも書かれていない。所謂すっぴんなクジャ。生まれたままの顔が皇帝の顔に迫ってくる。
「その口紅、今すぐ落としてよ」
「この私の唇を外に晒せと言うのか。化粧は男のたしなみでもあるのだぞ」
「たしなみとか、そんなことはどうでも良いよ」
「良くはない。この艶やかな口紅の良さが貴様にはわからぬか」
「口紅を塗ったままだとキスが出来ないんだよ、皇帝様」
グライドしながら顔を近付けてくるクジャの、薄桃色をした唇が笑みの形を作る。
ぷっくりと膨れた下唇にクジャは指を押し当ててみせた。ぷにっと唇の肉が指の腹に押されてへこむ。上唇を指先に少しだけ被せる。
「口紅でベタついたキスは嫌なんだ」
クジャの瞳が悪戯っぽく細まる。その内に唇からも笑い声が漏れてきそうだ。
相手の言いなりになるのは癪なことだが、気付けば皇帝は口紅どころか全ての化粧を落としてしまっていた。魔法の力さえあれば化粧落としも容易いことなのだ。
「どうだ。これで満足か」
すっぴん皇帝の、クジャよりも薄い色をした桃色の唇が自慢げに尖る。
「満足だよ」
ほう、とクジャがため息を吐く。唇から顔全体へ視線を滑らせ、またため息を吐く。
「うん。なんだ。キミは化粧しなくたって美しいんじゃないか」
クジャのため息混じりに述べられた言葉に皇帝は照れるわけでもなく、当然だと言わんばかりに鼻で笑ってみせるのだった。
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