コスモス×フリオニール

「さあこちらです、フリオニール」
「……あの、コスモス。こちら、とは」
「こちらは、こちらです」
コスモスが自らの膝をぽんぽんと叩いている。その動作の意味が分からないわけではない。しかし意図については全く察しがつかなくて、彼女の膝と顔を交互に見る。
彼女はどこまでも穏やかな眼差しでじっと俺を見つめている。見守るように――溢れんばかりの慈愛が込められた双眸で、ただじっと。
その眩いばかりの眼差しに。輝きを帯びたかんばせに。なにやらいたずらっぽい気配が漂っていて、言ってしまえば俗っぽい――などとほざこうものなら、かの光の勇者あたりに叱り飛ばされてしまうのだろうか。
「遠慮をすることはないのですよ、フリオニール」
甘く囁きかける彼女の声が、血液の巡りを加速させる。勢いを増した脈拍に息が詰まりそうになる。落ち着こう、と体の底から息を吐き出していると、くすくすと、春のそよ風のような笑声が耳元を通り過ぎて行った。口元に手を当てた彼女が笑っている。
思うのは、今この場にかの勇者がいなくてよかったということだ。別段彼女に対してやましい気持ちを持っているわけではないし、そうした何某かの感情を抱いていい女性ではないと思っているのだが、今ばかりは不思議と、顔を突き合わせているだけでひどく後ろめたい気分になっている。彼女の本心を推し量れないところがまた恐ろしい。一体どこまでが本気のつもりで、彼女は膝を叩いているのだろう。
「少し前に会った時よりも、顔色が良くないように思います。あなたのことですから、また根を詰めすぎているのでしょう?私はあなたたちと共に戦うことはできないけれど――だからこそ、休息を手助けする程度のことは、してあげたいのです」
「それで――」
「ええ、だからこちらです、と」
未だ膝を叩き続ける彼女は、意外と頑固なのかもしれない。どこまでもまっすぐに人の目を見つめる視線は、こんな戯れのさなかであっても揺らぐことはなかった。しかし、だからといって「膝枕」。ではありがたく、と飲み込んでしまえる話ではない。
「いや――大丈夫だ、コスモス。気持ちは嬉しいけれど、俺ってほら、もう子供じゃないだろう?自分の面倒は、自分で見れるよ」
突き放すような声音になってしまって、慌てて唇を噛みしめる。彼女の顔を見ていられなくて下を向くも、相変わらずの視線が頭頂部に刺さっているようで、酷く息苦しい。
俺は――はたして彼女に対して、どういう感情を抱いているのだろうか。
きっと、神のごとく崇めているわけじゃない。何よりも一番に彼女のことを考えているわけではない――彼女を大切に思う気持ちはあるけれど、いまいち俺には余裕がなくて、つい自分のことで手いっぱいになってしまう。

だから――その――ええと

本当に、彼女を邪険にしてるわけじゃない。俺を気にかけてくれたことも嬉しい。ただ俺は――掛け値なしの女神である彼女が、「俺だけ」のために膝を貸してくれ、労りの言葉をかけてくれているという事実がこそばゆくて、気恥ずかしいのだ。――まるで反抗期の子供のようだ。
「そう、ですか」
「あ――」
微笑みを湛える女神は、しかしほんのちょっとばかり目を伏せる。悲しませてしまったのだろうか。取り返しのつかないことをしてしまった気分になって、慌てて、彼女の隣に腰かけた。
「そ、その、膝を貸してもらうのはちょっと居た堪れないっていうか――だから気持ちだけ、ありがたく貰っておくよ。だから、ええと……そうだ、話し相手になってくれれば、嬉しいな」
「まあ、それだけでいいのですか?」
「それだけ、なんかじゃないよ。あなたと話していると、とても安らぐんだ」
嘘ではなかった。穏やかな彼女の声は、ただその音だけで体中に溜まった澱を洗い流してくれる力がある。
目を瞠る、なんて珍しい表情を浮かべた彼女は、数秒後にはやはり慈母のように微笑んで、「以前見せてもらった花は大切にしていますか」と問いかけた。俺の支えとなっているその花を取り出すべく宙に手を翳してみれば、そっと伸びてきた彼女の指が俺の指に絡んでいた。
「……これじゃあ取り出せないよ、コスモス」
「ふふ、もう少しだけ」
まさか、手を繋ぐための口実だったのだろうか。彼女がそんなことをするとは思えないけれど――やっぱりどこかいたずらな雰囲気のある表情は俗っぽくて――女神様、というよりも近所のお姉さん、といった風情であったので、他愛ない口実を持ち出してきたのだろうかと思うのも、あながち勘違いではないのかもしれない。



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