セシル×エアリス
2012/12/12 00:00
「あ、王子様」
正門周辺の掃除用具は何故か校舎裏と一緒に仕舞うようになっているため、戻しにいくのにいささか時間が掛かる。
だからそこの清掃当番になると、掃除が終わった後に用具を誰が戻しに行くかのじゃんけんをするのは日課だった。
めでたくじゃんけんに負けたセシルが四人分の箒と塵取りを持って、今日はついていないななどと考えて歩いていたら、ふと頭上から少女の声が降ってきたのだった。
声のした方を見上げると、空に向かって生えている木から伸びる太めの枝に女生徒が足をぶら下げて座っていた。
男子でもそこへ上って休もうとはしないであろう高い位置でセシルの方を見ている彼女と目が合い動揺したのか、セシルはとりあえず箒を所定の位置に戻しに行く。そしてもう一度、木の下から見上げてみる。やはり彼女はいた。
「こんにちは、王子様先輩」
「僕は一介の高校生だから王子ではないんだけどなあ」
「クラスの子達が、言ってた」
「はは、そうなんだ」
随分と柄ではない呼び方をされているものだ。セシルは後頭部を掻く。
「わたし、エアリス」
「僕はセシルだけど…のんびり自己紹介をしていてもいい状況なのかな?」
エアリスが自ら選んでそこにいるのならば心配をしなくてもいいのだが、よじ登ったはいいが降りられなくなっているのならばこんなにのんびり挨拶をしている場合ではないはずだ。念の為セシルが聞くと、エアリスはふうわりと口元を緩めた。
「さっきまで、ここに猫がいたんだよ。降りられなくなっちゃったんだ、って思って急いで上ったら、猫はあっさり飛び降りちゃった。ただ日向ぼっこしてただけみたい」
「うん。それで、君は?」
「降りられなくなっちゃった」
ひとつも困っていない口調で言われたせいか危機感が全く感じられないが、佇んで咲く花のような微笑みとは相反して、エアリスは困っているに違いない。
彼女の持つ特有のペースのおかげで、焦っている様子が感じられないだけなのだ。
遠回しに助けを求められたセシルは、自分がどうすべきかを模索した。
…といっても、まあ、一般的な案しか出るわけがない。
「梯子を持ってくるから少し待ってて」
「あ、ねえ! 待って!」
「ん?」
立ち去ろうとしたセシルに向かってエアリスが叫ぶ。
エアリスは枝の上に立ち上がったところだった。
幹に手を掛け、逆の手はスカートを抑えた状態で悠然と笑っているエアリスには、いっそ大胆さが滲んでいた。
「飛び降りたら、受け止めてくれる?」
何てことを言う子だ。
もし受け止められなかったら目も当てられない状況になるのは分かり切っているのに、それでも敢えてそう聞いてくるエアリスに、セシルはただ驚くばかりだった。
「危ないよ」
「うん。どうかな?」
駄目だと言っても従いそうにないのはエアリスの瞳を見れば明らかだった。
セシルはひとつ長い息を吐く。何があろうと、エアリスにだけは絶対に怪我をさせないようにしなければ、と気を引き締める為に。
エアリスはセシルが頷けば、セシルを信頼してあそこからジャンプして来るだろう。その信頼を裏切りたくないと思った。
「…いいよ、おいで」
両手を広げて、エアリスを待つ。
そして、エアリスが飛んだ反動で、木の枝が大きく揺れた。
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