WOL×フリオニール
2012/12/14 00:00
品行方正のはずのウォーリアが、それはそれは酷い態度で授業を受けていた。長い足は投げ出され、いつもは正しく伸ばした背を丸めて頬杖。秀麗な眉間に寄せられたシワは濃く、不機嫌全開だ。
ぎりぎりで授業に飛び込んだバッツは、その理由が知らないから後ろの席の彼に振り返って聞く。
「どうしたのウォーリア、スーパーご機嫌ナナメじゃん」
ぎろ、と睨むウォーリアの三白眼だが、慣れてるバッツは怯まない。しかし説明したのはバッツの隣の席のセシルだった。
「なんか昨日の夜、フリオニール先生がカイン先生と居酒屋から出てきたところ見たらしくて拗ねてるんだよこの子」
「あー」
ウォーリアはフリオニール先生が大好きだ。怪我も病気も滅多にしない彼だが、一度だけ授業中に発熱で倒れたことがある。それを熱心に介抱してくれた先生のことが気に入ったらしい。
恋心かどうかは本人にも分からないようだが、彼が人に執着するのは珍しいので、友人たちは応援している。
ウォーリアの隣の席のジタンが身を乗り出してきた。
「だからさ、そんな不機嫌になるくらいならちょっと先生と話して来いって言ってんだけど」
「特に体調が優れないわけでもないのに、迷惑だろう」
「……これだよ」
生真面目な回答に周りは苦笑するしかない。
そこに怒声が降ってきた。
「貴様らいい加減にしろ!!」
「かばう!」
ウォーリア目掛けて飛んでくる白いチョーク。セシルが叫びながら下敷きでウォーリアを庇った。只今絶賛授業中。教頭先生の。こんなに大っぴらに私語をしていればこうなる。
床に落ちたチョークは二つに割れて、バッツに拾われる。
「ラーニング完了!食らえチョークの閃光!」
バッツがそのチョークをあろうことか教頭先生に投げ返した。
そのまま、ウォーリアの机に腕を乗せる。
「いやいやお前、病気にかかってるぜ?」
「なに?」
バッツのイタズラな目線にジタンが意を察してニヤリと笑った。
バッツの攻撃を黒板消しで防御した教頭が怒りの形相で迫ってくる。
「「恋の病!」」
「じゃあほら、早く看てもらわなきゃ」
「貴様らなめとるのか!!」
セシルに言われてウォーリアが腰を上げる頃には、教頭がすぐそこにいた。
しかしウォーリアの頭上を越えて、教頭を襲うものがあった。
「星よ!降り注げ!!」
星の形の消しゴムが三つ。ウォーリアの後ろの席のクラウドが、筆箱と定規で作ったシーソーで、バッツから誕生日プレゼントに貰ったその消しゴムを飛ばしたのだった。
死角からの攻撃を、まともに食らう教頭。
「ウボァッ……って痛くも痒くもないわ!」
反撃として飛ぶ黒板消しは、ジタンの尻尾に叩き落とされて白い煙を吐く。
その頃にはウォーリアは既にセシルによって教室から追い出されていた。
追い出されたウォーリアに行く場所は一つしかない。彼は静かに保健室の引き戸を引いた。
「お、珍しいな。いらっしゃい」
柔らかな笑みで迎えてくれるフリオニール先生。昨日の夜の彼がカイン先生に向けていたあけっぴろげな笑顔と重ならなくて、ウォーリアの胸が、ずきんとした。
確かにこれは、病気かもしれない。
「熱か?」
怪我ではなさそうだと判断したらしく、フリオニール先生はウォーリアに椅子を勧めて、白衣の胸ポケットから体温計を取り出す。
黙ったまま座ったウォーリアを気にせずに、彼はどれどれ、と、体温計を耳に入れてやろうと体を寄せた。
それがいけなかった。
ウォーリアを包む、清潔な、白衣の洗い立ての匂い。
どん、と大きくウォーリアの心臓が打って、その手でフリオニール先生の白衣の裾を掴ませた。
「先生!」
大きく呼ばれ、フリオニールは驚いた。ウォーリアはそんなに表情豊かではないはずなのに、焦燥を隠すことなくこちらを見上げている。
「これは、恋の病です」
「え」
その上で妙なことを真面目に言い出した。
呆気にとられるフリオニールの手を、体温計ごと立ち上がったウォーリアの手が包んだ。
背の高い少年の目線は、フリオニールのそれと一緒だ。ぐ、と迫って問う。
「私は先生に恋をしています。先生、恋人は」
「えっ、ええ!?いないけど」
冷たい色が届ける熱い視線に、フリオニールは捕まってしまった。
ウォーリアはフリオニールの言葉に期待を込めたのか、少し頬を上気させた。
「では、少しずつでもいい、私が恋人としてどうかということを考えて下さい」
真っ直ぐな優等生の視線と思いに、フリオニールはぐらりとした。
ウォーリアの病はそれで小康状態に入ったのか、落ち着きを取り戻した様子で手が離される。照れたような彼の笑みは、貴重だろう。
「あと二年したら、私ともお酒を飲んで下さい」
フリオニールは固まったままだったが、ウォーリアは、そこでお忙しい中失礼しましたと出ていってしまう。
彼が去った手の中で、体温計がピッと鳴く。LCDに表示された温度は三十七点三。微熱。
廊下に立たされていたクラスメイトたちは、チョークの粉まみれの手を上げて、さっぱりとした表情のウォーリアを迎えた。
「どうだった?」
代表してセシルが聞けば、その手を手で叩いてハイタッチするウォーリア。
「恋の病、うつしてきたつもりだ」
「「イエー!!」」
すかさず我も我もとハイタッチを要求するバッツにジタンにクラウド。
賑やかになる廊下に、当然憤怒の教頭が顔を出す。
「貴様ら放課後全員指導室に来い!」
パーンと開けて閉められる教室のドアから感じる怒りすら、今は楽しくて仕方ない。
ウォーリアは大人しく、ニヤニヤするクラスメイトたちの隣に並んだ。
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