アルティミシア×フリオニール
2012/10/24 21:58
「それで――薔薇の花はどうしたのです」
「ああ、肌身離さず持ってるよ。なんでだろうな――眺めているだけで心が奮い立って、なのにどこか、切ないような悲しいような、不思議な気分になる。――ふふ、あなたも笑ってくれよ。おかしな話だろう。図体のでかい男が、あんなに小さな花を拠り所にしてるんだ」
「何故?可愛らしいことです、そして慎ましい。たった一輪の花が懐にあれば、あなたはあなたでいられるのでしょう。そんなものでは全く足りないと嘯く強欲者が、この世には多すぎる。あなたは自らの純朴を誇れこそすれ、貶める必要など全くないのですからね」
「そ――そう。ええと、ありがとう……?っていうのもおかしいのかな、はは」
魔女の瞳は心の奥底までを覗かれているような錯覚を抱かせる。ただこの場に限ってはその双眸に魔性の毒々しさはなく、正面で恥じ入る青年への愛しさが湛えられていた。
身の置き所のない気恥ずかしさに襲われた青年は、魔女の視線から逃れるように俯いた。頬には薔薇色。彼が曰く「拠り所」にしているらしい可憐な切り花と、お揃いの色彩に染まっている。紅色の純情に、魔女はうっそりと微笑んだ。今時珍しく、すれた所のない純朴な青年である。好意を示されれば信頼を寄せ、疑うことをしないのだろう。その裏に悪意が潜むことなど思いもせずに。魔女からしてみれば、小さな花を後生大事に持ち歩いていることよりそちらの方が――どこまでも一途な純真の方が余程滑稽であると思うし、それについては一緒に笑ってやってもいいと思っている。
「ところで、今日の紅茶は口に合いますか」
「え、ああ、もちろんおいしいよ。あなたが出してくれる紅茶はいつだって――」
「ふふ」
慌ててティーカップに口を付けた青年の動きがぴたりと静止する。違和感に眉を顰めた青年はやがてその理由に行き当たり、艶然と微笑む魔女へ咎めるような視線を向けた。
「――また時を止めただろう」
「さて、なんのことやら」
「さっきはこんなに甘くなかったぞ、この紅茶。……ああ、もう、どれだけ砂糖を入れたんだよ。下の方、じゃりじゃりじゃないか」
「ふふ」
時の止まった世界の中で、魔女は青年のカップに角砂糖を6つばかり溶かし入れた。たったそれだけの、他愛ないいたずらである。
憮然とする青年の表情に、魔女は甘い充足を得る。そして再び、時を止めた。今度は甘味の一切を取り除いた紅茶を、青年へ用意するために。
「――まあ、飲めないことはないんだけどさ……ん、んん!?苦っ!?」
「あらあら、やはり私が淹れた紅茶は口に合わない?」
「物凄く甘い味を想像して口に入れて、なのにシュガーレスだったらびっくりするっていうか、普通に飲むより苦く感じるものだろう!――というかあなたはまた、どうでもいいことで時を止めて!」
「どうでもよくなどありませんよ。あなたと戯れることが、どうでもよいわけがないでしょう」
「俺で遊んでるだけだろ、あなたはもうっ」
時を止めてのいたずらについて、そこに込められた感情とは紛れもなく悪意である。しかしそれは愛しさゆえに生じたものだ。愛着がなければその他の感情など抱きようもない。少なくとも魔女はそう思っている。捻くれた愛情表現だって、魔女にしてみればごくごく常道の、ある意味一途なものである。
「愛あればこそ、なのですよ、こういうものは」
「……便利な言葉だよなぁ、愛ってさ」
――愛ゆえに、捻くれた魔女の愛情を無碍にはできないのだ。
膨れた薔薇色の頬はそう嘆いているようだった。
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