シャントット×フリオニール
2012/10/21 20:54

なんだろう。自分でも首を捻ってしまうくらい、妙に穏やかな気分になっている。
不定期に紙が捲れる音が耳に心地よいからなのだろうか。許可する前に横暴にも膝の上へ乗り上げてきた――ではなく、俺の膝を使って下さっている彼女の体温が、干したての掛布団に包まった時の心地よさに似ているからなのだろうか。
とにかく、眠い。ああ――世界が、揺れている。

「――うあっ!?」

殴られたような衝撃が額から後頭部までを抜けてゆく。閉じた瞼の裏に閃光が走り、あまりの眩さに耐えきれず目を開けた。

「お昼寝にはまだ早い時間ではなくて?」
「……」
「あら、なんて不満気な沈黙。私に頭突きを食らわせようとしていたのはあなたでしょう?謝罪なら聞いて差し上げないこともないけれど、責められる謂れなどないのではなくて」
「……故意じゃない」
「故意か過失かなどどうでもよろしい。眠気などに負けたひょろひょろ君のあなたが私に害を及ぼそうとした、という事実があるだけですわ」

小さな後頭部は可愛らしいと思うのに、こちらを振り返りもせずに繰り出される言葉の数々は小憎らしい。一つ不満を訴えようものなら億倍の小憎らしさで以て返礼をする相手であるので、今日も俺は慎ましく口を閉ざすのみだ。
さて、中途半端に眠気が覚めてしまった。彼女が膝に乗せている本を盗み見てみるも、細かな字でつらつらと書かれた内容は一文たりとも頭の中に入ってこない。適度に体を動かせば目が覚めるなり、逆に疲労から眠気がやってきてくれるのだろうが、彼女に膝を独占されてしまってる今は立つことすら難しい。
穏やかだ。他の言葉に言い換えようもなく穏やかである。ただそれ故に物凄く暇であり――ああ思い出したぞ、だから俺はうつらうつらと、夢の世界へ逃げてゆこうとしていたのだ。

「あの、博士」
「なんですの」
「横になるんじゃだめかな。俺が横になって、博士にはお腹でも足でも好きな所に乗ってもらって」
「お生憎様、私今は座布団ではなく椅子が入用ですの。大人しく私に腰かけられていなさいな、お椅子君」

弾むような声色。からかわれているのが分かる。この小さい博士はどこまでも理不尽である。

「……別に、俺じゃなくたっていいだろう……?」
「あなたがいいから、私は今ここにいますのよ」
「な、なんでだよ……俺がなにか、あなたの機嫌を損ねるようなことをしたっていうのか?」
「おやまあ」

調子の変わった声を上げた彼女は、可憐な作りの顔に驚愕を張り付けて振り向いた。なんとなく、「驚いたふり」をしているのではないかと思う。本当に、勘なのだが。

「あなたを好いているからこそ、椅子の役目を果たしてもらっていますのに」

ただ「好いている」と。その言葉には嘘がないような気がしてならなくて――こっちも勘でしかないけれど。

「……あなたの愛は、俺にはちょっと受け止めきれないよ」
「そうかしら?充分、受け止められているように感じてますけれど、私」
「見てくれよ、このげんなりとした顔を」
「あらいい男が台無しですわよ。受け止めきれないというのなら、私を振り落してどこなりとも消えてしまいなさいな」

試すような目に射抜かれる。つぶらな瞳は、いつ見たって驚くほど獰猛だ。この目に逆らうことができるのは、心臓に毛が生えている人間だけではないのだろうか。もちろん俺にそんなものは生えていないので、どうにも彼女に従うしか道はないらしい。――いや確かめたことはないけれど。

「……舟を漕がずに眠れる練習をすることにするよ」
「素晴らしい。勤勉は美徳になりえますわ」

利き手に携えた白旗を、今日も俺は彼女に向って振り続ける。




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