ティナ×フリオニール
2012/11/07 22:30


ちゅ、と頬に触れたのは、柔らかいだけでなくどこか甘やかな――そうだ、まるでマシュマロのような、ひどく夢見がちな感触だった。

ティナ。とても近くにいる。いや近いってレベルじゃないぞこれは。至近距離だ。ほんのついさっきこの頬に優しく触れた唇が、それはもう正しく目の鼻の先のそこにある。小さく、呼吸をしている。
「――うわああ!?」
「ふ、フリオニール……!?」
ティナとは、今夜の献立について話していただけのはずだった。それがどうしたことか、ほんの数秒前――突然ティナに、キスをされたのだ。前触れも断りも一切なく。
キス、の2文字が重く重くのしかかる。だってそりゃ、ティナのことは素敵な女の子だと思っているけど、こんな接触をするような間柄ではなかったはずなんだ。物凄く不可解だ。嬉しい、という感情よりもずっと――いや嬉しくないといえば嘘になるが、けれどけれど、とにかく本当に、心から訳が分からない。何故だ何故だ、ほんと、なんなんだあのキスは。
「あ、ご、ごめんなさい……やっぱり驚かせちゃったかな」
「お、驚いた、っていうか……えっとその、どうしたんだ?急に、こんなこと」
「ごめんなさい、ほ、本当にごめんなさい……!わ、わたし、わたしっ」
「ちょ、ちょっと落ち着こうか、ティナ!俺は別にほら、怒ってるわけじゃなくて!」
パニックを起こしているのは俺も同じだが、どうやら俺以上の恐慌状態に陥っているらしいティナを目の前にすると俺がしっかりしなくてはと、責任感のようなものが沸いてくる。いや、心のどこかでは自分から仕掛けたことでこんな状態になっているティナに理不尽なものを感じないでもないんだ。けれど彼女はどこか不安定で、感情の機微に疎いところのある女の子だった。普段はそう言われることの多い俺でさえ、少しばかり心配になる程度には。やっぱり俺が、しっかりしなくてはならない。
「えっと、誰かにこうしろって言われたとか?」
「う、ううん、そうじゃないの。ただわたしが、フリオニールにいつもありがとうって伝えたくて……でも言葉だけじゃあなたへの感謝を伝えきれないと思ったから、どうすればいいのかなって、相談して……」
なんだかろくでもない予感がする。
「それは、誰に?そいつはなんて」
「ティーダにね、聞いたの。あなたといつも仲良くしているから。そうしたら、えっと……そう、『キスでもしてやりゃ大喜びっスよ!』って」
「……今の、ティーダの真似か?」
「似てないかな?」
ティナの下手な口真似は素直に可愛らしかった。にやついて胸を張りながら「気の利く提案」をしたのだろうティーダの姿さえ脳裏を過っていかなければ。
死ぬほど深い溜息を吐きたくなった衝動を我慢して、改めてティナに向き直る。なにかとんでもない間違いをしてしまったのだろうかと、細い肩を可哀想なほど縮めている彼女にとっては、小さな溜息一つでも鋭利な凶器になってしまう気がしてならないのだ。
「ティナ、そのさ」
「なに?」
「ええと、さっきみたいのはさ、心から想っている人にしかしちゃいけないことだと思う、俺は」
いい年をしてなに子供のようなことを、と呆れられるかもしれないし、実際ティーダ辺りにはしこたま馬鹿にされたような記憶もあるが、俺はやはり女の子が軽い気持ちで異性に触れるのは好ましくないことだ、と思っている。
「……?あなたのことは、とても想っているつもりよ」
「い、いやその、そういうんじゃなくて」
「じゃあ、どういうこと?ごめんなさい、わたし、知らないことが多すぎるの。教えてくれたら嬉しいな」
「ああ……その、さぁ。ティナは――俺に同じことをされたら、嫌だろう?」
「どうして?嫌じゃないわ……ううん、違う、フリオニール、私ね。あなたに同じことをしてほしいと思っているのかもしれない」
「……え?」
首を傾けたティナが、じっと俺を見つめている。なんだか目が反らせなくて見つめ返してみると、彼女は照れ臭げに頬を染めた。
「どうしてかな?あなたが同じことをしてくれたら、わたし、とても幸せな気持ちになれる気がするの」
「ええ、え、あああのっ、」
「ふふ、ごめんね、わがままを言って。恥ずかしいことだものね。正直に言うと、わたし今、恥ずかしい気持ちでいっぱいになってる。キスをしたときはそうでもなかったのにね。あなたの顔を見ていると、なんだか――その……」
言っているうちに、余計に恥ずかしくなってしまったのだろうか。しおしおと項垂れたティナの頬は、風邪でも引いたかのように真っ赤になってしまっている。
そんな彼女相手に、どう気の利いたフォローを入れろというのか。俺には無理だった。俺はこんな、荒削りの好意を涼しい顔で受け取れるほどできた男ではない、恥じ入る女の子へにどう触れてあげればいいのかなんて、分からないのだ。
頬を撫でる風がいやに冷たい。張りつめたようなこの冷たさを、ティナの赤い頬も感じ取っているのだろうか。




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