バッツ×フリオニール

騒がしい気配を感じて顔を上げてみれば、ぺたぺたに濡れたままの髪で水浴び場からやってくるバッツの姿が見えた。先に目が合ったのはその隣を歩くジタンの方で、呆れ交じりの苦笑を浮かべた彼はお手上げだ、と言わんばかりに両手を上げている。
ジタンに苦笑を返しながら、立ち上がる。するとようやく、バッツの視線がこちらへ向く。
にんまりと。
年齢不相応の悪童じみた顔を見せた「奴」はジタンとの別れもそこそこに、小走りでこちらへと向かってくる。ざんばらな毛先からはじき出された水滴が宙を舞った。見慣れた情景である、最早溜息すらも出てこない。
「バッツ……」
「ん」
首に下げたタオルを差出して、今度はにっこりとバッツが笑う。惚れた弱み、とはまた便利な言葉があって、俺が「奴」の子供じみた要求を諾々と叶えてやってしまっているのはまさに件の格言でしかありえない。
ああ、もうお前は一体何者なんだ。ほんの少し前までは、俺たちは同じ目的を共にする仲間でしかなかったじゃないか。いつの間に俺の中に――それもとんでもなく深いところまで忍び込んできたんだよ、お前ってやつは。

「いつまで俺に甘えるんだろうなぁ、バッツって奴は」
「いやいやそれは違うぜフリオニール」
「なにがだよ?」
「お前が、俺を甘やかしたがってるんだよ!」
やはり水滴を振りまきながら、濃くなった茶色の髪が翻る。タオルの隙間から覗く童顔は得意げな、してやったりとでも言わんばかりの表情を浮かべているものだから、いらっとした衝動のままに濡れた頭を叩いてみる。
「なんだよー、図星指されたからってそりゃないだろー?」
「図星な訳があるか!」
「怒っちゃうのが証拠なんだぜ!」
「ああ言えばこういう奴だな!」
「わちょっ、フリオ痛いっ!ガシガシしないで、もっと優しくしてー!」
どう考えたっておかしいのだ。年上の男(こんなでも「奴」は立派に「年上の男」なのだ)の濡れた頭を毎日毎日拭いてやることも馬鹿らしいったらありゃしないし、時には抱き枕になってやる夜もある。決して自主的になってやっているわけじゃない、布団をめくり上げると当然のように「奴」がスタンバイをしているだけだ。
「そんなことばかり言うようなら、もうバッツの面倒なんて見てやらないんだからな」
「それはないよ、うん、それはないない」
「なんだよ、その言いぐさ」
「だってお前、俺のことものすごーく好きだもんな」
「……」
「おーい、手ぇ止まってるぞー」
ちらりとこちらを伺う視線はやはりしてやったり感が滲んでいて、物凄く小憎らしい。叩いてやる気にすらならなかった。なんだかとても脱力している。
「……馬鹿言ってないで大人しくしててくれ。お前の頭拭いたら俺も水浴びしてくるから」
「はーい」
そりゃあ――本当に嫌だったなら、いくら俺だってさっさと布団から追い出してるさ。髪だって拭いてやるわけがない、色々やることがある寝入り前にこんな、手間でしかない面倒なことなんて。
それでもついつい俺がバッツの横暴を許してしまうのは、やはり当の本人が言うようにものすごーく好きだから、なんだろう。このいつのまにか俺の中に滑り込んできた侵略者のことが。そうだよ好きなんだよ、ちくしょう。お前ほど前向きな奴は見たことがないし、地に足の着いた力強い歩みに惹かれないわけがあるか、俺がそう在りたいと思う姿に似ているんだから。
「……バッツがもう少し年相応な大人で、変なわがままも言わなくて、意地悪な顔をしない奴だったらさ。俺だって、お前が好きだよって。何度だって言ってやるのにさ」
「はは、ごめんな!人ってほら、簡単に変われないだろ?だから俺もしばらくはきっと、今の俺のまんまだと思うぜ。それでもいいなら好きでいてくれよ」
「今更嫌いになんてなれるわけないだろ、ばか」
「だよなぁ!」
「まったく、どこからその自信が来るんだろうなぁ」
年相応に落ち着きがある、ちゃんとした「年上の男」で。俺が世話を焼くどころか、逆に逐一こちらを気にかけてくれるバッツなんて、俺が好きになってしまったバッツではない。というかそういう接し方をされてしまうと俺の心臓は持たないような気がするので、今のままの関係がちょうどいい形なのだろう――と、思っておくことにしよう。
ほんと、好きは好きだけど毎日髪を拭いてやるのって結構面倒くさいんだぞ。まったく、恋なんて馬鹿みたいだ。



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