セフィロス×フリオニール

「切るとか結ぶとかすればいいのに」
「そうすると貴様は手持無沙汰になってしまうわけだが」
「じゃあ、こうしてる」
フリオニールはさぞにんまりとした、悪戯っ子のような笑みを浮かべているのだろう。瞼の裏に浮かんだ映像だけで充分だったので、セフィロスは振り向かない。じっと両目を閉ざしたまま、ぼんやりと自らを取り巻く感覚たちに身を委ねている。
例えば、風の鳴る音。鎧が軋む金属音。髪から離れてゆく指先の感触と、入れ替わるように現れた手の甲を覆う暖かな質量。その、髪から離れて手の甲へと辿り着いたらしいフリオニールの指先は、ここまで来ておいて下らない躊躇をしているようだった。指と指を絡ませたいとでも思っているのだろう。まごつく指先には寸でのところでの積極性に欠けている。
「――あ、」
セフィロスにフリオニールを喜ばせてやろうとかといった意図があったのかといえば、きっとそんなことはないのだろう。掌を押し付けるだけ押し付けておいて――そこまで来たくせにまごつかれても、気持ちが悪いだけなのだ。だからさっさと自分から握ってやったのだ、と――何故、と問われれば、セフィロスはそう返すはずである。しかしフリオニールは、問いかけない。おざなりに絡み合った十指をじっと、感無量と言わんばかりの表情で見つめている。またもセフィロスにとっては、容易に思い浮かべることのできる表情だった。ので、未だ瞼は開かない。
「触り心地がどうとか言って、無遠慮にこの髪を触り出したのは貴様だろう。今更何のつもりだ」
「何の、って」
「私に下らない口出しをするな、と言っている」
「提案しただけじゃないか。それに、別に俺だって、本気で言ってるわけでもないし。あなたはあんまり喋ろうとしてくれないから、こう、色々持て余しちゃう感じがあるけれど。髪を触ってると――なんていうのかな、体の一部を触ること、許されてるっていうのが嬉しいっていうか。触り心地自体はそんなによくはないんだ。手入れとかしてないだろう、見た感じより痛んでる。だから、触り心地なんて口実だ」
口数が多い。語尾が震えている。
きっと、眉は困ったように垂れ下がっているのだろう。目元は卑屈に細まって、頬はうっすら紅潮しているに違いない。
想像は容易だった。しかし小さな棘のような引っ掛かりを感じ、セフィロスの瞼の端がピクリと震える。思い返してみれば、フリオニールのそんな顔、つまり本心を吐露し照れているのだろう顔など、実際に見たことはないのだ。いつだって気まぐれにふらりと近寄ってきては毛先に指を絡ませながら、実のない会話をぽつぽつ交わし、気が済めばいずこかへ帰ってゆく。セフィロスに接するフリオニールはそういった、どこか捉えどころのない青年だ。
別段嫌っているわけではない。ただ特別に情を傾けているわけでもない。なのに今、どうしてかの青年の見たこともない表情を、ありありと思い浮かべることができるのだろう。
「では髪を切れだのなんだのも、口実か」
考える先に唇が動いていた。舌先を滑って行ったのは、いかにもフリオニールという青年を理解していますよ、と言わんばかりのセリフである。耳元を、フリオニールの柔らかな吐息が擽った。
「――ああ。手を、握ってみたくて」
「手だけでいいのか」
「……セフィロス?」
「貴様はまたささやかな勇気で奮い立つたびに、下らない口実で私を煩わせるつもりなのか」
気付いた時には振り返っていた、瞼は持ちあがり、ぽかんと口を開けたフリオニールの顔がでんと視界を占めていた。
想像よりもずっと間抜けなその顔を、セフィロスは自らの肩口に押し付ける。フリオニールからの抵抗はなかった。されるがままになっている。ちらりと覗く耳の端は不格好なまでに赤い。
「なにを照れている。こうされたかったのだろう」
「手を繋ぐのでも精一杯だったのに、こんな、もう、いきなりこんな」
「何が言いたいのか分からない」
「俺だってあなたが何をしたいのか分からないよ」

また妙な口実に苛つかされる前に、求めていた結果を与えてやっただけだろう、何を浮かれているんだ恥知らず。

セフィロスは、そう思った。けれど唇は動いてくれなかった。




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