ジェクト→アルティミシア
2012/12/10 00:00
高校生とは思えないスタイルの良さ、色っぽさでまさしく魔女の貫禄を備えたアルティミシア先輩には、現在彼氏がいないらしい。
そんな情報を嬉々として持ってきたラグナは、ほらほらとジェクトの背中を叩く。
「これはぜっきょうのチャンスってヤツだよジェクトくん!」
「誰が叫ぶってんだよ」
お決まりのラグナ語に、律儀なツッコミを返すものの、ジェクトは胡散臭い顔だ。
どうせラグナの情報だ、彼氏はいなくても恋人がいたとかわけわからん裏があるに違いない。それよりも机に広げられた将棋の勝負の方が今は大事だ。
ジェクトは劣勢。対戦中のガブラスも、ラグナの情報は無視している。
「これで、どうだっ」
「馬鹿かお前は」
「あーっ!今のナシ!」
「認めん」
恐る恐る動かしたジェクトの金将を、ガブラスの桂馬があっさりさらっていく。しかもこれでは角も狙われてしまう状態だ。
ガブラスの冷静な視線を睨み付けたところで、ラグナが無理矢理顔を割り込ませた。
「今度はちゃんとした情報だって!あ……」
その拍子に盤面が崩れた。
ガブラスの米神に青筋が浮かぶ。
「ラグナ、貴様!」
「ごごごごめん!でも、ほら、大事じゃん俺様ジェクト様が自分からちょっと気になるって言い出した人だし!」
ジェクトがラッキー、という顔をすれば、ガブラスもそれ以上怒りを見せず、駒を片付けだした。
彼の観察は冷静で、駒をじゃらりと言わせながらジェクトを見る。
「確かにな、今の打ち筋は動揺だろう」
「はぁ!?」
射された図星に思わず怒りのふりのような声を上げるジェクトだったが、ガブラスは歯牙にもかけない。
「嘘でもほんとでも確かめてきたらどうだ」
重ねられた言葉に、ジェクトは勝手言ってんじゃねーよと悪態をつくが、先輩は良い乳してるっつーだけだと続ける前に、ラグナがははーんと訳知り顔をしてみせた。
「ジェクトくん、フラれるのが怖いんだぁ?百戦錬磨を豪語するジェクトでも、さすがに魔女さんは高菜の花?」
「どんな花だよ!」
それこそ絶叫のチャンスとばかりに突っ込んで、ジェクトは話は終わりだと手を振った。
しかし部活を終えて帰宅時間、魔女の一人の背中を見た。夕闇の薄暗い中、彼女は花壇の花を見つめている。
部室の施錠係だったジェクトも一人。声をかけるには確かに絶好のチャンス。
さて、どうしよう。ラグナにもガブラスにもああは言われたもの、実際ジェクトは自分が彼女のことを好いているのか分からない。
女の子たちは何時だって、ジェクトの気持ちは関係無しに群がってきた。かっこいいだとか頼もしいだとか、彼女たちが繰り返す賞賛は、自分が大好きなジェクトには心地良い。しかしその言葉の裏にある、女の子たちの気持ちが恋心のふりをした、区別意識だということは、ジェクトにもなんとなく分かっていた。
つまり私はジェクトくんがかっこいいって言う女の子、私はラグナが可愛いって思う女の子!そういう区別。そういう抽象的な主張。
だから自分も、アルティミシア先輩の発達した胸が良いということで、自分がそういった、成熟した嗜好の持ち主であることを主張したかっただけなのかもしれない。そんな考えを、ジェクトは漠然と巡らせた。
五メートル先の美人の先輩は、太陽の光を失って、しょぼくれだした白い花を、厭きた様子なく見ている。
確かに、綺麗な景色だった。そしてそれだけならすぐに、ジェクトは踵を返すことが出来た。
しかしジェクトを悩ませたのは、弱々しい夕焼けの光と自分の良すぎる視力によって届けられた、彼女の頬を伝う涙。それによってズキリとしたこころ。
ジェクトは頭を掻いた。
いつも彼の行動は、どうしたいかで決まる。自分が、どうしたいかということで。
今、ジェクトが動けなくなってしまった理由は、彼女が望んでいることをすぐにしたいからだった。
見なかったふりをして立ち去ればいいのか、優しい言葉というものをかければいいのか。とにかく、彼女を傷付けたくなくて、泣かないで欲しいと思ってしまって。
俺って、なんてガキだったんだろう。
そんな自嘲を思い浮かべながら、それでも勇気だけは失いたくなかったので、ジェクトはゆっくり、先輩に近付いた。
一メートル、離れた位置にしゃがみこむ。濃くなった影はきっと、この気まずい表情を、隠してくれると信じて。
「先輩、あの、ちっとばかし側にいても、……いいすかね?」
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