ヴァン×ガーランド
2012/10/28 20:20
アダムとイヴ
もぎ取った実は禁断の果実。
本当に欲しい物はどんなに望んだ所で手に入らないから、我慢だなんてくだらない理性で抑えるしか無いんだ。
性格破綻者では無いから、手に入らないなら壊してしまえ、とか、そんな稚拙な欲望は微塵も無い。
あるのは渇望の心だけ。
満たされる事の無いカラカラに渇いた心。
満たす事が出来るだろう唯一は、残念な事に敵方の、しかも大分年上の男だ。
悲恋なんて小綺麗な物語ではない。
絶望的じゃないか。
でも、大丈夫。
諦める事には慣れていた。
もしも願いが叶うならと子供じみた妄想は、虚しくなるだけのごっこ遊び。そんな遊戯はとっくに卒業していた。
あとは一言告げるだけ。
「という事でお別れを言いに来た」
「貴様の行動は毎回突然で理解に苦しむ」
敵の眼前だというのに無防備にも胡座を掻いたヴァンは晴れやかに言った。決断を終えた心は清々しく、思考と行動は完全に自己中心的だ。
他人を思いやる心に長けた少年を混乱に陥れたのは紛れも無くガーランドだが、互いに無自覚、それが招いた結果がこれだ。
「言葉の意味そのままだよ。俺はアンタと別れる」
「……はぁ」
堂々とした決別宣言に空返事が出来ただけマシだろう。ヴァンの態度に、流石に呆れたガーランドは構えていた大剣を掻き消す。
ガーランドの思考はこうだ。ノックもアポイントも無く土足で勝手にやってきておいて、別れるとは一体何事か。むしろ別れるって何。まるで恋人同士だったかのような言い回しではないか。しかも付き合ってないのに一方的にふられている。屈辱的だ。秩序め、力で勝てないからと精神的苦痛を与えに走ったか。
その間約二秒。
意識をヴァンに戻すと、少年らしからぬ憂いに染まった表情でガーランドを見上げていた。
諦めを知っている顔だ。
何処か、少しだけ己に似ている。そう思う事が罪に思えた。
「…だから、最後に言わせてもらうな」
「意味が分からんのだが…言ってみるがいい」
「俺、別れてもアンタが好きだ。多分ずっと、一生好きだと思う」
「は…」
は?
疑問符を浮かべる暇すら与えず言い切ったヴァンは立ち上がり、その表情は清々しさすら感じた。
いやちょっと待て。だから何故付き合っている前提で話が進められているのだ。しかも自己完結により完全に置いていかれている。此方の意見も聞く気の無い態度にとてつもなく憤りを感じていた。
「以上、俺からの告白でした。はぁ、すっきりした!それじゃ!」
「ま、待てと言っておるだろうが!」
一生好きだとか重い告白をしておきながらあまりに淡白過ぎやしないか。此方はこの数分のやりとりで目まぐるしく変わる感情に戸惑っているというのに。
傍若無人な態度に憤慨したガーランドは立ち去ろうとするヴァンの腕を掴む。反動で振り返ったヴァンの瞳が飛び込んできた。
僅かに潤み、薄ら赤い。
目が離せない。
「…おーい、やめろよな、せっかく我慢してたのに」
「……すまん」
淡白に振る舞ったのは涙を堪えるため。
こんな感情、一人で抱えてゆっくり消化してしまえば良かったんだ。俯き、涙を拭う。
欲しかったのは禁断の果実ではなく、渇いた心を潤してくれる何か。
やっぱり無理だ。
捕まれたままの手を解き、目前の腰に腕を回した。
「さっきのやっぱナシ。別れるとか、無理」
「貴様は呆れるほど自己中心的だな」
「何とでも言ってくれ」
胸当てに額を押し付けてくるヴァンに嘆息しながらも、ガーランドは幼い髪を撫でる。この輪廻に捕われている限り別れる事は無いだろう。
だから安心しろ、言葉には出さず、ガーランドは昏い感情を抱きながらヴァンの髪を撫で続けた。
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