カオス×フリオニール
2012/09/17 16:51
この強大な存在を倒した先に、俺の夢が続いている。
今となってはもう、迷う必要などないのだ。自分が何をしたいのかということを分かっている。何をすればいいのかも分かっている。あとは先に進むだけ。この胸に抱いた夢が導となって、俺の行く先を照らしてくれる。
悪夢などではないのだ。この世が果てぬ悪夢であるはずがない。辛いことだって、それなりに経験してきているさ。徐々に蘇る記憶はどちらかと言えばそういう、改めて直視するには辛い記憶の比重が大きくて、子細を思い出そうとすれば息が詰まりそうになる。それでも俺は、夢を抱けた。悪夢の先に希望を抱いた。だからまだ、剣を握っていられる。混沌の塊と対峙しても自分を保っていられる。
戦えるのだ、どこまでも。調和の女神との対話で形を得た、あの夢がある限り。
「ぐぅっ」
剣先が硬い肌を抉る。混沌の残滓が舞う。
まだだ、まだまだ。もっとたくさん、斬りつけて。この体から、混沌の粒子をすべて、吐き出させてしまわねば、
「――なにを、迷っている?」
地を這うような怪物の声には、あからさまな喜色が滲んでいる。喉元へナイフを投げた。すげなくふり払われ、足元に打ち捨てられる。
「同情だと嘯くつもりなら、安い、実に安い」
だったら――安い同情の一つも抱かせることのない、絶対的な悪であってくれ。
わざわざ言葉にはしなかった。きっとそれは無理な話なのだ。この世自体が果てぬ悪夢だと、そう断じたこの存在は俺の知らない絶望を味わって、悪夢の何たるかを知って、今ここに、俺の前に立ち塞がっている。経験が「存在」を固めてゆくというのなら、この存在は―――彼、は、今ここにいる彼以外の存在にはなれないのだろう。胸の奥に深い悲しみを覗かせるくせに、花咲き乱れる世界の夢を抱くことなども、決して。どこまで行っても交わらない。
「――決着をつける」
懐へ飛び込んでゆくと、まるで俺を歓迎するように彼は両腕を広げる。――抵抗などは、ないも同然だった。
彼の肉に埋まる刀身。腕を広げるくせ、俺を抱きしめようとしない薄情。それでもなぜか、抱擁を受けているのだ、と感じた。いや、俺がしがみついているだけなのかもしれない。離れがたいと、思ってしまったので。抱きしめられているのだという、本当に都合のいい、幻想を。
「それでいい」
たった一言の肯定が、子守唄のような安堵を俺に与える。
剣を突き立てたまま彼を見上げると、そこにあったのはやはり化け物の貌だった。見ているものにおぞましさを与える、その貌。なのにどうして、瞬間的に死ぬほど愛しく思えてしまって、訳も分からず腕を伸ばした。
それでも彼は俺に触れず、ただ混沌の眼差しで俺を見るだけで――ああ混沌とは、交わらぬ者になどどこまで行っても薄情だ。
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