クラウド×フリオニール
「――怪我をしている」
「え、うそ、どこだ?」
「右頬の辺りに、切り傷が」
「へ、頬?んん……?よく分からないな」
「……だから、」
ひやっとした感触が右側の頬に押し付けられる。接した面、皮膚と皮膚との間に生じる曖昧な熱は「彼と接触していることへの自覚」を強烈に促しにかかるので、俺はと言えば頭を沸かせる他にない。赤くなってしまった顔がみっともなくはないだろうか。――俺が彼に「仲間」という括りでは収まらない想いを抱いてしまっていることは、まだ気付かれてはいないのだろうか。
いつになく近い距離で見る彼の、深い色の瞳。長く見つめてはいられなくて、我ながらぎこちなくも視線を足元に落としてみる。視界の端に引っかかった彼の頬は、相変わらず透き通るように白い。
「大した傷じゃないが、血が滲んでいる」
「そ、そうか。どうしたんだろう、どこかに引っ掛けてしまったのかな。全く気付かなかったよ」
「消毒をしておいた方がいい。待っていろ、すぐに持ってくる」
「え、あ――クラウド!」
皆で共有する荷物を保管している天幕へ爪先を踏み出した彼の名を、咄嗟のことで口にした。振り返った彼はやはり無愛想な表情を端正な顔に張り付けているので、落ち着きなく狼狽えるばかりの自分を一層恥ずかしく思う。なんだ、と先を促す彼の視線にすら妙な高揚を感じるのだ。
「どうしたんだ、フリオニール」
「その、消毒くらいなら自分で取りに行けるからさ。それに、大した傷じゃないんだろ?急がなくても大丈夫だよ」
「……そうか」
「あ、ち、違うぞ!迷惑とか、そんなことは全然思ってないからな!むしろ気持ちは嬉しいんだ。でもクラウド、今夜は哨戒に当たってたじゃないか。もうこんな時間だし、そろそろ準備、とかさ」
舌が縺れている、俺はうまく話せているのだろうか。クラウドの気遣いは本当に、嬉しい。けれど反面、痛みすらないこんな傷一つで気を遣わせてしまったことを申し訳なく感じてもいる。相反する感情の席巻に俺はますます駄目になっていくようで、なんというか、この話題はもうこれで終わりにしてしまいたかった。
「いや――そうだな、確かに大したことのない傷だ。すまなかった。つい、焦ってしまって」
「焦る?……クラウドが、どうして?」
焦っているのは、俺だろう?
「――なんでもないんだ」
「……クラウド?」
「お前もそろそろ夕食の準備をする時間じゃないのか?楽しみにしてる。じゃあな」
背を翻したクラウドは、背中に担いだ剣の位置を直しながら自分の天幕へと向かっていった。
視線がそれてゆく直前に、彼の口がきつく引きむずばれて――とても「無表情」とはいえない顔をしていたように見えたのは、俺の見間違いなのだろうか。遠ざかってゆく彼の足取りが、どこか頼りない小走りになっているような気がするのも俺の思い込みなのだろうか。
「……っ」
期待をしている自分に気が付いて、雑念を振り落すべく首を振った。
彼が俺を、俺が想うのと同じ意味で意識してくれているんじゃないかって、それこそ都合のいい思い込みだ。
「なにぼーっとしてるんスか?」
「……別に、ぼーっとなんてしていない」
「いやいやしてたっスよぉ。なんか左手じーっと見つめちゃって、」
「忘れろ」
「なにその怖い顔!?」
「……忘れてくれ」
「う、うん?りょうかーい……?」
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