クラウド×セフィロス
2012/12/16 00:00


何となく気分が乗らない、そんなことを呟いたが最後、教室を追い出された。クラスメイトのバッツに。自由人の彼としては気を効かせたつもりらしい。先生が黒板に向かった隙にほら、と押し出された。したいことはして、したくないことはしない、関心のないことはちょっとだけ想像して決断。バッツの奔放さは真似出来そうにない。
クラウドは静まり返った廊下を歩きながら困っていた。何か気分が乗らないもやもやは、この静けさに飲まれてしまう。それよりも、どこに身を隠すべきかという問題に思考が持っていかれる。
定番は図書室だが、廊下のこの静けさに参っている状態で、あの静けさの中に緊張まで込めた空間にいられるだろうか。ふらふらと彷徨い歩く足。こんなことなら黙っていれば良かった。

(大体、あいつらはひとのことを気にしすぎる)

クラスメイトの面々を思い浮かべながら、クラウドはげんなりとした。彼らにもそうだが、それにいちいち動かされてしまう自分にも。
休み時間まで、このまま校舎を彷徨いているのが妥当だろうか。それとも保健室に逃げ込んでしまうか。
ゆっくりとなっていく歩調に、被さる音色があった。途切れ途切れの、随分拙い、ピアノの音色。
クラウドは不審に思って顔を上げた。音楽室、の看板が目に止まる。ピアノを使った授業だろうかと思い、戸をそっと引いて、中を覗いた。ピアノのテストなんかだろうか。
しかし隙間からは一向に生徒たちの姿が見えない。
クラウドの脳裏に過ぎったのは先週、とうとうと怪談を語ったセシルの声。

『音楽の授業がないのにピアノの音色が聞こえたら、それは音楽室の幽霊の仕業だよ。ピアノのテストで酷い出来だったことをクラスメイトに馬鹿にされて、それがきっかけに始まったいじめのせいで自殺した子の幽霊なんだって』

ちなみにこの学校はまだ出来て十年程度、開校当初から勤めるカオス先生によれば今のところ自殺した生徒はないとのこと。
まだ学校の歴史が浅くて怖い話も無いのが淋しいという理由で、数代前の生徒会が作った怪談らしい。生徒会は余計なことをする奇人で代々構成されるということが証明されたエピソードである。平和、万歳。
そんなわけで、クラウドは少し面白がるつもりで扉を開けた。もし、知っている人間だったらこの幽霊のエピソードを教えてあげよう。つるんでいる友人たちのおかげで、知り合いは結構多いのだ。

「あ」

グランドピアノの前に座っていたのは、確かに知り合いではあった。
長身の、何を考えているかよく分からない後輩、セフィロス。
彼は熱心に自分の指先を見ていた。
その横向きの彼の線を、カーテンが受け止めきれなかった日光が照らしている。奇形の部類に入りそうな特殊な容姿の彼は、現実感がない。
しかしセフィロスはセフィロスなので、クラウドは楽譜よりも自分の指を視線で追いかけている彼の状況の方が気になった。

「何、してるんだ?」
「れんしゅう……」

セフィロスはぼそりと答えながらクラウドを見た。
セフィロスの無表情の中に、なんだお前か、という言葉が浮かんで見える。
クラウドはふーん、と返しながら近寄っていった。
隣に並んで一番に気付く身長差。普段は見上げる後輩が、今は少しだけ、低い。
少しだけなのが悔しくもあるが、それでも貴重な状況がクラウドの心を楽しくさせた。

「テストか?」
「ああ、明日」
「下手だな」
「指がどう動いているのか分からん」
「そんなの気にするからできないんだよ」

クラウドは楽譜を見た。これなら確かに去年、自分もテストした曲だ。全く難しくない。
大体一般教養としての音楽の授業のテストとして出す曲が、難しいわけがない。変なところに不器用な後輩が面白かった。
楽譜にふられた音の読みの文字の薄さも、なんとはなしに健気である。

「ここからここの音までしか使わないから、ちょっと指で順番に弾いて、どの指がどの音を弾くか覚えさせればいい」
「なるほど」

クラウドが高音域の鍵盤で、親指から小指までを使って弾いてみせると、セフィロスは素直に中音域の鍵盤でそれを真似た。
難なく出来ている。もう一度。もう一度。
何度か繰り返した後で、クラウドは楽譜の中の一小節分を弾いた。追いかけるセフィロスの音。もう一度一小節を繰り返す。簡単そうに出来る。
では一小節目と二小節目も続けて。問題ない。
結局、セフィロスはクラウドの音を追いかけて、一度もミスせずに課題の八小節を弾ききった。

「なんだ、弾けるじゃないか」

クラウドが笑うと、セフィロスは出来たことを確かめるためか、黙ってまた弾こうとする。
しかし最初の音を押したきり、彼は固まってしまった。

「……どうした?」

長い沈黙を不思議に思って問いかけると、セフィロスが上目遣いで呻いた。
爬虫類のもののような目が困惑に揺れていると、驚く程幼く見える。

「お前の手がないと、分からん……」
「どうしてそういう覚え方しちゃうんだよ!」

確か彼はかなり優秀な生徒のはずだ。勉強もスポーツも、大概が一度見て完璧に、もしくはお手本として見たものを超えるパフォーマンスを返してみせる。
コピー能力ではなく、一を聞いて十を生み出すような観察力と理解力の持ち主だ。
しかしまさか音楽方面にそれが通用しないとは。

「仕方ないな……」

クラウドは、呆れたふりをして、別の教え方、いやセフィロスの”弾ける状態”を引っ張り出す方法を考える。
自分の後をついていかないと駄目だなんて言うセフィロスが可愛いとは断じて思ってないのだ、と脳内の自分に言いきかせるクラウドは、一方、気の乗らない状態をすっかり忘れていた。





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