オニオンナイト×アルティミシア
2012/10/24 21:56


※オニオンナイトが混沌※


あるところに、二つの対立した軍勢があった。
その内の一つに所属する魔法使いが一人いた。
女の魔法使いだ。
するとその魔法使いに弟子入りさせてくれと言ってきた小さな魔法使いが現れた。
人間の少年だった。
「なぜ」と問えば、わざと媚びへつらった顔を取り繕って「背を伸ばしたいから」と答える。

なんと愚かで浅はかな願い。
魔法使いは、ほほほ、声をあげて笑う。
不気味なまでに愛くるしい笑顔の少年に見合った幼さが面白く感じられ、しまいに彼女は「勝手になさい」とだけ言ったが、少年は、嬉しそうに歓声をあげて後ろからついてきた。
どうにも慣れないので放っておいた。

ついてきた少年に彼女は何も教えなかったが、彼は勝手にたくさんのことを学び、吸収するようになった。
並外れた理解力と処理能力で、教えられた以上の物をたちどころに学び自分のものにしてしまう。
戦闘に限らず、非凡な才を有する者が数多く犇めいている軍の中で見ても、それはどこか怪物じみた印象があった。
呆れるまでの貪欲さ、知識欲が彼を生かしているようで気味は悪かったが、彼女は気にせず退屈な日々を過ごした。


小さな魔法使いが戦士として力を発揮し始めた頃、新しく人が追加された。
奇抜な化粧と服装に彩られた痩身の男と、同じく奇抜な(今から思えばそれは男の趣味だったのかもしれないが)服装に身を包んだ、人目をひく少女の二人。

女の魔法使いは新入りが大変下品であったので歓迎はしなかったが、ちょこまか後ろからついてきた少年は少女が痛く気に入ったらしい。
その上魔法使いとて端々で敵わぬ戦闘のセンスを有していたものだから、可憐な姿をした同年代の女の子は余計魅力的に映ったのだろう。
弟か、はたまた犬の如く、すぐになついたのだ。

やがて少しずつ自分の手を離れていくのを彼女は、若鳥の真似をした雛が、羽の生え揃わぬ翼で羽ばたくのと似たようなものと錯覚した。
肩の荷が下りたような、ふと寂しいような感情にとらわれる。
母親とはかように煩わしい、このような感情を持つのか。
あまり納得はいかぬが、特別害はなさそうだから、知らぬふりを通した方が賢い。
しかしながらこれでは冷たいのだろうかと振り返る自分のお節介さえも、その時は憎らしかった。


その後、少年は骨と皮ばかりの痩躯の男と少女の間にある、道化と操り人形の関係を知った。
操られている時とは打って変わって、男には内緒でしばらくの間、あやつりのわから解放してやった少年に彼女は泣きながらいつも同じことを問う。
「私はまた誰かを傷つけなかったか」、「私はまだ私であれるか」と。

「そんなことはないよ」、「君はいつだって優しい普通の女の子じゃないか」
少年はいつも同じ答えを返す。
例え彼女が敵を惨殺しようが、彼女が自我を失って壊れた人形のように動こうが、同じことを繰り返す。
いっそ解放してやらぬ方が良いのやもしれぬ。
しかし彼の方が耐えきれなかったのだろう。
たまらず師である魔法使いに相談を仰いだ。

「信じて騙されることと疑って騙されないこと、どっちが正しいんですか。愛する者につく嘘は罪で、それ以外に吐き捨てる嘘は許されるのですか」
「他の者に聞いてごらんなさい」
「他でもない貴女に聞きたくて」

腫れきった翡翠色の大きな目が自分を捉える。
この少年は、ティナという少女に嘘を吐いたのだそうだ。
それが今までならば苦にもならず、まるで息を継ぐのと同じ風に、機転が利きよく回る頭と舌で、偽りでもなんでもしてみせたというのに、彼女に限って心臓を鷲掴みにされたような気になったのだと。

「貴女はとんだペテンだけど、大切なことに関しては真実を語るでしょう。僕は大切なことすら偽るし、そうまでしてあの子を守ることにも、何だかひどく疲れてしまったんだ」

無知無力で生意気なガキめ。
魔法使いは溜め息混じりに言った。

「答えはお前しか知らないわ。小さなエゴイスト」
「力さえ、力さえあればっ、何だって救われるのではないのですかっ」

戦慄く彼は叫ぶ。

「あの子は、あなただって、力に溢れて、魔に愛されてるんだ、なのに何故、どうして、そんな扱いばかり……」
「そう、愛されてしまったからよ。畏怖、迫害、傀儡。あの少女は知らないけれど、少なくとも私は望んだことなど一度もない。何、お前が魔法を習いたい本当の理由、それだったの」

息を呑む気配がした。
目をかっと見開いたまま、乾いた唇を舐める彼は「魔法じゃなくて守る方法、見つけます。今までありがとうございました」、と手を握りしめて声を震わせ、それ以上何も言わず、そのまま二度と魔法使いの元には戻らなかった。


しばらくして、彼は混沌の軍勢から抜けたと聞いた。抜けたというべきか、あの秩序の女神にあろうことか直訴をしたのだと。
きっと叩きのめされたであろう、以来彼の話はとんと聞かなかった。
次の戦いで認めるまでは。

その戦いでは少女、兵士、夢想が消え、そのまた次の戦いでは全員もろとも秩序の者として所属していたのだから、ここは裏切り者の排出軍ということになる。
いやはやなんとも可笑しな話だ。



下品な痩躯の男が悔しがり躍起になる様を、他人事に捉えるばかりでなく、どこか心の浮き立つような、愉快な気分で眺めていた彼女もあの光景だけは忘れない。
こちらに矛先が向かぬよう、少女を徹底して狙っていた自分達の攻撃から身を呈して庇う少年が一人。仲間が数人。

翡翠の目がこちらを射抜く。
ああ、やられた。
晴れがましい敗北感が彼女の身を包む。
婆臭いかと苦笑しながら、その実彼女のよく濡れた唇は「天晴れ」を紡いでいた。
彼女は自らの弟子を誉めた。初めてのことだ。
よりによって弟子であった頃に目で見て盗んだ魔法は何一つ使えない、誰よりも臆病であった筈の彼を褒め称えたのだ。

「魔法でなくとも守る方法、ね……」

私にもしも騎士がいたらならば、あんな勇気を持って守ってくれたかしら。
けれど誰よりも私が信用しないから、それはできないのでしょう。

小さな棘のような剣を振りかざす彼を前に、魔法使いはふわりと微笑する。
少年の、眩しいほどの屈託のなさに対するほっとしたような腹立たしい気持ちと、無条件で愛される少女に対する、幾分の羨望とやるせなさを込めて。




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